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第84話 アルフォンス、誠意(1800万)の供出


 決戦当日の昼下がり。


 私たちはフロンティア家本館跡地の裏手、鬱蒼と茂る森の中に隠された『フロンティア号』の中で、息を潜めていた。

 表ではアイリスが会場設営の最終チェックに追われているはずだ。

 私たちはその裏で、今夜のショーに使う照明や音響、そして脱出のためのエンジンの調整を行っていた。


 しかし、モニターに表示された警告灯が、私の眉をひそめさせた。


『警告:魔力残量低下。

 現在の残量15%。

 全システム稼働に必要なエネルギーが不足しています』


「……嘘でしょ。計算より消費が早すぎるわ」


 私は舌打ちをした。

 原因は明白だ。

 会場に仕掛けた大量のギミック、そして馬車の空間拡張魔法。

 これらを維持するだけで、通常の何倍もの魔力を食っていたのだ。


「お嬢様、どうしますか?

 手持ちの魔石はもう底をつきました。

 これじゃあ、今夜のクライマックスで照明が消えちゃいます!」


 ケイナが悲鳴を上げる。

 照明がなければ、私のドレスの仕掛けも、公爵の悪事を暴くスクリーンも作動しない。

 最悪の事態だわ。


「……ショウちゃん、あんたの魔力、少し分けてくれない?」


『断る。吾輩は今夜の警備で手一杯だ。

 それに、吾輩の魔力は闇属性だぞ。照明に使ったら会場が真っ暗になるわ』


 ショウちゃんがそっぽを向く。

 確かに、彼の魔力は質が違う。

 純粋な光を生み出すには、高純度の魔石が必要なのだ。


「困ったわね……。

 今から買い出しに行ってる時間はないし……」


 私が頭を抱えていると、それまで黙って聞いていたアルフォンスが、おもむろに立ち上がった。

 彼は懐から、革張りの重厚なケースを取り出し、テーブルの上に置いた。


「師匠。これを使ってくれ」


「何よ、これ?」


「僕の……誠意だ」


 彼がケースを開けると、中から目が眩むほどの光が溢れ出した。

 そこには、子供の頭ほどもある巨大なダイヤモンドのような魔石が鎮座していた。

 その輝きは、今まで見たどんな宝石よりも純粋で、力強い。


「こ、これ……まさか、『星の涙』?」


 私が息を呑むと、アルフォンスは寂しげに、しかし誇らしげに微笑んだ。


「ああ。ゴールドバーグ家に代々伝わる家宝だ。

 市場価格にして、およそ1800万ゴールド。

 僕の年収と同じ価値がある」


「1800万……!?

 そんなもの、どうして持ってるのよ!?」


「非常用さ。

 もし僕が路頭に迷った時、これがあれば再起できると思ってね。

 ……でも、今がその『非常時』だろう?」


 彼は魔石を私の手元に押しやった。


「使ってくれ。

 君の夢のためなら、こんな石ころ安いものさ」


 その言葉に、私は言葉を失った。

 彼は本気だ。

 自分の全財産とも言える家宝を、惜しげもなく差し出している。

 かつてのキザでナルシストな彼はどこへやら。

 今の彼は、誰よりも男らしく見えた。


「……本当にいいの?

 これを使ったら、もう二度と戻らないわよ?」


「構わない。

 僕が本当に守りたいのは、家宝じゃない。

 君が作る『未来』なんだ」


 アルフォンスの瞳には、一点の迷いもなかった。

 私は震える手で魔石を受け取り、深く頭を下げた。


「……ありがとう。

 この恩、一生忘れないわ」


「礼には及ばないよ。

 さあ、やってくれ!

 最高の輝きを、世界に見せつけてやろう!」


 私は魔石を魔導炉にセットした。

 炉が唸りを上げ、魔石を飲み込んでいく。

 瞬間、馬車全体が光に包まれ、全ての計器が振り切れた。


『エネルギー充填完了。

 出力300%。

 システムオールグリーン』


「すごい……!

 これなら、王都中の電気を賄えるくらいよ!」


 ケイナが歓声を上げる。

 照明も音響も、これなら問題ない。

 いや、予定以上の演出ができるはずだわ。


「ディーノ、照明の出力を上げて!

 今夜は王都で一番明るい夜にしてやるわよ!」


「へいよ! 目が眩むほどのショータイムだ!」


 スタッフたちの士気が一気に高まる。

 アルフォンスのおかげで、最大の危機は去った。

 それどころか、私たちは最強の武器を手に入れたのだ。


「……ねえ、アルフォンス。

 貴方、本当にいい男になったわね」


 私がそう言うと、彼は顔を赤くしてそっぽを向いた。


「よ、よせやい。

 僕はただ、美学に従っただけさ」


 その横顔を見て、私は確信した。

 この男となら、どこまででも行ける。

 どんな困難も、笑い飛ばして乗り越えられると。


 さあ、準備は整った。

 エネルギーは満タン、役者も揃った。


 あとは、開演のベルを待つだけだわ。


+++++++


 魔導炉に放り込まれた『星の涙』は、期待以上の出力を叩き出していた。

 馬車の中は魔力で満たされ、空気までもがビリビリと震えている。

 これだけのエネルギーがあれば、単なる照明や音響だけでなく、もっと高度な魔法も使えるはずだわ。


「ケース、回線を開いて!

 会場の仕掛けをアップデートするわよ!」


「はいっ! いつでもどうぞ!」


 私は端末を操作し、会場に設置した魔導具へ魔力を送り込んだ。

 まずは照明。

 単に明るく照らすだけでなく、『幻惑魔法』のレイヤーを追加する。

 これにより、スポットライトを浴びた対象を、見る者の深層心理に合わせて美しく、あるいは醜く見せることができる。

 アイリスには「絶世の美女(と本人は思っているが実際はピエロ)」の幻影を、公爵には「威厳ある王(裸の王様)」の幻影を被せるのよ。


「次は音響。

 マイクに『魔力共鳴』の機能を付与。

 私の歌声に合わせて、会場内の空気振動を操り、特定の周波数でアイリスのドレスを解体する……完璧ね」


 私はキーボードを叩きながら、ニヤリと笑った。

 これで舞台装置は最強になった。

 あとは、演者が最高のパフォーマンスを見せるだけ。


「……すごいな。

 僕の魔石が、こんな風に使われるなんて」


 アルフォンスがモニターを見つめ、感慨深げに呟く。

 彼の目には、家宝を失った悲しみよりも、自分の決断が正しかったという確信の光が宿っていた。


「後悔してない?」


「まさか。

 宝石は飾っておくだけじゃ意味がない。

 こうして誰かの役に立ってこそ、輝くんだ」


 彼は笑って、自分の胸を叩いた。

 その仕草は、以前のキザな貴族ではなく、一人の頼れる男のものだった。


「師匠。僕にも何か手伝わせてくれ。

 ただ御者台で待ってるだけじゃ、退屈で死にそうだ」


「あら、やる気ね。

 でも、貴方の顔は割れてるわよ?

 会場に入ったら、アイリスに見つかって騒ぎになるんじゃない?」


「ふふん、甘いな。

 僕にはこれがある!」


 彼は懐から、一枚のマスクを取り出した。

 それは、私が以前作った『変装用マスク(道化師バージョン)』だ。

 顔半分を隠し、声色を変える魔法がかかっている。


「これを着ければ、誰も僕がアルフォンス・フォン・ゴールドバーグだとは気づかない。

 僕は今夜、謎の道化師として会場に潜入し、客たちを扇動してやるよ!」


「……ぷっ。

 似合いそうね、それ」


 私は吹き出した。

 道化師の仮面を被った大貴族。

 なんてシュールな絵面かしら。

 でも、彼の演技力と度胸があれば、最高のサクラになってくれるはずだわ。


「いいわ、採用よ。

 貴方の任務は『会場の空気を支配すること』。

 アイリスがおかしな自慢話を始めたら大げさに褒め称え、公爵が失言したら一番に野次を飛ばす。

 客たちの感情をコントロールして、クライマックスの『ざまぁ』を盛り上げてちょうだい」


「任せてくれ!

 僕の美学で、会場をカオスに染めてみせるよ!」


 アルフォンスはマスクを着け、ポーズを決めた。

 その姿は滑稽だけれど、どこか頼もしい。

 彼もまた、私の大切な「共犯者」なのだ。


「よし、全員配置について!

 日没まであと少し。

 最後の休息をとったら、出撃よ!」


「「「アイアイサー!」」」


 スタッフたちの声が重なる。

 フロンティア号の中は、決戦前の静かな熱気に包まれていた。


 私は窓の外、傾き始めた太陽を見つめた。

 あの太陽が沈めば、長い夜が始まる。

 フロンティア家、最後の晩餐会。


 その幕開けは、もうすぐそこまで来ていた。


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