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第83話 パッキングの極意は「思い出の圧縮」


 フロンティア家本館跡地の裏手、森の中に隠された私たちの「離れ」。

 かつては朽ち果てた物置小屋だった場所も、今や最新鋭の設備を備えた秘密基地だ。

 しかし、ここでの生活も今日で終わり。

 私たちは夜明けまでに全ての荷物を運び出し、ここを空っぽにしなければならない。


「ショウちゃん、影の収納庫、まだ空きはある?」


『十分だ。吾輩の胃袋は底なしだぞ』


「ディーノ、重いものは全部任せたわよ!」


「へいへい。ったく、引っ越し屋じゃねえんだぞ」


 仲間たちが手際よく動き回る中、私は部屋の中央に立ち、魔法糸を操っていた。

 目の前には、私が愛用していた大きな姿見や、ケイナが大切にしていたティーセットが並んでいる。

 これらをそのまま運ぶのは骨が折れる。

 だからこそ、私の魔法の出番だわ。


「圧縮パッキング、『コンプレッション・キューブ』!」


 私が指を鳴らすと、家具たちが光に包まれ、きゅっと音を立てて収縮した。

 一瞬の出来事だ。

 巨大な鏡も、繊細な陶器も、全てが手のひらサイズの立方体へと姿を変えていく。

 表面には中身を示すアイコンが浮かび上がっていて、魔力を流せばいつでも元のサイズに戻せる仕組みだ。


「すごい……! 魔法って、こんなことまでできるんですね」


 ケイナが目を丸くして見ている。

 彼女の手には、小さくなった自分のベッドが入ったキューブが握られていた。


「ええ。便利でしょ?

 これなら、どんなに荷物が多くてもポケットに入れて持ち運べるわ」


 私は次々と家具を圧縮し、専用のトランクに詰めていった。

 部屋がどんどん広くなり、そして寂しくなっていく。

 壁に残った日焼けの跡や、床の傷。

 それらが露わになるたびに、ここで過ごした日々が走馬灯のように蘇ってくる。


 毒を盛られて死にかけた日。

 初めて魔法糸で服を作った日。

 ディーノと再会し、仲間が増えていった日。

 苦しかったけれど、楽しかった。

 ここは、私の第二の人生が始まった場所だ。


「……お嬢様。

 私、なんだか寂しいです。

 このお部屋、大好きでしたから」


 ケイナが涙ぐむ。

 彼女にとって、ここは地獄のようなフロンティア家の中で、唯一の安らぎの場所だったはずだ。

 それを捨てるのは、身を切られるように辛いだろう。


「泣かないで、ケイナ。

 家はなくなるわけじゃないわ。

 形を変えて、一緒に連れて行くの」


 私は彼女の涙を拭い、一つのキューブを渡した。

 それは、この部屋の「空気」そのものを圧縮したものだ。

 窓から差し込む陽の光、風の匂い、そして私たちが笑い合った声。

 それら全てを、魔力の残響として閉じ込めてある。


「思い出は消えないわ。

 寂しくなったら、これを開けてごらん。

 いつでも、あの頃の空気に戻れるから」


「お嬢様……!

 はい、大切にします! 一生の宝物にします!」


 ケイナがキューブを胸に抱きしめる。

 その顔に、ようやく笑顔が戻った。


「さあ、急ぎましょう。

 感傷に浸っている暇はないわよ」


 私は手を叩き、作業のピッチを上げた。

 全ての荷物が運び出され、離れは完全な空き家となった。

 ガランとした空間に、私の足音だけが響く。


「……さようなら、私の鳥籠。

 今まで守ってくれて、ありがとう」


 私は壁に手を触れ、感謝の魔力を流し込んだ。

 家が微かに震え、答えてくれたような気がした。


 外に出ると、仲間たちが待っていた。

 荷物は全て『フロンティア号』に積み込まれ、準備は完了している。

 あとは、パーティー会場へ向かうだけだ。


「行くわよ、みんな。

 ここからが本番よ!」


 私は振り返ることなく、馬車へと歩き出した。

 背後で、離れの扉が静かに閉まる。

 その音は、過去への決別の合図だった。


 夜明けまで、あと数時間。


 私たちの長くて短い王都生活が、今、幕を閉じようとしていた。


++++++++


 夜明け前の薄暗がりの中、フロンティア号のエンジンが低い唸りを上げていた。

 私は御者台に座り、手綱を握りしめるアルフォンスに声をかけた。


「準備はいいわね、パシリ一号。

 ここを出たら、もう後戻りはできないわよ」


「もちろんだとも、師匠!

 僕の覚悟は、この朝日よりも熱く燃えている!」


 アルフォンスが胸を張り、鞭を振り上げる。

 馬車が動き出そうとした、その時だった。


「あっ!? 待って! ストップ!」


 突然、彼が叫んで手綱を引いた。

 馬がいななき、馬車がガクリと揺れて止まる。

 車内から「うわっ!」というディーノの悲鳴が聞こえた。


「何よ、急に。敵襲?」


 私が身構えると、アルフォンスは顔面蒼白で頭を抱えていた。


「わ、忘れた……!

 一番大事なものを、忘れてしまった!」


「はぁ? 何よ、一番大事なものって。

 金庫? 権利書?」


「違う! 僕の『魂』だ!」


 彼は叫ぶと、馬車から飛び降り、工房の跡地へと全速力で駆け戻っていった。

 私たちは呆然と見送るしかない。

 数分後、彼は息を切らせて戻ってきた。

 その手には、一着のハンガーにかけられた服が握りしめられていた。


「……これかよ」


 ディーノが呆れたように吐き捨てる。

 それは、私が彼に初めて仕立てた『スターダスト・タキシード』だった。

 泥まみれになりながら素材を集め、私のリフォームで生まれ変わった、彼にとっての原点の一着。


「これがないと、僕は僕でいられないんだ!

 たとえ世界中を敵に回しても、このタキシードだけは手放せない!」


 アルフォンスが服を頬ずりし、涙ながらに訴える。

 その姿は滑稽だけれど、不思議と憎めない。

 彼は本気で、この服を愛しているのだ。


「……はいはい、分かったわよ。

 大事にしなさい。それは、貴方が変われた証拠なんだから」


 私はため息をつき、彼を馬車に押し込んだ。

 やれやれ、手のかかるパトロンだわ。

 でも、そういう純粋なところが、彼の魅力なのかもしれない。


「さあ、気を取り直して出発よ!

 今度こそ、本当のお別れだわ!」


 私が号令をかけると、アルフォンスは涙を拭い、再び手綱を握った。


「行くぞ、フロンティア号!

 僕たちの未来へ、全速前進だ!」


 鞭が風を切り、馬車が走り出す。

 車輪が石畳を蹴り、乾いた音を響かせる。

 私たちは王都の工房を離れ、パーティー会場の裏手へと向かった。


 東の空から朝日が昇り、世界を黄金色に染め上げていく。

 その光を受けて、フロンティア号は輝きを増しながら疾走する。


「見て、お嬢様! 朝日です!」


 窓から顔を出したケイナが歓声を上げる。

 私も並んで外を見た。

 広がる平原、遠くに見える山々。

 これから私たちが進む道だ。


「綺麗ね……」


 私は呟いた。

 王都での窮屈な生活とは違う、どこまでも自由な世界。

 不安がないわけじゃない。

 公爵の追手、イマクサの荒廃、そして未知の脅威。

 困難は山積みだわ。


 でも、私には仲間がいる。

 技術がある。

 そして何より、絶対に諦めない『芸人魂』がある。


「行きましょう。

 私たちの舞台は、これからが本番よ!」


 私は仲間たちを見渡し、力強く宣言した。

 彼らもまた、笑顔で頷き返してくれる。


 馬車は会場の裏手に到着し、森の中に隠された。

 ここが、今夜の私たちのベースキャンプになる。


「ディーノ、照明のセッティングは?」

「完璧だぜ」


「ケイナ、音響は?」

「バッチリです!」


 スタッフたちがそれぞれの持ち場へと散っていく。

 私もまた、深紅のドレスに着替え、最後の準備を整えた。


 アイリス、公爵、そして全ての観客たちへ。

 最高のショーを見せてあげるわ。


 物語は、クライマックスへと加速していく。


 私の針仕事は、まだ終わらない!





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