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第96話 さらばフロンティア家、終幕のブーイング


 私が指を鳴らした瞬間、遥か後方にあるフロンティア家の本館跡地から、目も眩むような閃光が迸った。


 それは爆発ではない。


 もっと静かで、根源的な「消滅」の輝きだ。


 地面に描かれた魔法陣が起動し、残留していた魔力を一気に解放する。

 光の柱が天を突き刺し、雲を散らしていく。

 その中心で、焼け残っていた屋敷の柱や壁が、まるで砂糖菓子のように崩れ落ち、さらさらとした砂となって風に舞っていくのが見えた。


「な、何だあれは!?」

「屋敷が……消えていく!?」


 追手の兵士たちが馬を止め、呆然と空を見上げる。

 彼らは知る由もないだろう。

 あれが、私が仕掛けた『風化の魔法』であることを。

 建材を繋ぎ止めている分子結合を強制的に解除し、物質を元の元素へと還元する、究極の解体術式だ。


「……美しい」


 アルフォンスが感嘆の声を漏らす。

 破壊の美学、とでも言うのかしら。

 確かに、一つの歴史が終わる瞬間には、得も言われぬ荘厳さがあるわね。


 光の柱が収束し、後には何も残らなかった。

 瓦礫の山も、焦げた木材も、全てが綺麗な砂地へと変わっていた。

 フロンティア家という鳥籠は、物理的にも完全に消滅したのだ。


 一方、王都の『フロンティア・テキスタイル』本店。

 その屋上で、フラッペとポチMk-IIがその光景を見つめていた。

 Fカードで時間を知らされていた彼は、敬礼をするように直立不動の姿勢をとっていた。


「……消えた」


 フラッペがポツリと呟く。

 彼が生まれ育ち、そして多くの辛い記憶が刻まれた場所。

 それが今、姉の手によって跡形もなく消え去った。


「さよなら、父上たちの時代。

 さよなら、弱かった僕」


 彼の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 それは悲しみの涙ではなく、決別の涙だった。

 ポチMk-IIも、主人の感情に寄り添うように「クゥーン」と鳴き、彼の足に身を擦り付けた。


「行こう、ポチ。

 僕たちには、守らなきゃいけないものがあるんだ」


 フラッペは涙を袖で乱暴に拭い、前を向いた。

 その顔には、もう迷いはない。

 彼は店を守り、いつか姉に追いつくために、自分の足で歩き始めたのだ。


 再び、街道での攻防。

 本館の消滅を目の当たりにした追手たちは、完全に戦意を喪失していた。

 自分たちの守るべき場所が消え失せ、さらに未知の魔法を見せつけられた恐怖が、彼らの足を縫い止めている。


「ひぃぃっ! 化け物だ! あんな魔法使い、勝てるわけがない!」

「退却だ! 命だけでも助かれば……!」


 兵士たちが我先にと逃げ出していく。

 その背中を見送りながら、私は小さく呟いた。


「さようなら。

 私の不幸な生い立ちも、あの砂と一緒に風に流されてしまえ」


 私は屋根のハッチを閉め、車内に戻った。

 ケイナが安堵の表情で、冷たい水を差し出してくれる。


「お疲れ様です、お嬢様。

 本当に……消えちゃいましたね、お屋敷」


「ええ。せいせいしたわ。

 これからは、この馬車が私たちの『家』よ」


 私はグラスを受け取り、一気に飲み干した。

 冷たい水が喉を通り抜け、高揚した神経を鎮めてくれる。


「今よ、アルフォンス!

 全速前進! 奴らが正気に戻る前に振り切るわよ!」


「ラジャーだ、師匠!

 僕のドラテク(手綱さばき)を見せてやる!」


 アルフォンスが鞭を振るうと、フロンティア号のエンジンが咆哮を上げた。

 魔力ブーストがかかり、馬車とは思えない速度で加速する。

 タイヤが地面を噛み、砂煙を上げて街道を駆け抜けていく。


 王都の門を抜け、私たちは荒野へと躍り出た。

 もう、追ってくる者はいない。

 自由だ。


「……ふぅ。なんとか撒けたみたいね」


 私はソファに深く腰掛け、大きく息を吐いた。

 これで、王都からの脱出は成功したと言っていいだろう。

 まだ公爵の残党や、道中の魔獣が待ち受けているかもしれないけれど、最大の難関は突破した。


「さて、ここからは長旅になるわよ。

 まずはフロンティア領(領都)を抜けて、国境を目指す。

 途中、父たちが強制労働させられている現場を通るかもしれないけど……」


「会いますか?」


 ケイナが恐る恐る尋ねる。

 私は首を横に振った。


「まさか。

 彼らには彼らの人生があるわ。

 私たちは、ただ前を見るだけよ」


 私は地図を広げ、ルートを確認した。

 王都から領都までは馬車で3日。そこから国境までさらに2日。

 順調にいけば、1週間後にはイマクサの地を踏めるはずだ。


「……長い旅になりそうだな」


 ケースが魔導書を読みながら呟く。

 彼は早速、今回の『風化魔法』のデータを記録しているようだ。

 研究熱心なこと。


「退屈はさせないわよ。

 道中には魔獣も出るし、公爵の残党もしつこく追ってくるでしょうからね。

 それに、新しい仲間との出会いもあるかもしれないわ」


 私はニヤリと笑った。

 冒険の旅に、トラブルは付き物だもの。

 それを楽しんでこそ、一流の開拓者よ。


 車窓の外、空が白み始めていた。

 夜明けだ。

 新しい太陽が、私たちの旅立ちを祝福している。


「みんな、おはよう。  そして、行ってきます!」


 私の言葉に、仲間たちが笑顔で応える。

 フロンティア号は朝日を浴びて輝きながら、東へとひた走る。


 さあ、次のステージへ。

 私たちの伝説は、ここからが本番よ!


++++++++


 王都の門を突破したフロンティア号は、荒野の一本道を矢のように進んでいた。

 背後では、まだ王都の警備隊や魔導部隊が混乱している気配がするけれど、もはや私たちを捕らえることはできない。

 距離は開き、彼らの姿は朝霧の中に消えていった。


「ふぅ……。

 今度こそ、本当に撒けたみたいね」


 私は窓を閉め、深くシートに身を沈めた。

 緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてくる。

 徹夜での準備、そしてカーチェイス。

 さすがに堪えたわ。


「お疲れ様です、お嬢様。

 温かいミルクティーを淹れましたわ」


 ケイナが湯気の立つカップを差し出してくれる。

 その優しい香りに、心がほぐれていく。


「ありがとう、ケイナ。

 貴女も休んでいいのよ?」


「いえ、私は興奮してしまって……!

 あんなすごい魔法、初めて見ました!

 お屋敷が、まるで砂のお城みたいに崩れていくなんて!」


 ケイナが目をキラキラさせて語る。

 隣では、アルフォンスも陶酔した表情で頷いていた。


「ああ、美しかった……!

 破壊と再生のシンフォニー!

 あの光景は、僕の美学に新たな1ページを刻んだよ!」


「はいはい、大げさね。

 ただの『解体工事』よ」


 私は苦笑いしながら紅茶を啜った。

 でも、内心では私も満足していた。

 あの一撃で、私の過去は物理的にも消滅した。

 もう、あの場所に帰る理由はない。

 前だけを見て進めばいいのだ。


「姐さん、これからどうする?

 このペースなら、3日後には領都に着くぜ」


 ディーノが地図を広げ、ルートを確認する。

 領都。

 かつて父リックザクが治め、今は荒廃してしまったフロンティア家の本拠地だ。

 そこには、罪人として送還された父とアイリスがいるはずだ。


「……素通りするわ。

 今の領都に必要なのは、私じゃなくて『時間』よ。

 彼らが自分たちの罪と向き合い、償うための時間」


 私は地図上の領都を指でなぞり、そのまま東へ、国境の方角へと指を滑らせた。


「私たちが目指すのは、その先。

 イマクサよ。

 あそこには、私を待っている人たちがいる」


 ロドリ、チアキ、ハッチクン、キンギョ神父。

 そして、まだ見ぬ領民たち。

 彼らの顔を思い浮かべると、自然と力が湧いてくる。


「それに、道中も退屈しなさそうだしね」


 私は窓の外、遠くに見える森を指差した。

 『迷いの森』。

 王都と領都の間にある、魔獣の巣窟とされる危険地帯だ。

 普通なら迂回するルートだが、私たちはあえて其処を通る。


「えっ? あそこを通るんですか!?

 噂じゃ、Sランクの魔獣が出るとか……」


 ケイナが怯える。

 しかし、ケースが眼鏡を光らせて割り込んだ。


「ご心配なく!

 僕の計算では、あの森には希少な魔導素材が大量に眠っています!

 特に、魔獣の骨や皮は、新しい防具の開発に欠かせません!」


「そういうこと。

 ついでに素材回収(狩り)をしていくわよ。

 イマクサの開拓には、物資がいくらあっても足りないからね」


 私の言葉に、スノッツティも乗り気だ。


「ハロー! 魔獣の牙でアクセサリーを作るのもいいね!

 新作のインスピレーションが湧いてきたよ!」


「へっ、狩りなら任せとけ。

 俺の短剣の錆にしてやるぜ」


 ディーノも好戦的だ。

 頼もしい仲間たち。

 彼らとなら、どんな魔境も宝の山に見えてくるわ。


「よし、進路決定!

 迷いの森を突っ切って、最短ルートでイマクサを目指すわよ!」


「ラジャーだ、師匠!

 僕のドライビングテクニックで、森の木々を華麗にかわしてみせるさ!」


 アルフォンスが鞭を振るう。

 フロンティア号は街道を外れ、鬱蒼と茂る森の中へと進路を取った。


 木漏れ日が差し込む森の中は、静かで、どこか神秘的な空気に包まれていた。

 しかし、その静寂の裏には、弱肉強食の掟が支配する野生の世界が広がっている。


「……何か来る」


 ショウちゃんが耳をピクリと動かし、低く唸った。

 私も魔力探知で、周囲の気配を探る。

 複数の、大きくて荒々しい魔力反応。

 歓迎してくれているみたいね。


「みんな、戦闘配置!

 お客様のお出ましよ!」


 私の声と共に、仲間たちが武器を構える。

 平穏な旅路はここまで。

 ここからは、実力で道を切り開く冒険の始まりだ。


 茂みが揺れ、巨大な影が飛び出してくる。

 それは、牙を剥き出しにした魔獣たちだった。


「さあ、始めましょうか。

 フロンティア流・素材回収ツアーの開幕よ!」


 私は銀の針を構え、不敵に笑った。

 新しい世界への第一歩は、少しばかり血生臭くなりそうだけど、それもまた一興。


 私たちの旅は、まだ始まったばかりなのだから。



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