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第89話 壮行パーティー、主役は「罠の衣装」


 フロンティア家の跡地に設営された巨大な天幕。


 その中では、アイリス主催の「ストレイ・フロンティア壮行会」という名の、破滅へのダンスパーティーが幕を開けていた。


 会場は異様な熱気に包まれている。

 私がFカードで流した『緊急クエスト』に釣られた野次馬たちに加え、会場の最前列には、一際重々しい空気を纏った一団が鎮座していた。


 白髪を綺麗に撫で付け、厳格な表情を崩さない老紳士。

 私の母の実家、由緒ある侯爵家の当主であり、私の祖父にあたる人だ。


 彼は当初、このパーティーに参加する予定はなかった。

 けれど、私が裏で送った『フロンティア家の不正と、公爵による内政干渉』を告発する書状を受け取り、急遽視察団を率いて駆けつけてくれたのだ。


「オホホホ! 皆様、ようこそおいでくださいました!

 まさか侯爵閣下までお越しいただけるとは、感激ですわ!」


 ステージの中央で、アイリスが高笑いを上げる。

 彼女が纏っているのは、私が丹精込めて仕立てた『感謝のドレス』。

 純白のシルクに金糸の刺繍が施され、照明を浴びて神々しいまでの輝きを放っている。

 しかし、その実態は、着用者の魔力を暴走させ、思考力を奪う「陶酔の呪い」がかけられた拘束具だ。


「……フロンティア夫人。随分と羽振りが良いようだな。

 領地経営が立ち行かぬと聞いていたが、どこにこれほどの金があったのかね?」


 侯爵が鋭い眼差しで問う。

 アイリスは扇子で口元を隠し、得意げに胸を張った。


「もちろんですわ! これは全て、公爵様からの結納金ですのよ!

 公爵様は私……いえ、娘の才能を見抜いてくださったのです。

 このドレスも、私のデザイン案を取り入れて、娘に作らせたものですのよ!」


 嘘八百を並べ立てるアイリス。

 侯爵はため息をつき、隣に控える側近に耳打ちした。


『……調べ通りだな。あの魔石(結納金)は偽物だ。

 それを元手にこれほどの散財をするとは、正気の沙汰ではない』


『はい。ストレイ様の報告に間違いはありません』


 侯爵家の面々は、既に真実を知っている。

 彼らは今、アイリスという道化がどこまで踊るのか、冷ややかに観察しているだけだ。


 私は舞台袖のテントで、モニター越しにその様子を眺めていた。

 手にはマイク、耳にはインカム。

 気分は完全に、生放送のディレクターだわ。


「ケイナ、カメラの画角調整して。

 侯爵様の呆れ顔と、アイリスのドヤ顔を対比させるのよ」


『了解です、お嬢様!

 最高の皮肉をお届けします!』


「ナイスよ。

 ディーノ、会場の警備状況は?」


『問題ねえ。公爵の私兵団も配置についたが、俺たちの息のかかった連中がマークしてる。

 いつでも無力化できるぜ』


 完璧な布陣だわ。

 会場の空気は、完全に私たちの支配下にある。


 その時、会場の外からファンファーレが鳴り響いた。

 重厚な蹄の音と共に、黒塗りの馬車列が到着する。

 主役の登場だ。


「……来たわね、変態公爵」


 私はマイクのスイッチを入れた。

 ここからは、私が直接、会場をコントロールする。


「皆様、ご注目ください!

 今宵の主賓、バルバロス公爵閣下の御到着です!」


 私の声が会場中に響き渡る。

 スポットライトが入り口を照らし、馬車の扉が開かれた。

 そこから降り立ったのは、黒い軍服に身を包んだバルバロス公爵だ。

 彼は尊大に手を振り、レッドカーペットを歩いてくる。


「おお、公爵様! お待ちしておりましたわ!」


 アイリスが駆け寄り、最敬礼で出迎える。

 公爵は彼女を一瞥し、鼻で笑った。


「ふん。随分と派手な出迎えだな。

 まあいい、悪くはない」


 彼はアイリスを無視し、ステージの上の玉座へと向かう。

 その途中、最前列に座る侯爵の姿に気づき、一瞬だけ足を止めた。


「……ほう。侯爵閣下もおいででしたか。

 没落貴族の茶番になど興味はないと思っておりましたが」


「茶番かどうかは、最後まで見なければ分からぬよ。

 公爵殿こそ、他国の内政に随分とご熱心なようだ」


 侯爵が皮肉を返す。

 二人の間に火花が散る。

 会場の空気がピリピリと張り詰める中、公爵はふんと鼻を鳴らし、席に着いた。


 しかし、私は知っている。

 彼が着ているその軍服にも、私が仕込んだ『解体魔法』の糸が縫い込まれていることを。

 そして、彼がこれから座る玉座の下には、特大の落とし穴が用意されていることを。


「さあ、席について。

 ショーの準備は整ったわ」


 私は深呼吸をし、自分のドレスの裾を直した。

 深紅の戦闘用ドレス。

 これを着てステージに立つのは、これが最初で最後になるでしょう。


「行くわよ、ストレイ。

 最高の笑顔で、地獄へ案内してあげましょう」


 私はテントを出て、ステージ裏の階段を上り始めた。

 一歩、また一歩。

 足音が、会場のざわめきと重なる。


 次はいよいよ、私の登場。


 そして、伝説の幕開けだわ。


++++++++


 公爵がVIP席に深々と腰掛け、会場の空気が張り詰めたその時。

 アイリスがおもむろに立ち上がり、扇子を高らかに掲げた。


「皆様、長らくお待たせいたしました!

 本日の主役、そして公爵様の新たな伴侶となる、我が家の自慢の娘をご紹介いたしますわ!

 ストレイ、いらっしゃい!」


 彼女の声が響くと同時に、ステージ中央に強烈なスポットライトが降り注いだ。

 眩い光の中、私は深紅のドレスを翻し、ゆっくりとせり上がり装置(私が作った)で登場した。


「こんばんは、皆様。

 ご紹介に預かりました、ストレイ・フロンティアでございます」


 私はマイクを握り、優雅にカーテシーを決めた。

 その瞬間、会場中からどよめきが起こる。

 私のドレスが放つ圧倒的な存在感と、堂々たる振る舞いに、誰もが目を奪われていた。


「素晴らしい……! あれが、あの病弱令嬢か?」

「なんて美しいドレスだ。まるで炎のようだ」


 客たちの称賛の声が聞こえる。

 計画通りね。

 私は微笑みを崩さず、流暢な口調でトークを始めた。


「本日は、このような素晴らしいパーティーにお集まりいただき、誠にありがとうございます。

 私の門出を祝ってくださる皆様の温かいお心遣い、胸に沁みますわ。

 ……もっとも、そのお心遣いの半分くらいは、『没落貴族の悪あがき』を見物したいという好奇心かもしれませんけれど」


 会場に一瞬の沈黙が走り、すぐに爆笑が起きた。

 自虐ネタ。芸人の基本ね。

 緊張を和らげ、客との距離を一気に縮めるテクニックだわ。


「こら、ストレイ! なんてことを!」


 アイリスが顔を赤くして叫ぶが、私は無視して続ける。


「そして何より、遠路はるばるお越しくださったバルバロス公爵閣下。

 私のために、わざわざ軍隊まで率いてきてくださるなんて、感激ですわ。

 まるで、逃げ出したペットを捕まえに来た飼い主みたい」


 私は公爵に向かってウィンクをした。

 公爵の顔が引きつる。

 彼はグラスを握りつぶしそうなほど力を込め、私を睨みつけた。


「……ふん。口の減らない小娘だ。

 だが、その威勢の良さも今のうちだぞ」


「あら、怖いわ。

 でも公爵様、その軍服、少し窮屈じゃありません?

 肩のラインが張っているし、ボタンも悲鳴を上げていますわよ。

 ……まるで、ご自身の『器』の小ささを表しているみたい」


「な、何だと!?」


 公爵が立ち上がりかける。

 しかし、私はすかさず言葉を被せた。


「まあまあ、落ち着いてくださいませ。

 せっかくの宴ですもの、まずは楽しんでいただかなくては。

 今日は皆様のために、私が特別に一曲、歌わせていただきますわ」


 私が指を鳴らすと、会場の照明が落ち、幻想的なブルーライトに切り替わった。

 ディーノが操作する照明演出だ。

 そして、ケイナがBGMをスタートさせる。


 流れてきたのは、軽快で、どこか間の抜けたリズム。

 そう、あの『ボンボローニの歌』のイントロだ。


「さあ、手拍子をお願いします!

 恥ずかしがらずに、ご一緒に!」


 私が煽ると、サクラ役のアルフォンスとケースが率先して手拍子を始めた。

 それに釣られて、他の客たちも戸惑いながら手を叩き始める。

 会場全体が、奇妙な一体感に包まれていく。


 ♪~ ボンボローニ、ボンボローニ、甘い夢の味~ ♪


 私が歌い出すと、アイリスと公爵の服が、微かに発光し始めた。

 私が仕込んだ魔法糸が、歌声の周波数に共鳴しているのだ。

 まだ誰も気づいていない。

 二人の服が、少しずつ、しかし確実に、崩壊へと向かっていることに。


「……なんだ、この歌は。

 体が勝手に……リズムを刻んでしまう……」


 公爵が困惑した顔で、指先をトントンと動かしている。

 アイリスもうっとりとした表情で、体を揺らしていた。

 彼女のドレスは、彼女の高揚した魔力を吸い上げ、さらに美しく輝いている。

 まるで、最期の灯火のように。


「いい調子よ。

 さあ、盛り上がっていきましょう!

 フロンティア家、最後の狂宴を!」


 私はステージの上で踊りながら、心の中で叫んだ。

 この歌が終わる時、全てが終わる。

 そして、全てが始まるのだ。


 物語は、いよいよ佳境へ。


 私の復讐劇は、最高潮の盛り上がりを見せようとしていた。



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