第1話 世界の終わり、陰渓の森(7)
7
王に拝謁するため、ふたりは謁見の間にいた。
謁見の間は、かつて下界に存在したシュインガー城の玉座の間を模した荘厳な造りとなっていた。威圧的で呼吸を阻害するかのような圧迫感。石材は薄い灰青色の影蒼石で統一されており、色合いのせいかずいぶんと肌寒く感じられる。
「ほら、クラミスを羽織ってよかったでしょう?」
扉から玉座へと続く青色の絨毯の横に起立するアミラザールが、隣で同様の姿勢を取るスレオニールに小声で話しかける。
クラミスというのは厚手の布でできた外衣の名称である。留め具を使って右肩に固定し、左半身を覆うのが一般的な着こなしなのだが、右肩の露出は戦闘という意味もあるため、彼らは背中と両肩を覆う形で纏っていた。
「俺はクラミスが嫌だと言ったんじゃない。色が嫌だと言ったんだ」
「赤が正装色なんです。他の色だと不敬を断じられても文句言えませんよ!」
「シッ!」
次第に声が大きくなるアミラザールをスレオニールが制す。
「王が来たようだ」
アミラザールが息を殺して耳をそばだてるも何も聞こえない。
だが、スレオニールの表情に嘘はなかった。
「⋯⋯本当に千里先の針の落ちる音も聞こえるんですね」
目をキラキラ輝かせながら感嘆の声を上げるアミラザール。
「それはもういいから。それより、打ち合わせ通りに話を進めて王のお遊びを今日で止めさせるぞ」
「もちろん! そのために来たんですから」
顔を引き締めたアミラザール。決意に満ちた力強い声がスレオニールの耳に届く。
なんとも頼もしい横顔を見ながら、スレオニールは小さな笑みを浮かべた。
*
「いやじゃ!」
乾季の終わりを告げるハナユノの丸い実が一気に赤黒く熟したかに見えた。
床から続く細く高い階段。その高みに鎮座するのが玉座である。三角錐の台座が万民のヒエラルキーを示しているようで、なんとも悪趣味だ。ヒエラルキーの最下層で平伏を強いられるスレオニールは胸の中で小さく舌打ちをした。
「しかし、これ以上兵士を失っては国防の危機に関わります。なにとぞお戯れで兵を動かすことのありませぬようお願い申し上げているのです!」
「ならぬ! あれは戯れなぞでないわ! 余が神より賜りし才覚を顕現させておるのだ! 余が思い描いた通りに細工できれば鎧を纏った兵は神々しき光を放ち、剣を交えることなく敵は散逸するはず。すべては寸分の違いなく作れぬお主らの失態なのだぞ!」
王の怒号が声の輪郭を明確に保ったまま広間に反響する。
その響きはとても罵声と思えぬほど美しく、聞く者の胸を打つに十分な音色であった。
「では、せめて期間を定めていただきたい! 十年、いや、四年に一度の合戦でいかがでしょう。その歳月を費やし、我々は王の思い描く細工を見事再現してみせます!」
一方、荒ぶるアミラザールの声は間髪を入れず床にバウンドし、醜悪な印象だけを周囲にばら撒いていた。
王の権威付けのためにここまで計算し尽くし設計された部屋も他にあるまい。
議論は交わることなく、並行線のまま続いた。
お互いに譲歩するつもりなぞ微塵もないのだから当然だ。これでは日が暮れようが、雨季が終わろうが結論に達することは永遠にないだろう。さっさと切り上げたいスレオニールは助け舟を出すことにした。
「⋯⋯そういえば、戦場で奇妙な者たちに出会いました」
独白めいた口調で話し始めたスレオニールにふたりの視線が向けられる。
苛立ちを隠さない敵意の視線は王から。休憩できる喜びと安堵に満ちた視線はアミラザールによるものだろう。想定内なのでスレオニールに動揺はない。
「彼らは『人魂を捕まえにきた』と言ってました。なんでも人魂を高価買取している者がいるそうで」
「⋯⋯なんの話だ? なにが言いたい?」
冷静を装っているが王の苛立ちは沸点に迫っていることが明白だった。話を伸ばし、焦らしてもこちら側にメリットはなさそうだ。そう考えて、スレオニールは結論から先に提示する。
「死なない兵士を大量に作り出すことができれば、この問題は解決できるのではないですか?」
王とアミラザールは思索の死角から飛んできた言葉に目を丸くする。ふたりが言葉を失ってる間にスレオニールは二の矢、三の矢を素早く放つ。
「聞いた話によれば、陰渓の森に隠遁する大賢者なる怪しき者が不死の研究を行っている様子。その者に不死の兵を作るよう命令を下してはいかがでしょうか。死なない兵隊であれば、戦を日課としても国防に影響はありませんし、遺族への慰労金支出も不要ですから財政面も解決です」
「む、うむ」
「さらに不死という不可能を可能にする技術があれば、陛下が神より賜った兵装の具現化も、より理想に近づくやもしれません。ここは他国より先んじて大賢者の元へと使者を遣わし、我が国への協力を促すべきかと」
「他国より先んじて」という言葉を耳にした瞬間、王の顔色が変わった。
「スレオニールよ、よくぞ申した! 我がツェーネン王国はどこの国よりも強くあらねばならぬ! たとえそれが非道の類であっても人の世を統べる者として君臨し続けるために必要ならば、余は躊躇わず手にする義務がある!」
広間が持つ特殊音響効果により過飾された声がオペラ歌手のバリトンボイスとなって朗々と響き渡る。たとえそれが豚の断末魔であったとしても、聴衆は感動に打ち震え、感涙に咽ぶに違いない。
仕事を果たし終えた安堵からか、スレオニールとアミラザールは無言で視線を交わし、交渉の成功を讃え合う。
だが、歓喜の時間はそう長く続かなかった。
「すぐに出立の準備を整えるのじゃ!」
号令が放たれる。
思わず玉座を仰ぎ見たスレオニールは、期せずして王からの目線を賜ってしまう。
うなずく王。
うなだれるスレオニール。
運命の決した瞬間である。




