第94話 ディーノの仕事、証拠隠滅と暴露
パーティー会場の喧騒が遠ざかり、空が白み始める頃。
王都の路地裏を、一人の影が疾走していた。
ディーノだ。
彼はストレイから託された「最後の掃除」を遂行するため、公爵が王都に構える別邸へと向かっていた。
(へっ、姐さんも人使いが荒いぜ。
パーティーの片付けもしないで、こんな泥仕事させやがって)
彼は悪態をつきながらも、その足取りは軽い。
かつては人を殺すために走っていたこの道を、今は悪を裁くために走っている。
そのことが、彼に不思議な高揚感を与えていた。
公爵の別邸は、既に混乱の只中にあった。
主人の逮捕を知った使用人たちが、金目の物を持ち出そうと右往左往している。
警備などザル同然だ。
「おっと、失礼しますよ」
ディーノは屋根から侵入し、迷うことなく書斎へと向かった。
狙いは、壁に隠された隠し金庫。
そこには、公爵が最後まで手放さなかった「保険」――隣国との密約書や、王国内の協力者リストが眠っているはずだ。
「あった。これか」
彼はストレイから預かった『万能解錠針』を鍵穴に差し込んだ。
カチャリ、と音がして、重厚な扉が開く。
中には、分厚い羊皮紙の束と、印章の入った小箱があった。
「ビンゴだ。
こいつがありゃ、公爵家は取り潰し確定。
協力してた貴族たちも、芋づる式に御用ってわけだ」
ディーノは書類を回収し、代わりに一枚のメモを残した。
そこには、下手くそな字でこう書かれている。
『怪盗フロンティア参上。
悪銭は身につかねえぜ』
「……ククッ。我ながらクサいセリフだな」
彼は自嘲し、窓から飛び出した。
次は、この証拠を「適切な場所」に届ける仕事だ。
王都の大手新聞社。
早朝の編集部は、パーティーでのスクープ記事の作成に追われ、戦場のような忙しさだった。
そのポストに、ディーノは音もなく書類のコピーを投函した。
「ほらよ、特ダネだ。
しっかり書いてくれよ」
さらに、王宮の正門前、そして騎士団の詰め所。
彼は王都の主要な機関を回り、公爵の罪状をばら撒いていった。
これで、公爵の悪事は隠蔽不可能となる。
もみ消そうとする勢力がいたとしても、世論がそれを許さないだろう。
「ふぅ。これで全部か」
全ての配達を終えたディーノは、教会の鐘楼の上に登り、王都を見下ろした。
朝日が昇り、街が黄金色に染まっていく。
この美しい街の裏側で、どれだけの汚濁が渦巻いていたか。
そして、それを自分たちが一掃したのだと思うと、胸がすくような思いがした。
「……あばよ、王都。
俺の『影』としての人生は、今日で終わりだ」
彼は懐から、かつて暗殺組織で使っていた短剣を取り出した。
刃こぼれし、血の匂いが染み付いた古びた武器。
彼はそれを、鐘楼の下へと放り投げた。
カラン、と乾いた音がして、短剣が見えなくなる。
それは、過去との決別だった。
「これからは、ただの『営業部長』だ。
姐さんと一緒に、世界中を売り歩いてやるよ」
ディーノはニカっと笑い、軽やかに屋根を飛び移っていった。
向かう先は、仲間たちが待つパーティー会場の裏手。
新しい旅の始まりの場所へ。
王都の朝は、いつもより眩しく、そして騒がしく始まろうとしていた。
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東の空が白み始め、パーティー会場の喧騒が遠ざかっていく頃。
ディーノが息を切らせて戻ってきた。
その手には、ずっしりと重そうな革袋が握られている。
「はぁ、はぁ……。待たせたな、姐さん。
最後の掃除、完了だ」
「お帰り、ディーノ。
随分と時間がかかったじゃない」
私が茶化すと、彼はニカっと笑って袋を放り投げた。
「へっ、寄り道してたんだよ。
公爵の別邸から、ちょっとした『退職金』を頂いてきた」
袋の中身は、公爵が裏金として隠し持っていた希少な魔石や、換金性の高い貴金属だった。
これがあれば、当面の旅費には困らないわね。
「気が利くわね。
これで、本当に思い残すことはないわ」
私は袋をケイナに渡し、仲間たちを見渡した。
ケイナ、ディーノ、ショウちゃん。
そして、新しく加わったアルフォンス、ケース、スノッツティ。
全員、揃っている。
「みんな、準備はいい?」
「「「オーッ!!」」」
力強い返事が返ってくる。
私は満足げに頷き、御者台のアルフォンスに声をかけた。
「パシリ一号、出番よ!
まずは王都の門を目指して!」
「ラジャーだ、師匠!
僕の華麗な手綱捌きを見せてあげるよ!」
アルフォンスが鞭を振るう。
馬がいななき、巨大なフロンティア号が動き出した。
車輪が砂利を踏みしめ、重厚な音を響かせる。
私たちは、パーティー会場の裏手を抜け、王都へと続く街道に出た。
振り返れば、朝日に照らされた廃墟(本館跡地)が小さくなっていく。
そこには、私の辛かった過去と、断ち切った因縁が置き去りにされている。
「……さようなら」
私は小さく呟き、前を向いた。
もう、後ろは振り返らない。
私たちの目指す場所は、遥か彼方の東。
まだ見ぬ大地、イマクサだ。
馬車は速度を上げ、王都の城壁を目指して疾走する。
風が心地よい。
自由の風だ。
「ねえ、ストレイ。
イマクサって、どんなところなの?」
ケイナが隣で聞いてくる。
私は母の日記に書かれていた言葉を思い出しながら答えた。
「海が綺麗で、風が強くて……。
そして何より、『何もない』場所よ」
「何もない?」
「ええ。だからこそ、何でも作れるの。
私たちの手で、一から全部ね」
私の言葉に、ケイナは目を輝かせた。
何もない場所を、自分たちの色に染め上げていく。
それは、服作りにも似た、創造の喜びだ。
「楽しみですね!
私、どんな場所でもお嬢様と一緒なら頑張れます!」
「ふふっ、頼りにしてるわよ」
私は彼女の手を握り、窓の外へ視線を戻した。
王都の門が見えてきた。
あそこを抜ければ、私たちはもう、ただの旅人だ。
貴族でも、有名デザイナーでもなく、自由な冒険者として生きていく。
「行くわよ、みんな!
新しい冒険の始まりだ!」
私の号令と共に、フロンティア号は門をくぐり抜けた。
朝日が私たちを祝福するように照らし出す。
馬車は轟音を立てて街道を駆けていく。
その背後で、かつての我が家、フロンティア家本館の跡地が、最後の時を迎えようとしていた。




