11.コーヒーブレイク
あいさつ運動を終え、教室にて写経に励む。そして授業が始まれば授業に集中し、終えれば写経へと戻る。
ここ数日、私はこんな生活を送っていた。効果はあったのか、妖力を使う際に以前より落ち着いていられる気がした。
「ふぅ。今日も帰ったらランニングと…。」
適度な運動の為、周囲の公園での走り込みも欠かせない。
早速教室を出て、帰宅しようとする。だが、足を踏み外し音を立てて転んでしまった。拍子に鞄の中が散乱してしまう。中の写経の紙も。
「あー。」
「大丈夫ですか。山吹さん。」
上から声がしたと思い、見上げる。そこには大里先生がいた。散乱した紙を拾ってくれていたのだ。
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ。………写経……ですか。渋いですね。」
「あははっ…。心を静めたくて…。」
「なるほど。」
大里先生から紙を受け取る。すると先生は思い出したかのようにメモ帳へペンを走らせ、それもまた渡してくる。
「心を落ち着かせるなら、ここに書いてある本もいいですよ。」
「哲学書…ですか?」
「はい。私、大学で学んでいたんです。これは新書ですし、高校生でも読みやすいですよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。それではお気をつけて。」
「はい!」
思わぬ収穫に喜ぶ。紙に書かれた本は恐らく図書室にでもおいてあるのだろう。これからランニングの予定はあるが、善は急げだ。まずは図書室へ向かうことにした。
***
そう。私は図書室へ向かったはずなのだ。だが、気が付けば食堂のテラスにいた。
「あれ…?」
「どうかしましたか。山吹さん。」
テラスにある丸いテーブルに腰掛けている私の前には、大里先生。テーブルには湯気の立ったコーヒーが2つ。
「わ、私…図書室へ向かっていたんじゃ…。」
「そうでしたか。……ですが、私とぶつかった後、少し休憩すると仰っていましたよ。それで、私もちょうど休憩しようとしていた所だったので…。」
「そ、それで、一緒に食堂に…?」
「はい。」
微笑む大里先生。嘘などはついていないだろう。きっと本当にそう言っていたのだ。ただ、覚えていないだけで。
コーヒーカップへ手を伸ばす。鼻を広げずとも、コーヒーの苦く重厚な香りがツンと広がる。
「恐らく疲れているんでしょう。」
「そう、なんですかね…。」
「はい。………心を落ち着かせるのは大切ですが、それと同じくらい心を緩めることも必要ですよ。」
「同じじゃないんですか?」
「はい。心を厳しく律して落ち着かせるのと、甘やかしてあげて落ち着かせるのとは違います。どちらも、必要ですよ。」
「……………ですね。」
柔らかい大里先生の声音が張り詰めていた心を解す。
思えば詰めすぎていたのかもしれない。休み時間にずっと写経というのも、無駄に疲れてしまうだろう。これからは少しだけ減らしていこう。
そう思い、私はコーヒーをひと口飲んだ。




