表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/25

第9話 雨上がりのゴミ捨て場に、神はいた


 本館から送り込まれた家政婦を、リフォームしたての離れの輝きと私の圧で追い返した後、室内には奇妙な高揚感が漂っていた。

 腰を抜かさんばかりに驚いて逃げ帰ったあの女の顔。


 かつて舞台で完璧にオチが決まった時の快感に近いけれど、今の私はそれ以上に、自分の指先に宿る『仕立て直す力』に酔いしれていた。


 でも、勝利の余韻に浸ってばかりはいられない。

 逆転劇を完遂するためには、手元にある素材があまりにも貧弱すぎる。


 「お嬢様、あの……本当に大丈夫でしょうか。

 奥様に知られたら、次はどんな恐ろしいことが」


 本当にどうでも良かった。

 神様出会い系チートでなく、無自覚系だったけど『芸人』時代のネタが魔法に馴染むし『服飾魔法』はヤバすぎるし、どうにでもなる。


 もし魔導が使えなくなり、本当にどうにもならなくても、私には売れない『芸人』として培ってきた強かさ(したたかさ)で生き延びてみせるわ。


 「いいのよケイナ。

 あいつらが恐ろしいことを企む前に、こっちが圧倒的な格好良さでねじ伏せればいいんだから。

 そのためには、もっといい『糸』のベースが必要ね」


 私は深紅のドレスの裾を翻し、離れの裏手へと向かった。

 そこは、かつての華やかなフロンティア家の残骸が投げ捨てられた、雨上がりのゴミ捨て場だ。


 壊れた家具、破れた絨毯、そして誰からも見捨てられた思い出たちが、ぬかるんだ土の上で腐敗を待っている。


 普通の人間に見ればただの不潔な場所だろうけれど、四十二歳の元女芸人の目には、こここそが宝の山に見える。


 かつて『ワイワイ放送』で、深夜の公園や近くのヤブに捨てられていた粗大ゴミを拾い集め、それを組み合わせてオシャレなインテリアに再生する『イベント配信』をしたことがあった。

 イツメンたちは『民子、それ不法投棄じゃないのか』とか『お前はゴミの聖女か妖精か』『民子はゴミ姫だな』とか、草を生やして茶化していたけれど、あの時の経験が今、異世界で結実しようとしている。


 まぁ、一部の空気読めないやつがゴミは公共財だから拾って勝手に使ったら犯罪だぞって訳のわからんこと言いながら通報された事があったけど。


 深夜の公園やヤブはゴミステーションじゃねぇんだわ!!


 「見て、ケイナ。

 あそこに転がっている壊れた魔導具、あれの中に眠っている魔力の残滓、最高のテクスチャになるわよ」


 雨上がりの冷たい空気が、私の鼻腔を抜ける。


 魔導を展開した私は銀の針を一本取り出し、ぬかるみの奥に沈んでいた『何か』に向けて現実化した『魔力糸』を放った。

 それは、捨てられたガラクタの中でも異様な存在感を放っていた。

 泥にまみれ、毛並みはボロボロで、死にかけているのかピクリとも動かない一匹の『黒猫』だ。


 (……あら、ゴミ捨て場に神様が落ちてるなんて、聞いてないわよ)


 私の視界には、その猫を縛り付けている因果の糸が見えていた。

 ただの野良猫じゃない。


(なるほど。 この子猫が起こした必然性ね。 助かるために因果律を変化させて変化に敏感な私をココに導いたってことね。)


 その身体の奥底には、まるで高位の魔導書をそのまま毛皮にしたような、緻密で壮大な魔法陣の刺繍が刻まれている。

 けれどその刺繍は、誰かによって無惨に引き裂かれ、泥汚れという名の呪いに汚染されていた。


 「これよ。これこそが、私の新しい衣装の『核』になる素材だわ。とうぜん、ここまで呼ばれたギャラは体で払ってもらうわ。

 だから、あなたも頑張るのよ。」


 私は迷わず、泥の中に膝をついた。


 深紅のドレスが汚れることなんて気にも留めない。


 四十二年間、泥水をすするような下積み生活を送り、バナナの皮で人生を強制終了させられた女にとって、この程度の汚れは勲章のようなものよ。


 「いい、ケイナ。最高の舞台衣装には、魂の宿った素材が必要なの。

 この子を、私が最高に美しく、強く、縫い直してあげる」


 私は猫の小さな身体に手を添えた。


 かすかに伝わってくる鼓動のバイアスは、今にも途切れそうなほど細い。


 でも大丈夫。

 私が来たからには、死ぬことさえ許さないわよ。

 にわか令嬢の転生前の服飾屋として培った『シミ抜き』と『リフォーム』の技術、その真骨頂をこの小さな生命に見せつけてやるわ。


++++++++


 泥の中に横たわる小さな塊から、この世界のものとは思えない魔力の形と震えるような悲鳴が魔力の糸を通じて伝わってくる。


 この黒猫を縛り上げているのは、ただの泥汚れじゃない。

 誰かが意図的に施した『存在消去』の呪いという名の、人間以上の存在が行ったであろう最悪に趣味の悪いパッチワークだわ。

 魔導で概念から視覚で除くと、魂の形が、この異世界とは違う。

 転生猫? 転移猫?


 本来なら高貴な魔力を湛えているはずの繊維が、無理やり引き千切られ、どす黒い怨念の糸で継ぎ接ぎされている。


 「……ひどいものね。こんな雑な仕事、プロの仕立て屋が見たら失神するわよ」


 私は帯域を広げて魔導を展開しながら母の形見である銀の針を抜き放ち、猫の首筋に漂う呪いの結び目へと狙いを定めた。

 イメージするのは、絡まりきってほどけなくなった極細の刺繍糸を、一本ずつ丁寧に解きほぐす作業。


 無理に引っ張れば、この子の命という布地自体が破れてしまう。


 私は指先から極限まで浸透性を高めた『魔力溶剤』を概念から視覚、そして構造体として放ち、呪いの糸に染み込ませてその粘着力を奪っていった。


(ここで、異世界の魔神に呪われた猫とか? 展開早すぎないか? 売れっ子には媚びて私たちには横柄な作家ぐらいバカ展開なんだが……。 うぐぅ。)


 クソがーーーー。


 「お嬢様、そんなに魔力を使っては……! その猫はもう、手遅れに見えます!」


 「ケイナ、芸人の世界にはね、舞台で死んでも化けて出るっていう格言があるの。

 この子はまだ、幕を下ろす準備なんてできてないわ」


 私は銀の針を電光石火の速さで動かした。


 呪いの糸を切り裂くと同時に、自身の魔力糸を代替の『芯』として打ち込み、欠落した魔法回路を補完していく。

 にわか魔法使いの私にしかできない、禁断の即興リフォーム。


 展示会のコレクションでランウエイ3分前にバカモデルのせいで仮縫がほどけて、必殺の『ホッチキス』攻撃で形成してしまうぐらい禁断の即興リフォーム。


 解剖学的な知識なんて必要ない、魔導が概念の視覚化で見せてくれる、ただ目の前にある『テクスチャの歪み』を、元の美しい形に縫い直してあげるだけよ。


 かつて『ワイワイ放送』で、洗濯でボロボロになった赤いトレーナーの寝間着を、一晩で新品同様に修復した時の集中力が蘇る。

 あの時、画面越しにイツメンたちが「民子、お前はボロ服の再生神か」と草を生やしてたっけ。

 今の私も、あの時と同じくらい本気よ。


 最後のひと針を刺し終えた瞬間、泥まみれだった黒猫の身体から、爆発的な漆黒の輝きが溢れ出した。


 泥汚れは一瞬で弾け飛び、カサカサに乾いていた毛並みは、夜の闇をそのまま切り取ったような極上のベルベットへと変貌を遂げる。


 そして、ゆっくりと開かれたその瞳は、深淵のような美しさを湛えた金色の双眸だった。


 「……ふむ。吾輩を、このような稚拙な針仕事で繋ぎ止めるとは。貴様、ただのにわか令嬢ではないな?」


 猫の口から漏れたのは、低い、けれど威厳に満ちた男の声だった。

 ケイナが短く悲鳴を上げて尻餅をつく。

 けれど私は、驚くどころか、その毛並みの手触りの良さにうっとりと目を細めて、猫の首根っこをひょいと掴み上げた。


 「あら、喋る素材なんて最高じゃない。

 ちょうど、誰にも言えない愚痴を聞いてくれる相手が欲しかったのよ。

 よろしくね、ショウちゃん」


 なぜか、私の頭に浮かんだのは『ショウちゃん』という名前。


 『吾輩はショウなどという名ではない!

 吾輩は、かつて世界を統べた……待て、離せ!

 貴様、吾輩を洗濯物のように振り回すな!』


 バタバタと暴れる黒猫を抱きかかえ、私は満足げに鼻を鳴らした。


 ゴミ捨て場で見つけた、最高級のテクスチャを持つ恐らくなんかの『神』の化身。

 彼を『洗い上げる』ことができれば、私の魔法糸の精度は異次元のレベルへと到達するはずだわ。


 「さあ、ケイナ。

 離れに戻って、この汚れた神様をピカピカにクリーニングしてあげましょう。

 にわか令嬢のシミ抜き技術、その真骨頂はここからよ」


 私は不敵に微笑み、雨上がりのぬかるみを、力強い足取りで踏みしめた。

 私のステージに、最高の共演者が加わった。


 とうか、ここで私が『神』の除霊に失敗して亡くなったら私の物語はだれに文句を言うべきなのか?


 まぁ、いいか。


 さて、次はこの生意気な猫を、どうやって私好みの『衣装』に仕立て直してあげようかしら。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ