表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/94

第92話 【ザマァ】全解体、そして全裸の王様


 スポットライトの下、下着姿で拘束されたアイリスとバルバロス公爵は、まだ自分たちの身に起きたことが信じられない様子だった。


 私の歌声が止み、会場の熱狂が少しずつ冷めていく中、二人の周りには侯爵家の衛兵たちが壁を作っていた。


「離して! 離しなさいよ!

 私はバルバロス公爵の義母になる女よ! こんな扱い、許されないわ!」


 アイリスが金切り声を上げ、衛兵の手を振り払おうとする。

 しかし、彼女の抵抗は無力だった。

 かつて彼女が頼りにしていた「ドレスの魔力」も「公爵の権威」も、今や跡形もなく消え去っているのだから。


「黙りなさい、フロンティア夫人。

 貴女の罪状は明白だ。

 詐欺、横領、そして……実の娘に対する虐待と人身売買未遂。

 言い逃れはできませんぞ」


 侯爵家の執事長が、冷徹に告げる。

 アイリスは目を剥き、侯爵に縋り付こうとした。


「お、お義父様! 助けてください!

 私は騙されたのです! ストレイに!

 あの子が私を嵌めたのよ!」


 侯爵は彼女を見下ろし、深くため息をついた。

 その目には、怒りよりも深い憐れみが宿っていた。


「……見苦しい。

 騙されたのではない。

 お前自身の『強欲』が、お前を喰い殺したのだ。

 娘の才能を見抜けず、愛情を注ぐこともせず、ただ利用しようとした報いだよ」


「そ、そんな……!

 私はただ、幸せになりたかっただけなのに……!」


 アイリスが崩れ落ち、泣きじゃくる。

 その姿は、かつての傲慢な貴婦人の面影もなく、ただの哀れな犯罪者だった。


 一方、バルバロス公爵もまた、絶望の淵に立たされていた。

 彼を取り囲むのは、ストレイが手配した王国の憲兵だけでなく、本国から急行してきた『査問団』の姿もあった。


「バルバロス公爵。

 貴殿に対し、国家反逆罪および公金横領の容疑で逮捕状が出ています。

 直ちに本国へ送還し、尋問を行います」


「な、何だと!?

 馬鹿な! 私が反逆だと!?

 私は国のために……!」


「黙れ! 証拠は上がっている!

 貴様が裏で進めていたクーデター計画、全て露見したぞ!」


 査問官が突きつけたのは、ストレイがスクリーンに映し出した『裏帳簿』の写しだった。

 公爵は青ざめ、膝から崩れ落ちた。


「おのれ……おのれぇぇぇ!

 あの小娘……! 私の全てを……!」


 彼は地面を殴りつけ、呪詛の言葉を吐き続ける。

 しかし、もはや誰も彼を恐れる者はいない。

 かつて隣国の要人として恐れられた男は、今やただの『全裸の老人』として、嘲笑の的になっているだけだった。


「連れて行け!」


 査問官の号令で、公爵は乱暴に引き立てられていく。

 アイリスもまた、衛兵たちによって連行されていった。

 二人の悲鳴が夜空に消えていく。


 会場に残された客たちは、呆然とその光景を見送っていた。

 あまりにも鮮やかで、そして残酷な幕切れ。

 それは、彼らの心に強烈な爪痕を残した。


「……すごいものを見てしまったな」

「ああ。あのストレイ嬢、ただの服屋じゃなかったんだな」


 記者たちが興奮気味にペンを走らせる。

 明日の朝刊は、間違いなくこのニュースで埋め尽くされるだろう。

 『悪徳貴族の没落』と、それを演出した『謎の天才デザイナー』の伝説として。


 侯爵は一人、誰もいなくなったステージを見つめていた。

 そこには、ストレイが脱ぎ捨てたハイヒールが片方だけ残されていた。


「……よくやった、孫よ。

 お前は、母親よりもずっと強く、そして賢かったようだ」


 彼はヒールを拾い上げ、愛おしそうに撫でた。

 厳格な侯爵の目尻に、一粒の涙が光るのを、側近たちは見て見ぬ振りをした。


「さて、我々も行くぞ。

 フロンティア家の始末をつけねばならん。

 ……あの子が残してくれた『新しい種』を、無駄にするわけにはいかんからな」


 侯爵は背筋を伸ばし、会場を後にした。

 その背中は、どこか誇らしげだった。


 王都の夜が更けていく。

 一つの家が滅び、一つの悪が裁かれた。

 しかし、それは終わりではない。

 新しい物語の、始まりに過ぎないのだ。


 私はステージの袖で、その光景を静かに見守っていた。

 胸の奥にある黒い霧が晴れていくのを感じる。


「……終わったわね」


 小さく呟く。

 隣にいたケイナが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「ええ、平気よ。

 ただ、少し肩の荷が下りただけ」


 私は笑って、彼女の頭を撫でた。

 これで、本当に過去との決別ができた。

 あとは、未来へ進むだけだわ。


「さあ、最後の仕上げと行きましょうか。

 お父様とフラッペにも、挨拶しておかないとね」


 私は会場の隅で立ち尽くす、残された家族の元へと歩き出した。


++++++++


 アイリスと公爵が衛兵に連行され、会場の喧騒が少しずつ落ち着きを取り戻し始めた頃。

 私はステージを降り、会場の隅で立ち尽くしている二人の人物の元へ歩み寄った。

 父リックザクと、弟フラッペだ。


 父は私が着せたタキシードの襟を握りしめ、魂が抜けたように一点を見つめていた。

 アイリスの没落、公爵の逮捕、そして家の破産。

 彼が縋っていたものが、一夜にして全て消え去ったのだ。

 そのショックは計り知れないだろう。


「……お父様」


 私が声をかけると、彼はビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。

 その目には、私への恐怖と、そして深い後悔の色が浮かんでいた。


「ス、ストレイ……。

 俺は……俺は……」


 彼は言葉を紡ぐことができない。

 何を言っても言い訳にしかならないことを、彼自身が一番よく分かっているからだ。


「謝罪なんていらないわ。

 そんなもので、過去が消えるわけじゃないもの」


 私は冷たく言い放った。

 けれど、その声には以前のような刺々しさはなかった。

 もう、彼を恨む気力さえ湧かない。

 彼はただの、弱くて哀れな老人なのだ。


「でも、一つだけ言っておくわ。

 貴方はもう、誰の言いなりにもならなくていいのよ」


「え……?」


「アイリスはいなくなった。公爵もいない。

 貴方を縛っていた鎖は、もうどこにもないわ。

 だから、これからは自分の足で立ちなさい。

 自分の頭で考えて、自分の人生を生きるのよ」


 私の言葉に、父は目を見開いた。

 彼は長い間、誰かに依存することでしか生きられなかった。

 自分の弱さを直視するのが怖くて、強い誰かの後ろに隠れていたのだ。

 でも、もう隠れ場所はない。


「……できるだろうか。

 俺なんかに……」


「できるわよ。

 だって貴方は、かつて剣一つで王都を沸かせた『剛剣のリックザク』なんでしょう?

 その誇りさえ忘れなければ、きっとやり直せるわ」


 私は彼の手を取り、強く握った。

 父の手は震えていたけれど、温かかった。


「……ありがとう、ストレイ。

 すまなかった。本当に、すまなかった……!」


 父はその場に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくった。

 私は彼の肩を一度だけ叩き、そして隣に立っていたフラッペの方を向いた。


 彼は泣いていなかった。

 ただじっと、その大きな瞳で私を見つめている。

 その目には、かつての生意気な子供の色はなく、一人の少年としての意思が宿っていた。


「……姉上。行くんだね」


「ええ。ここでの仕事は終わったから」


「僕も……連れて行ってくれないの?」


 彼は小さな声で尋ねた。

 イマクサでの開拓生活。

 彼にとっても、それは魅力的な冒険に見えるのかもしれない。

 でも、私は首を横に振った。


「ダメよ。あんたには、やるべきことがあるでしょ?」


 私は彼の足元に寄り添うポチMk-IIを指差した。


「この店を、そしてこの街を守りなさい。

 それが、あんたの仕事よ」


「……僕に、できるかな?」


「できるわ。

 あんたは、自分の大切なものを守るために、勇気を出して戦ったじゃない。

 その気持ちがあれば、大丈夫よ」


 私は懐から、一つの魔導キーを取り出し、フラッペに渡した。

 それは、ポチMk-IIのマスターキーであり、王都の店の管理権限を示す鍵だ。


「これをあんたに預けるわ。

 強くなりなさい、フラッペ。

 誰かを守れるくらいにね」


「……うん!

 僕、頑張るよ!

 姉上に負けないくらい、立派な男になる!」


 フラッペがキーを握りしめ、力強く頷く。

 ポチも「ワン!」と吠えて、主人の決意に応えた。


「いい返事ね。

 じゃあ、また会いましょう」


 私は二人に背を向け、歩き出した。

 もう、振り返ることはない。

 家族との因縁は、ここで完全に断ち切られた。


 会場の出口には、仲間たちが待っていた。

 ディーノ、ケイナ、ショウちゃん、アルフォンス、ケース。

 全員、晴れやかな顔をしている。


「終わったな、姐さん」


「ええ。長かったけど、悪くないショーだったわ」


 私はニッコリと笑い、彼らの輪に入った。

 会場の喧騒が遠ざかっていく。

 夜空には満月が輝き、私たちの行く手を照らしていた。


 私はふと足を止め、夜空を見上げた。

 そこには、母が見守ってくれているような気がした。


「……母様、見ていてくれましたか?

 私はもう、大丈夫です。

 貴女が愛した場所で、新しい物語を紡いでいきます」


 心の中で語りかけ、私は再び歩き出した。


 次の舞台へ向かって。


 まだ夜は長い。

 ディーノたちの事後処理が終わるまで、もう少しこの場所で、勝利の余韻に浸るとしましょうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ