第8話 指先ひとつでリフォーム大作戦(後編)
離れの内装が王宮の貴賓室顔負けのクオリティに仕上がったところで、私のクリエイター魂はさらなる高みを目指して燃え上がっていた。
セットが完璧なら、次に必要なのは主役を引き立てる最高の衣装だわ。
今の私が着ているのは、毒で寝込んでいた時の薄汚れた寝巻き。
これじゃ、せっかくの銀髪美少女の器が泣いているし、何よりこれから始まる逆転劇の衣装合わせとしては、あまりにも華がない。
「ケイナ、納戸のさらに奥、あの開かずの間になっていた物置から、母様が昔使っていたという古いドレスを持ってきて」
「えっ、でもお嬢様、あの部屋にあるのはどれも虫食いがひどくて、布地もボロボロだと聞いておりますが……」
「いいから持ってきなさい。
服の価値は、今の状態じゃなくて、そこに込められた『糸の記憶』で決まるのよ」
困惑しながらも、ケイナが埃まみれになって運んできたのは、確かに一見すればただの布屑だった。
かつては美しい深紅だったであろう生地は色褪せ、至る所に穴が開き、カビの臭いさえ漂っている。
本館のアイリスが見れば、真っ先に暖炉の薪にでも放り込むような代物だわ。
けれど、ストレイの実母の記憶と、私の服飾専門的な審美眼が合わさった今、このボロ布の奥に眠る『極上のテクスチャ』がはっきりと見えていた。
(……これ、ただのシルクじゃないわね。
魔力を吸い込んで自己修復する、伝説級の『魔糸』が混ざってるわ。
なのに、メンテナンス不足で修復させる回路自体が壊れているようね。)
私は母の遺した銀の針を手に取り、指貫をはめた中指で布地に触れた。
魔導を発動させて世界の概念を捉えて、形作られる構造へとイメージするのは、汚れた過去の洗濯と、未来への再構築。
私はまず、指先から浸透性の高い魔力を放ち、生地に染み付いた数十年の汚れとカビを分子レベルで分解して弾き飛ばした。
洗浄が終わるごとに、死んでいたはずの深紅の色調が、まるで夜明けの太陽のように鮮やかに蘇っていく。
「……すごいです、お嬢様。
撫でるだけで、布が新品みたいに……いえ、新品よりも綺麗に輝いています」
「ふふ、驚くのはこれからよ。
次は、このボロ布を私の身体に最適化させるわ」
私は銀の針を指揮棒のように操り、魔導から紡がれる空中に浮遊させた魔力糸でドレスの型紙を直接描き出した。
服飾専門学校時代、型紙の製作で居眠りして講師に定規で叩かれた私だけど、今の私は脳内に完璧な三次元CADが搭載されているようなものだわ。
私の細い身体のラインをミリ単位で計測し、筋肉の動きを妨げないどころか、その動きをサポートする魔法のステッチを見えない裏地に刻み込んでいく。
かつて『ワイワイ放送』で、巣鴨の『端切れ布地』とリサイクルショップの端切れを組み合わせて、誰もが振り返るようなゴスロリ衣装を仕立てたあの時の情熱。
イツメンたちが「民子、お前はもうコスプレ服屋として独立しろ」と、画面越しに全力で草を生やして応援してくれたあの夜。
あの時は百円の投げ銭に支えられていたけれど、今の私を支えているのは、この銀の針に宿る母の愛情と、私自身の不屈の芸人魂だわ。
私は針を休めることなく、魔導を展開し概念を魔素で変更させるようにドレスの裾に特殊な『重力軽減』の刺繍を施していった。
これにより、どれだけ激しく動いてもドレスは乱れず、私の身体能力をさらに引き出すためのパワードスーツとしての機能を持たせる。
ボロ布を伝説の衣装へと昇華させる、にわか令嬢のリフォーム大作戦。
さあ、これでお義母様の前に登場した時、あいつがどんな顔をするか見ものだわ。
++++++++
次々に魔導から概念、そして視覚化され現実に干渉し、魔法糸を銀の針が魔法の軌跡を描き、ボロ布だった深紅の生地が私の指先で新しい生命を宿していく。
ただのドレスじゃない。
これは私の魔力と母の遺した道具が共鳴して生み出される、この世界で唯一無二の『魔導正装』だわ。
私はドレスの袖口に、隠し味として周囲の分子を魔素へと変換し取り込む『魔力増幅』の極小の刺繍を施し、襟元には毒や汚れを寄せ付けない判定付きの『防汚展開』のステッチを完璧に流し込んだ。
「……完成よ。ケイナ、着替えを手伝って」
「はい、お嬢様!
……ああ、なんて、なんて美しいんでしょう」
ケイナが捧げ持つようにして持ってきたドレスに袖を通すと、ボロボロだった私の肌に直接吸い付くような冷涼な感触が走り、次の瞬間には体温に合わせて心地よい温もりに変わった。
鏡の前に立つと、そこには毒を盛られて死にかけていた幽霊のような令嬢はもういなかった。
燃えるような深紅のドレスを纏い、銀髪を夜露のように輝かせた、凛としていて、どこか不敵な笑みを湛えた一人の表現者が立っている。
かつて『ワイワイ放送』で、イツメンたちが投げ銭十円と一緒に「民子さん、いつかボンボローニの歌を武道館でライブしなよ」なんて無責任に言っていたけれど。
今のこの姿なら、武道館どころか王宮の広間だって、私のランウェイにしてしまえそうだわ。
その時、離れの入り口から、静寂を切り裂くような乱暴なノックの音が響いた。
浄化したばかりの私の結界が、外側からの不躾な魔力を感知して微かに振動する。
「お嬢様、奥様がお身体の具合を心配され、抜き打ちで様子を伺うようにと仰せです。開けなさい!」
本館から送り込まれた、アイリスが実家から連れてきたアイリスの手先で、底意地の悪い家政婦の声だ。
彼女はストレイが毒で弱り果て、今にも絶命しそうになっている姿を『確認』しに来たに違いない。
ケイナが怯えて私を見上げるけれど、売れない芸人の開拓民子を取り込んで1つなった私は全く動じること無く優しく彼女の頭を撫でて、不敵に口角を上げた。
「いい、ケイナ。
これが私たちの、二度目の人生の『初舞台』よ。
観客は最悪だけど、パフォーマンスは最高のものを見せてあげましょう」
私は銀の針を一本、ドレスの隠しポケットに滑り込ませ、魔導を展開させたまま堂々とした足取りで扉へと向かった。
縫い上げたドレスの身体強化の刺繍が、私の動きをどこまでも優雅に、そして鋭くサポートしてくれる。
私は指先一つで、空間を固定していた魔力のロックを解いた。
扉が大きく開かれた瞬間、冷たい夜風と共に家政婦が踏み込んできた。
けれど彼女は、予想できる愚かな言葉を発するよりも先に、その場に凍りついたように立ち尽くした。
カビ臭く、死臭が漂っているはずの離れが、王宮の如き輝きを放っている。
そして何より、虫の息のはずの令嬢が、見たこともない豪華なドレスに身を包み、見下ろすような視線で自分を射抜いているのだから。
「……あら、そんなに驚いて。
私の体調が良くなったのが、そんなに不都合なのかしら?
私は、子爵家の令嬢はずだけど、あなたの態度のほうが不都合じゃないの?」
私は鈴の鳴るような声で、けれど底冷えするような皮肉を込めて言い放った。
四十二年間、客席の冷やかしを笑いに変えてきた女芸人のバイタリティが、今、異世界の悪意を真っ向から踏み潰す。
「ひっ、ひぃぃぃ……!」
悪意や嘲笑なんて売れに芸人取っては空気を吸うような日常よ?
もう一度、冷たい目で睨みつけると、
家政婦は再び腰を抜かし、何も発せずに這いずるようにして逃げ出した。
その無様な背中を見送りながら、私は小さく鼻を鳴らした。
リフォーム大作戦の完遂。
そして、フロンティア家を揺るがす逆転劇の第一幕が、今ここに上がったのよ。




