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第88話 呪いのフルオーダー、納品完了


 アイリスに『感謝のドレス』を渡した後、私はその足で父、リックザクの部屋へと向かった。


 本館はもう空っぽだけれど、彼はまだ薄汚れた寝室にしがみつくようにして暮らしている。

 借金取りに追われ、妻には怒鳴られ、かつての威厳など欠片もない。


「……父様。入るわよ」


 私が声をかけると、ベッドの上で丸まっていた父がビクリと反応した。

 彼は私を見ると、縋るような目で起き上がった。


「ス、ストレイ……!

 来てくれたのか! 金か? 金を貸してくれるのか!?」


「いいえ。お金はないわ。

 でも、代わりにこれをあげる」


 私は持参した包みを開け、中から一着のタキシードを取り出した。

 黒のベルベット生地に、銀糸のストライプが入ったシックなデザイン。

 若き日の父が着ていた、剣術大会の優勝パレードの衣装を模したものだ。


「これは……?」


「明日のパーティーで着てちょうだい。

 当主たるもの、ボロボロの服じゃ格好がつかないでしょう?

 私が仕立てた特製よ」


 父は震える手でタキシードを受け取った。

 生地の感触を確かめ、袖を通す。

 すると、曲がっていた背筋が伸び、曇っていた瞳に微かな光が戻った。


「……懐かしい。

 昔は、こんな服を着て……俺は輝いていたんだ」


「ええ。貴方は強かったわ。

 でも、今は違う。

 その服は、貴方に『過去』を思い出させるためのものよ」


 私は冷ややかに告げた。

 このタキシードには、『強制姿勢矯正』の魔法がかけられている。

 着ている間は強制的に背筋が伸び、堂々とした振る舞いを強いられる。

 しかし、それは彼自身の意志ではなく、服によって操られているだけの人形劇だ。


「ありがとう、ストレイ……!

 お前は、やっぱり俺の娘だ……!」


 父が涙を流して私を抱きしめようとする。

 私はそれを軽くかわし、一歩下がった。


「勘違いしないで。

 これは手切れ金代わりよ。

 明日が終われば、私たちは他人。

 二度と関わることはないわ」


「な、何だと……?」


「さようなら、お父様。

 明日のパーティー、精々『立派な当主』を演じてちょうだいね」


 私は呆然とする父を残し、部屋を出た。

 背後で、彼がタキシードを抱きしめて嗚咽する声が聞こえる。

 同情はしない。

 彼が選んだ道だもの。


 次に私が向かったのは、フラッペの部屋……ではなく、彼が今身を寄せている使用人部屋だ。

 彼はポチMk-IIと一緒に、煎餅布団の上で膝を抱えていた。


「……姉上?」


「はい、これ。あんたの分よ」


 私は子供用の礼服を放り投げた。

 動きやすさを重視した、半ズボンとジャケットのセットアップだ。

 素材には、防刃・防魔加工を施した特殊繊維を使っている。


「……僕にも、くれるの?」


「当たり前でしょ。あんたもフロンティア家の一員なんだから。

 明日のパーティー、しっかり見ておきなさい。

 大人がどうやって破滅していくのかをね」


 フラッペは服を受け取り、複雑な表情で私を見上げた。


「……これ、呪われてないよね?」


「失礼ね。

 これは『守り』の服よ。

 もし会場で何かあっても、この服がアンタを守ってくれるわ。

 ……まあ、ちょっと動きが制限されるかもしれないけど」


 そう、この服には『緊急回避』の術式が組み込まれている。

 危険が迫ると、自動的に着用者を安全圏へと強制移動させるのだ。

 たとえ本人の意志に反してでも。


「ありがとう、姉上。

 僕、着ていくよ。

 最後まで、見届けるって約束したから」


「ええ、偉いわね。

 ポチも一緒よ」


 私はポチMk-IIの頭を撫でた。

 彼にも、蝶ネクタイ型の『魔力増幅器』をつけてあげた。

 これで、いざという時の火力もばっちりだわ。


「じゃあね、フラッペ。

 明日の夜、会場で会いましょう」


 私は部屋を出て、廊下を歩いた。

 これで、全員分の「死に装束」……いいえ、舞台衣装の配給は完了した。


 アイリスには虚栄のドレスを。

 父には過去の栄光を模した拘束衣を。

 そしてフラッペには、未来を守るための鎧を。


 それぞれの服が、それぞれの運命を決定づける。

 私が紡いだ糸が、彼らをどこへ導くのか。

 それは、明日の夜に分かることだわ。


「……ふぅ。

 これで、私の仕事は終わりね」


 私は本館を出て、夜空を見上げた。

 星が瞬いている。

 明日は晴れるでしょう。

 絶好のパーティー日和だわ。


 さあ、帰ろう。

 仲間たちが待つ、私の本当の家へ。


++++++++


 王都の工房。

 深夜の静寂の中、私は作業台に向かい、深紅のドレスと向き合っていた。

 これは、私が明日のパーティーで着る、自分自身のための『戦闘服』だ。


 素材は、以前地下水道で倒したキメラの皮を、私の魔法糸で極限まで薄くなめしたもの。

 物理攻撃を弾く強度を持ちながら、シルクのようにしなやかで軽い。

 さらに、裏地には『対魔力コーティング』を施し、敵の魔法を反射する機能を備えている。


「……完璧ね。

 デザインはシンプルだけど、機能性は最強。

 これなら、どんな修羅場でも美しく舞えるわ」


 私は最後の一針を通し、糸を切った。

 ドレスが完成した瞬間、微かな魔力の波動が広がり、部屋の空気が震える。

 それは、私の決意の表れでもあった。


「お疲れ様です、お嬢様。

 素敵なドレスですね」


 ケイナが温かいミルクを持ってくる。

 彼女もまた、明日のために新しいメイド服(戦闘仕様)を新調していた。

 エプロンの裏には、投げナイフと回復薬が隠されている。


「ええ。ありがとう、ケイナ。

 貴女も似合ってるわよ。

 ……そうだ、Fカードの配信準備は?」


「はい! 文章の作成完了しました!

 送信ボタンを押せば、王都中の会員様へ一斉配信されます!」


 私は端末を確認した。

 画面には、設定通りのカタカナのメッセージが表示されている。


『キンキュウ クエスト!

 アクドク コウシャク ヲ

 セイサイ セヨ !!』


「ふふっ。

 前世のソシャゲで学んだ『限定商法』よ。

 続けて『ゲンテイ アバター アリ』とも流しておいて。

 これを見たら、暇な冒険者や野次馬たちがこぞって集まってくるはずだわ」


 私はニヤリと笑った。

 私の武器は、魔法や服だけじゃない。

 情報を操り、群衆を扇動する『配信者としてのスキル』。

 そして、どんな逆境も笑いに変える『芸人魂』。

 その全てをぶつけて、明日のパーティーを伝説にしてやるのよ。


「ディーノ、ショウちゃん、アルフォンス、ケース。

 みんなも準備はいい?」


 私が呼びかけると、工房の陰から仲間たちが現れた。

 それぞれが、明日の戦いに向けて武器や道具を整備している。


「いつでもいけるぜ、姐さん。

 俺の短剣が血を欲しがってる」


『フン、吾輩の影も飢えているぞ』


「僕の魔導書も、新しい理論の実践を待ち望んでいます!」


「僕の美学も、最高潮に高まっているよ!」


 頼もしい仲間たち。

 彼らがいれば、どんな修羅場も乗り越えられる。


「よし。

 じゃあ、今夜はここまで。

 明日に備えて、少しでも休みなさい」


 私は全員に号令をかけた。

 しかし、誰も動こうとしない。

 皆、興奮と緊張で眠れないのだ。


「……仕方ないわね。

 じゃあ、前祝いといきましょうか」


 私は隠しておいた発泡酒『ケイナの涙』を取り出し、全員に配った。


「乾杯!

 私たちの勝利と、新しい旅立ちに!」


「「「乾杯!!」」」


 グラスが触れ合う音が響く。

 私たちは夜が明けるまで語り合った。

 これまでのこと、これからのこと。

 そして、イマクサでの新しい生活のこと。


 やがて、窓の外が白み始めた。

 決戦の朝が来たのだ。


「……時間ね」


 私はグラスを置き、立ち上がった。

 深紅のドレスを纏い、髪を結い上げる。

 その髪型は、前世で一番気合を入れていた時の『勝負ネタ用』のアップスタイルだ。


 鏡の中の私は、不敵に微笑んでいた。


「行くわよ、みんな。

 フロンティア家、最後のショータイム。

 派手にぶちかましてやりましょう!」


「「「オオッ!!」」」


 私たちは工房を出て、朝日に輝く『フロンティア号』に乗り込んだ。

 目指すは、パーティー会場。

 全ての因縁を断ち切る、約束の地へ。


 私の針仕事は、世界を変える魔法へと昇華する。


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