第92話 【ザマァ】全解体、そして全裸の王様
スポットライトの下、下着姿で拘束されたアイリスとバルバロス公爵は、まだ自分たちの身に起きたことが信じられない様子だった。
私の歌声が止み、会場の熱狂が少しずつ冷めていく中、二人の周りには侯爵家の衛兵たちが壁を作っていた。
「離して! 離しなさいよ!
私はバルバロス公爵の義母になる女よ! こんな扱い、許されないわ!」
アイリスが金切り声を上げ、衛兵の手を振り払おうとする。
しかし、彼女の抵抗は無力だった。
かつて彼女が頼りにしていた「ドレスの魔力」も「公爵の権威」も、今や跡形もなく消え去っているのだから。
「黙りなさい、フロンティア夫人。
貴女の罪状は明白だ。
詐欺、横領、そして……実の娘に対する虐待と人身売買未遂。
言い逃れはできませんぞ」
侯爵家の執事長が、冷徹に告げる。
アイリスは目を剥き、侯爵に縋り付こうとした。
「お、お義父様! 助けてください!
私は騙されたのです! ストレイに!
あの子が私を嵌めたのよ!」
侯爵は彼女を見下ろし、深くため息をついた。
その目には、怒りよりも深い憐れみが宿っていた。
「……見苦しい。
騙されたのではない。
お前自身の『強欲』が、お前を喰い殺したのだ。
娘の才能を見抜けず、愛情を注ぐこともせず、ただ利用しようとした報いだよ」
「そ、そんな……!
私はただ、幸せになりたかっただけなのに……!」
アイリスが崩れ落ち、泣きじゃくる。
その姿は、かつての傲慢な貴婦人の面影もなく、ただの哀れな犯罪者だった。
一方、バルバロス公爵もまた、絶望の淵に立たされていた。
彼を取り囲むのは、ストレイが手配した王国の憲兵だけでなく、本国から急行してきた『査問団』の姿もあった。
「バルバロス公爵。
貴殿に対し、国家反逆罪および公金横領の容疑で逮捕状が出ています。
直ちに本国へ送還し、尋問を行います」
「な、何だと!?
馬鹿な! 私が反逆だと!?
私は国のために……!」
「黙れ! 証拠は上がっている!
貴様が裏で進めていたクーデター計画、全て露見したぞ!」
査問官が突きつけたのは、ストレイがスクリーンに映し出した『裏帳簿』の写しだった。
公爵は青ざめ、膝から崩れ落ちた。
「おのれ……おのれぇぇぇ!
あの小娘……! 私の全てを……!」
彼は地面を殴りつけ、呪詛の言葉を吐き続ける。
しかし、もはや誰も彼を恐れる者はいない。
かつて隣国の要人として恐れられた男は、今やただの『全裸の老人』として、嘲笑の的になっているだけだった。
「連れて行け!」
査問官の号令で、公爵は乱暴に引き立てられていく。
アイリスもまた、衛兵たちによって連行されていった。
二人の悲鳴が夜空に消えていく。
会場に残された客たちは、呆然とその光景を見送っていた。
あまりにも鮮やかで、そして残酷な幕切れ。
それは、彼らの心に強烈な爪痕を残した。
「……すごいものを見てしまったな」
「ああ。あのストレイ嬢、ただの服屋じゃなかったんだな」
記者たちが興奮気味にペンを走らせる。
明日の朝刊は、間違いなくこのニュースで埋め尽くされるだろう。
『悪徳貴族の没落』と、それを演出した『謎の天才デザイナー』の伝説として。
侯爵は一人、誰もいなくなったステージを見つめていた。
そこには、ストレイが脱ぎ捨てたハイヒールが片方だけ残されていた。
「……よくやった、孫よ。
お前は、母親よりもずっと強く、そして賢かったようだ」
彼はヒールを拾い上げ、愛おしそうに撫でた。
厳格な侯爵の目尻に、一粒の涙が光るのを、側近たちは見て見ぬ振りをした。
「さて、我々も行くぞ。
フロンティア家の始末をつけねばならん。
……あの子が残してくれた『新しい種』を、無駄にするわけにはいかんからな」
侯爵は背筋を伸ばし、会場を後にした。
その背中は、どこか誇らしげだった。
王都の夜が更けていく。
一つの家が滅び、一つの悪が裁かれた。
しかし、それは終わりではない。
新しい物語の、始まりに過ぎないのだ。
私はステージの袖で、その光景を静かに見守っていた。
胸の奥にある黒い霧が晴れていくのを感じる。
「……終わったわね」
小さく呟く。
隣にいたケイナが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。
ただ、少し肩の荷が下りただけ」
私は笑って、彼女の頭を撫でた。
これで、本当に過去との決別ができた。
あとは、未来へ進むだけだわ。
「さあ、最後の仕上げと行きましょうか。
お父様とフラッペにも、挨拶しておかないとね」
私は会場の隅で立ち尽くす、残された家族の元へと歩き出した。
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アイリスと公爵が衛兵に連行され、会場の喧騒が少しずつ落ち着きを取り戻し始めた頃。
私はステージを降り、会場の隅で立ち尽くしている二人の人物の元へ歩み寄った。
父リックザクと、弟フラッペだ。
父は私が着せたタキシードの襟を握りしめ、魂が抜けたように一点を見つめていた。
アイリスの没落、公爵の逮捕、そして家の破産。
彼が縋っていたものが、一夜にして全て消え去ったのだ。
そのショックは計り知れないだろう。
「……お父様」
私が声をかけると、彼はビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
その目には、私への恐怖と、そして深い後悔の色が浮かんでいた。
「ス、ストレイ……。
俺は……俺は……」
彼は言葉を紡ぐことができない。
何を言っても言い訳にしかならないことを、彼自身が一番よく分かっているからだ。
「謝罪なんていらないわ。
そんなもので、過去が消えるわけじゃないもの」
私は冷たく言い放った。
けれど、その声には以前のような刺々しさはなかった。
もう、彼を恨む気力さえ湧かない。
彼はただの、弱くて哀れな老人なのだ。
「でも、一つだけ言っておくわ。
貴方はもう、誰の言いなりにもならなくていいのよ」
「え……?」
「アイリスはいなくなった。公爵もいない。
貴方を縛っていた鎖は、もうどこにもないわ。
だから、これからは自分の足で立ちなさい。
自分の頭で考えて、自分の人生を生きるのよ」
私の言葉に、父は目を見開いた。
彼は長い間、誰かに依存することでしか生きられなかった。
自分の弱さを直視するのが怖くて、強い誰かの後ろに隠れていたのだ。
でも、もう隠れ場所はない。
「……できるだろうか。
俺なんかに……」
「できるわよ。
だって貴方は、かつて剣一つで王都を沸かせた『剛剣のリックザク』なんでしょう?
その誇りさえ忘れなければ、きっとやり直せるわ」
私は彼の手を取り、強く握った。
父の手は震えていたけれど、温かかった。
「……ありがとう、ストレイ。
すまなかった。本当に、すまなかった……!」
父はその場に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくった。
私は彼の肩を一度だけ叩き、そして隣に立っていたフラッペの方を向いた。
彼は泣いていなかった。
ただじっと、その大きな瞳で私を見つめている。
その目には、かつての生意気な子供の色はなく、一人の少年としての意思が宿っていた。
「……姉上。行くんだね」
「ええ。ここでの仕事は終わったから」
「僕も……連れて行ってくれないの?」
彼は小さな声で尋ねた。
イマクサでの開拓生活。
彼にとっても、それは魅力的な冒険に見えるのかもしれない。
でも、私は首を横に振った。
「ダメよ。あんたには、やるべきことがあるでしょ?」
私は彼の足元に寄り添うポチMk-IIを指差した。
「この店を、そしてこの街を守りなさい。
それが、あんたの仕事よ」
「……僕に、できるかな?」
「できるわ。
あんたは、自分の大切なものを守るために、勇気を出して戦ったじゃない。
その気持ちがあれば、大丈夫よ」
私は懐から、一つの魔導キーを取り出し、フラッペに渡した。
それは、ポチMk-IIのマスターキーであり、王都の店の管理権限を示す鍵だ。
「これをあんたに預けるわ。
強くなりなさい、フラッペ。
誰かを守れるくらいにね」
「……うん!
僕、頑張るよ!
姉上に負けないくらい、立派な男になる!」
フラッペがキーを握りしめ、力強く頷く。
ポチも「ワン!」と吠えて、主人の決意に応えた。
「いい返事ね。
じゃあ、また会いましょう」
私は二人に背を向け、歩き出した。
もう、振り返ることはない。
家族との因縁は、ここで完全に断ち切られた。
会場の出口には、仲間たちが待っていた。
ディーノ、ケイナ、ショウちゃん、アルフォンス、ケース。
全員、晴れやかな顔をしている。
「終わったな、姐さん」
「ええ。長かったけど、悪くないショーだったわ」
私はニッコリと笑い、彼らの輪に入った。
会場の喧騒が遠ざかっていく。
夜空には満月が輝き、私たちの行く手を照らしていた。
私はふと足を止め、夜空を見上げた。
そこには、母が見守ってくれているような気がした。
「……母様、見ていてくれましたか?
私はもう、大丈夫です。
貴女が愛した場所で、新しい物語を紡いでいきます」
心の中で語りかけ、私は再び歩き出した。
次の舞台へ向かって。
まだ夜は長い。
ディーノたちの事後処理が終わるまで、もう少しこの場所で、勝利の余韻に浸るとしましょうか。




