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第80話 【開演前】プロデューサー、舞台袖で笑う

 決戦の日、夕暮れ時。


 王都の『フロンティア・テキスタイル』本店前には、閉店を惜しむ客たちの人だかりができていた。


 私は最後の商品を手渡し、深々と頭を下げる。


「皆様、長い間ご愛顧いただきありがとうございました。

 当店は本日を持ちまして、一時休業とさせていただきます」


「えーっ! そんな!」

「いつ再開するの? 待ってるわよ!」


 客たちの悲鳴に近い声援が飛び交う。

 ありがたいことね。

 でも、私にはやらなきゃいけないことがある。

 この店を閉めるのは、次のステップに進むための必要な儀式なのだ。


「必ず戻ってきます。

 その時は、もっと素敵なお洋服をお届けしますわ」


 私は笑顔で手を振り、シャッターを下ろした。

 ガシャン、という金属音が、王都での生活に区切りをつける。


 店内に戻ると、そこは既に「戦場」の様相を呈していた。

 商品は全てパッキングされ、工房の機材も分解されて木箱に収められている。

 残っているのは、私たちが今夜のパーティーに着ていく衣装だけだ。


「お嬢様、準備完了です!

 馬車への積み込みも終わりました!」


 ケイナが埃まみれの顔で報告してくる。

 彼女もまた、この店に愛着を持っていたはずだ。

 けれど、今は寂しさよりも、これから始まる冒険への期待で瞳を輝かせている。


「ご苦労様。

 さあ、いよいよ本番よ。

 みんな、衣装に着替えて!」


 私の号令で、スタッフたちが動き出す。

 ケイナは給仕の制服に、ディーノは黒服に、そしてショウちゃんは……リボンをつけたマスコットのフリに変装する。

 そして私は、深紅の『戦闘用カクテルドレス』に袖を通した。


 鏡に映る自分を見つめる。

 そこには、かつての売れない芸人の面影はない。

 一人のプロデューサーとして、自分の人生を演出しようとする、強い意志を持った女性が立っていた。


「……行くわよ。

 最高のショータイムを始めましょう」


 私たちは裏口から出て、待機していた馬車に乗り込んだ。

 向かう先は、フロンティア家の跡地。

 そこには今夜、私が仕掛けた最大の舞台装置が待ち構えている。


 馬車が揺れる中、私は魔導端末を取り出し、会場の監視カメラ映像をチェックした。

 画面には、煌びやかにライトアップされた巨大な天幕が映し出されている。

 入り口にはレッドカーペットが敷かれ、着飾った貴族たちが続々と到着しているのが見える。


「あらあら、盛況ね。

 みんな、没落貴族の悪あがきが見たくてたまらないのね」


 客たちの中には、純粋に招待された者だけでなく、私が裏で情報を流した新聞記者や、借金の取り立てに来た商人たちも混じっている。

 彼らは皆、今夜何かが起こることを予感し、ギラギラした目で会場を見回しているわ。


「アイリスお義母様は?」


 私がカメラを切り替えると、控室で鏡に向かっているアイリスの姿が映った。

 彼女は私が贈った『感謝のドレス』を纏い、うっとりと自分の姿に見惚れている。

 その首元には、私がすり替えた偽物のダイヤが輝いていた。


「オホホホ! 完璧よ!

 私が一番美しいわ! 公爵様もイチコロね!」


 彼女は高笑いを上げ、香水を振りまいている。

 その滑稽な姿に、私は思わず吹き出しそうになった。


「幸せな人。

 自分が断頭台に向かっているとも知らずに」


 その時、画面の端に、不安そうな顔をした父、リックザクの姿が映り込んだ。

 彼はタキシードの襟を気にしながら、落ち着きなく部屋の中を歩き回っている。


「……おい、アイリス。本当に大丈夫なのか?

 ストレイの奴、何か企んでるんじゃないか?」


「うるさいわね! あの子は観念したのよ!

 契約書にもサインしたし、ドレスまで作ってくれたじゃない!

 貴方は黙って笑っていればいいの!」


 アイリスが一喝する。

 父は肩をすくめ、小さくため息をついた。

 彼の中にも、まだ微かな理性と、娘への罪悪感が残っているのかもしれない。

 でも、もう遅い。

 賽は投げられたのだから。


 やがて、会場の外からファンファーレが鳴り響いた。

 主賓であるバルバロス公爵の到着だ。

 黒塗りの馬車列が列をなし、威圧感たっぷりに乗り込んでくる。


「来たわね、ラスボス」


 私は端末を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 ここから先は、一瞬のミスも許されない。

 タイミング、演出、そして演技力。

 全てを完璧に噛み合わせなければ、逆転劇は成立しないわ。


「ディーノ、照明の準備は?」


「OKだ。いつでもアイリスをスポットライトで焼き殺せるぜ」


「ケイナ、音響は?」


「バッチリです! お嬢様の合図で、最高のBGMを流します!」


「ショウちゃん、警備は?」


『フン、ネズミ一匹通さんよ』


 頼もしい仲間たち。

 彼らがいれば、どんなトラブルも乗り越えられる。


 馬車が会場の裏手に到着した。

 私はドレスの裾を翻し、地面に降り立つ。

 夜風が肌を撫で、戦いの予感を運んでくる。


「さあ、位置について。

 開演のベルが鳴るまで、あと少しよ」


 私は舞台袖となるテントの隙間から、会場の様子を覗き見た。

 そこでは、アイリスが公爵を出迎え、媚びへつらっている最中だった。


「ようこそ、公爵様!

 お待ちしておりましたわ!」


 アイリスが最敬礼をする。

 公爵は傲慢に頷き、彼女を見下ろした。


「ふん。悪くない出迎えだ。

 で、肝心の『商品』はどこだ?」


 公爵が私を探してキョロキョロしている。

 焦らなくてもいいわよ、おじ様。

 すぐに、貴方の目の前に現れてあげるから。

 ……悪夢としてね。


 私は懐から、一本のマイクを取り出した。

 これは、私の声を会場中に届けるための魔法具であり、同時にドレスの『解体スイッチ』を作動させるためのキーでもある。


 準備は整った。

 あとは、私が一歩踏み出すだけ。


 フロンティア家、最後の晩餐会。

 その幕開けを、私が高らかに宣言してあげるわ。


「……イッツ、ショータイム!」


 私は不敵に笑い、マイクのスイッチを入れた。


++++++++


 夕闇が完全に夜の帳へと変わる頃、フロンティア家跡地に設営されたパーティー会場は、不釣り合いなほど煌びやかな灯りに包まれていた。

 アイリスがなけなしの金(私が掴ませた偽金)をはたいて雇った楽団が、陽気な音楽を奏でている。

 招かれた客たちは、公爵の顔色を伺うために集まった近隣の小貴族や、アイリスに借金の取り立てに来たつもりが宴会に巻き込まれた商人たちだ。彼らの表情は一様に困惑と好奇心に満ちている。


 その中心で、アイリスは私が贈った純白のドレスを纏い、女主人気取りで振る舞っていた。

 厚塗りのファンデーションの下にある焦燥を、必死の笑顔で隠しながら。


「オホホホ! 皆様、ようこそおいでくださいました!

 今宵は、我が家の再興と、公爵様との新しい絆を祝う宴ですのよ!」


 彼女が高らかに笑う。

 その横には、借りてきた猫のように小さくなっている父、リックザクの姿があった。

 彼もまた、私が用意したタキシードを着せられているが、そのサイズは微妙に合っておらず、動くたびに窮屈そうに顔をしかめている。


 私は舞台裏のテントで、モニター越しにその様子を眺めていた。

 手元にはマイクと、会場の仕掛けを操作するスイッチが並んでいる。


「……滑稽ね。まるで裸の王様だわ」


 私は冷ややかに呟いた。

 アイリスが身につけている宝石も、会場を飾る調度品も、全て私が手配した『時間制限付きのレンタル品』か『偽物』だ。

 時間が経てば魔法が解け、ただのガラクタに戻る。

 その時、彼女は自分が何の上に立っていたのかを知るだろう。


「アルフォンス、ケース。聞こえる?」


 私はインカムで潜入班に呼びかけた。


『こちらアルフォンス! 感度良好だよ、師匠!

 今は客席の中央で、アイリス夫人のドレスを褒めちぎっているところさ!』


『こちらケースです。僕は魔導師たちに混じって、会場の魔力密度を測定するフリをしています。

 ……すごいですよ、この会場。魔力が飽和状態です。

 アイリス夫人の興奮が、ドレスの魔力増幅機能と共鳴しているみたいです』


「ナイスよ。そのまま場の空気を温めておいて。

 主役が来るまで、客を退屈させないようにね」


 私は指示を出し、別のモニターに視線を移した。

 会場の入り口付近を映すカメラだ。

 そこには、遠くから近づいてくる長い行列の灯りが見えた。


「……来たわね」


 バルバロス公爵の馬車列だ。

 黒塗りの馬車が十数台、威圧感たっぷりに乗り込んでくる。

 護衛の私兵団も完全武装しており、まるで戦場に向かう行軍のようだ。


「ケイナ、BGMの準備は?」


「はい! 公爵様の入場に合わせて、荘厳なファンファーレを流します!

 ……ちょっとだけ音程を外して、間の抜けた感じにしておきましょうか?」


「ふふっ、いい性格してるわね。採用よ」


 馬車列が会場の入り口に到着した。

 アイリスが駆け寄り、最敬礼で出迎える。

 馬車の扉が開き、バルバロス公爵が降り立った。

 彼は黒い軍服に身を包み、傲慢な態度で周囲を見回している。


「ようこそ、公爵様! お待ちしておりましたわ!」


 アイリスが媚びへつらう。

 公爵は鼻を鳴らし、汚いものを見るような目で彼女を一瞥した。


「……ふん。随分と安っぽい宴だな。まあいい、所詮は没落貴族の茶番だ。

 さっさと済ませよう。私の時間は貴重なんだ」


 彼はアイリスを無視し、大股で会場の中へと入っていく。

 アイリスは一瞬顔を歪めたが、すぐに笑顔を貼り付けて後を追った。


 公爵がVIP席に座ると、会場の空気が一変した。

 誰もが彼を恐れ、同時に彼に取り入ろうと必死になっている。

 その醜い欲望の渦が、会場全体を覆い尽くしていく。


「……揃ったわね」


 私はモニターを見つめ、深く息を吸い込んだ。

 アイリス、父、公爵、そして欲深い貴族たち。

 全ての「ターゲット」が、私の用意した処刑台の上に立っている。


 あとは、私が引き金を引くだけ。


「ディーノ、照明スタンバイ。

 ショウちゃん、退路封鎖」


『了解』

『フン、いつでもいいぞ』


 仲間たちの声が返ってくる。

 私はマイクを握りしめ、スイッチに指をかけた。


 心臓が高鳴る。

 緊張? いいえ、これは歓喜だわ。

 長かった準備期間、耐え忍んだ日々。

 それら全てが、この瞬間のためにあったのだから。


「さあ、始めましょうか。

 フロンティア家、最後の晩餐会。

 そして、私の新しい人生の、記念すべきオープニングアクト!」


 私は不敵に笑い、スイッチを押した。


 ブーッ!


 会場に、開演を告げるブザーが鳴り響く。

 同時に、全ての照明が落ち、会場は一瞬の闇に包まれた。


 ざわめきが広がる中、一本のスポットライトがステージを照らし出す。

 そこにはまだ、誰もいない。

 しかし、誰もが予感していた。

 何かが始まる。とてつもない何かが。


 私はテントを出て、ステージ裏の階段を上り始めた。

 一歩、また一歩。

 足音が、私の鼓動と重なる。


 さあ、出番よストレイ。

 最高の笑顔で、みんなを地獄へ案内してあげましょう。


 「こんばんは、皆様。

 お待たせしましたわ」


 私は心の中で呟き、光の中へと飛び出した。


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