第91話 綺麗なジャイ子の歌、響く
会場のボルテージが最高潮に達する中、私は客席の最前列に、一人の老紳士の姿を認めた。
白髪を綺麗に撫で付け、厳格な表情を崩さないその人物。
私の母の実家、由緒ある侯爵家の当主であり、私の祖父にあたる人だ。
彼は当初、このパーティーに参加する予定はなかった。
けれど、私が裏で流した「フロンティア家の不正と、公爵による内政干渉」の噂を聞きつけ、急遽視察団を率いて駆けつけてくれたのだ。
(……お爺様。見ていてくださいね。
これが、貴方の娘が愛したイマクサを守るための、私の戦いです)
私は祖父に向かって、優雅にカーテシーをした。
祖父は微かに眉を動かし、そして小さく頷いた。
それは、「好きにやれ」という無言の許可だった。
「皆様、お待たせいたしました!
今宵のメインイベント、ストレイ・フロンティアがお送りする『真実の独演会』!
心ゆくまでお楽しみください!」
私はマイクを高々と掲げ、バンドに合図を送った。
ドラムがリズムを刻み、ブラスセクションがファンキーな音色を奏でる。
曲目はもちろん、私の代名詞『綺麗なジャイ子の歌』。
ただし今回は、歌詞をフルリメイクした『断罪バージョン』よ!
♪~ 昔々あるところに、強欲な継母がいました ~♪
♪~ 娘を売って、ドレスを買って、鏡の前で踊ってる ~♪
コミカルなメロディに乗せて、アイリスの悪行を暴露する歌詞が紡がれる。
会場のスクリーンには、彼女が夜な夜な宝石を数えている隠し撮り映像や、ヒステリックに叫んでいる音声がリミックスされて流される。
「ちょ、ちょっと! やめて! 消してよ!」
アイリスが顔を真っ赤にして叫ぶが、私の歌声にかき消される。
客たちは腹を抱えて笑い、手を叩いてリズムを取っている。
♪~ 隣の国のエロ公爵、金と女に目がなくて ~♪
♪~ 偽物つかまされ、パンツ濡らして、世界中に恥さらし ~♪
次は公爵の番だ。
彼が失禁した瞬間の映像がスローモーションで再生され、さらに彼が過去に行った数々の悪事の証拠書類が背景にコラージュされていく。
「き、貴様ぁ……! 殺してやる! 殺してやるぞ!」
公爵が発狂しそうになっているが、もはや誰も彼を恐れていない。
彼はただの、滑稽なピエロに成り下がったのだ。
「さあ、サビよ!
みんな一緒に!」
私が叫ぶと、会場全体が一体となって声を上げた。
♪~ ブスと美人の差は認知の歪み!
でも貴方たちの心は歪みきってるわ! ~♪
♪~ 綺麗なジャイ子になりたくて、
メッキを剥がして 素っ裸! ~♪
最高潮に達した瞬間、私は魔力を込めて絶叫した。
「脱ぎなさいッ!!」
その言葉がトリガーとなり、アイリスと公爵の服に仕込まれた『魔法糸』が一斉に共鳴した。
バチバチバチッ!
激しい閃光と共に、縫い目が弾け飛び、布地が霧散していく。
「い、嫌ぁぁぁ! 服が!」
「な、何だこれは!?」
二人の服が、見る見るうちに解けていく。
豪華なドレスも、威厳ある軍服も、ただの光の粒子となって夜空に消えていく。
そして、スポットライトの下に残されたのは――。
アイリスは唐草模様、公爵はハート柄のブーメラン。
下着姿の二人だけだった。
「キャアアアッ! 見ないでぇ!」
「ぐわぁぁぁ! 私の威厳が!」
二人は悲鳴を上げ、体を隠そうとするが、隠すものがない。
カメラのフラッシュが焚かれ、侯爵家の視察団が冷ややかな視線を浴びせる。
「……見苦しい」
祖父が短く吐き捨てた。
その一言が、彼らにとっての死刑宣告だった。
「これが、貴方たちの『本当の姿』よ。
虚飾を剥ぎ取れば、ただの欲深い人間。
……いいえ、人間以下の獣ね」
私は歌い終え、静かにマイクを下ろした。
会場は一瞬の静寂の後、爆発的な拍手と歓声に包まれた。
「ブラボー! 最高のショーだ!」
「ストレイ様、万歳!」
私は汗を拭い、満面の笑みで手を振った。
これにて、私の復讐劇はクライマックスを迎える。
二人の醜態を晒し上げ、社会的に抹殺する準備は整った。
「……まだ終わらないわよ。
とどめの一撃、プレゼントしてあげる」
私は心の中で呟き、ステージの上で次の合図を待った。
背後では、まだアイリスと公爵の絶叫が響いていたけれど、それはもう断末魔の叫びにしか聞こえない。
次は、ディーノの出番だわ。
彼が持ってくる「決定的な証拠」が、この茶番劇に終止符を打つ。
++++++++
スポットライトの下、下着姿で這いつくばるアイリスと公爵。
その醜態を、カメラのフラッシュが容赦なく焼き付けていく。
会場の空気は、嘲笑から軽蔑、そして断罪の熱狂へと変わっていた。
「見ろ! これが奴らの本性だ!」
「国の恥さらしめ!」
罵声が飛び交う中、ディーノがステージの袖から大量の紙束をばら撒いた。
それは、公爵の裏帳簿のコピーと、アイリスが交わした詐欺契約書の写しだ。
「さあ、皆さん! お土産ですよ!
これを持って帰れば、明日の朝刊は特ダネ間違いなしだ!」
ディーノの煽りに、記者たちが群がる。
証拠は揃った。
これで彼らは、二度と表舞台には戻れない。
最前列で見ていた侯爵が、ゆっくりと立ち上がった。
彼は静かに、しかし会場全体に響き渡る声で告げた。
「……これ以上の茶番は不要だ。
フロンティア家は、本日をもって取り潰しとする。
バルバロス公爵については、我が国への内政干渉および詐欺罪で拘束し、本国へ送還した上で厳正な処罰を求める」
侯爵の宣言に、会場がどよめく。
これは、単なるスキャンダルではない。
国を動かす、政治的な決着なのだ。
「ま、待ってください閣下!
私は……私は被害者なんです!」
アイリスが侯爵に縋り付こうとするが、側近たちに阻まれる。
公爵もまた、私兵団に見捨てられ、王国の衛兵たちに取り囲まれていた。
「おのれ……! おのれぇぇぇ!」
公爵の絶叫が虚しく響く。
勝負あり、ね。
私はステージの端で、祖父に向かって深く一礼した。
祖父は私を見つめ、微かに目を細めた。
言葉はない。
けれど、その瞳には「よくやった」という色が浮かんでいた。
「……皆様、お聞きください!」
私は再びマイクを握り、会場に向かって語りかけた。
「今日、ここで一つの時代が終わりました。
嘘と欺瞞に満ちたフロンティア家は、今この瞬間をもって消滅します。
でも、それは絶望ではありません。
古いものが壊れた後には、必ず新しいものが生まれるのですから!」
私は胸に手を当て、力強く宣言した。
「私、ストレイ・フロンティアは、この腐った家を捨て、新しい『フロンティア』を築きます!
イマクサの地で、誰もが笑顔になれる未来を、私の手で縫い上げてみせますわ!」
私の言葉に、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
それは、悪党の没落を喜ぶ喝采だけでなく、新しいリーダーの誕生を祝福するファンファーレでもあった。
「素晴らしい! ストレイ様、万歳!」
「応援するぞ! イマクサでも頑張れ!」
歓声が夜空に響き渡る。
私は満足げに微笑み、ステージを降りた。
そこには、仲間たちが笑顔で待っていた。
「姐さん、最高だったぜ!」
「師匠、痺れたよ!」
ディーノとアルフォンスが駆け寄ってくる。
ケイナも涙ぐみながら拍手している。
「終わったな」
「ええ。長かったけど、悪くないショーだったわ」
私たちは円陣を組み、互いの健闘を称え合った。
けれど、まだ全てが終わったわけではない。
最後に、もう一つだけやっておくべきことがある。
「……さて、お義母様とお父様。
最後の挨拶くらい、しておきましょうか」
私は拘束された二人の方へ、ゆっくりと歩み寄っていった。
この家族との因縁に、本当のピリオドを打つために。




