第79話 本館の空洞化、着々と進むパッキング
決戦の日、正午。
王都の『フロンティア・テキスタイル』本店では、最後の営業が行われていた。
表向きは「通常営業」だが、店内では商品が次々と売り切れ、棚が空になっていく。
それはまるで、祭りの終わりのような、静かで熱い空気を孕んでいた。
「いらっしゃいませ! 本日で王都店は『一時休業』となります!
在庫一掃セール、全品半額ですよ!」
フラッペが元気よく声を張り上げる。
彼の横では、ポチMk-IIが「ワンワン!(カイニキテ!)」と愛嬌を振りまいている。
客たちは名残惜しそうにしながらも、最後にストレイの商品を手に入れようと殺到していた。
「本当に行っちゃうの? 寂しくなるわねえ」
「イマクサでも頑張ってね! 応援してるわ!」
常連客たちが声をかけてくれる。
私はレジ打ちをしながら、一人一人に笑顔で応えた。
「ええ、少しの間だけよ。
向こうでもっと面白いものを作って、必ず戻ってくるわ」
嘘ではない。
イマクサを開拓し、力をつけて、いつかまた王都に凱旋する。
その時は、ただの服屋じゃなくて、一大勢力としてね。
一方、工房の裏手では、壮大な「引っ越し作業」が行われていた。
主役は、アルフォンスが提供した大型馬車をベースに、私が魔改造を施した『黄金の馬車』だ。
外見は質素な幌馬車に見えるが、その内部は空間拡張魔法によってホテルのスイートルーム並みに広がっている。
「すごい……! こんなに広いのに、外からは普通の馬車に見えるなんて!」
ケースが馬車の中に入り、はしゃいでいる。
彼は自分の研究資料である大量の魔導書を運び込み、早速「移動研究室」の設営を始めていた。
「ケース君、本棚の固定はしっかり頼むわよ。
揺れて崩れたら大惨事だからね」
「ラジャーです社長!
『重力制御』の術式で、床にガッチリ固定しました!」
スノッツティも負けじと、細工道具や工具箱を運び込んでいる。
彼らはもう、完全に私の「旅の仲間」として覚悟を決めたようだ。
「……ねえ、本当にいいの?
王都での地位も、名誉も捨てて、私についてくるなんて」
私が尋ねると、アルフォンスが御者台から顔を出した。
彼はなぜか、御者の帽子を被り、鞭を手にしている。
「何を言ってるんだい、師匠。
僕の投資は『君の才能』に対して行われたものだ。
君が行く場所こそが、世界の中心になる。
それを見届けるのが、パトロンの義務さ!」
キザなセリフだけど、不思議と嫌味はない。
彼もまた、この旅に自分の生きがいを見出しているのかもしれないわね。
「……分かったわ。じゃあ、こき使わせてもらうわよ」
私は笑って、馬車に荷物を積み込んだ。
店の商品、工房の機材、そして生活用品。
全てを魔法糸で圧縮し、ポケットに入るサイズにして運ぶ。
これぞ、魔法使いの引っ越し術だわ。
夕方になり、店の商品が全て売り切れた頃。
私たちは店のシャッターを下ろし、鍵をかけた。
看板を下ろし、『改装中』の札をかける。
「……終わったわね」
ケイナがぽつりと呟く。
彼女の目には涙が浮かんでいた。
ここで過ごした日々は、彼女にとってもかけがえのない宝物だったはずだ。
「泣かないで。これは終わりじゃなくて、始まりよ。
イマクサには、もっと広い空と、たくさんの仕事が待ってるわ」
「はい! お嬢様と一緒なら、どこへでも行きます!」
ケイナが涙を拭い、笑顔を見せる。
その顔を見て、私も胸が熱くなった。
「さあ、出発の準備は整ったわ。
あとは……『忘れ物』を回収しに行くだけね」
私は本館跡地の方角を見据えた。
そこでは今頃、アイリスがパーティーの準備に追われているはずだ。
彼女が夢中になっている隙に、最後の仕上げを行う。
「ディーノ、ショウちゃん。行くわよ。
本館に残された『母様の遺産』。
一つ残らず、頂くわ」
「へいよ。泥棒家業はお手の物だぜ」
『フン、吾輩の影を使えば造作もない』
私たちは馬車に乗り込み、本館跡地へと向かった。
日が沈み、王都の街に明かりが灯り始める。
それは、古い時代の終わりを告げる、最後の灯火のようだった。
馬車の中で、私は母の形見のロケットペンダントを握りしめた。
(母様。見ていてね。
貴女が守りたかったもの、私が必ず取り戻してみせるから)
私の決意に応えるように、ペンダントが微かに温かくなった気がした。
フロンティア家、最後の夜。
その幕開けは、静かに、しかし確実に近づいていた。
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夕闇に包まれたフロンティア家本館跡地。
その裏門に、一台の馬車が音もなく滑り込んだ。
私たちの『黄金の馬車』だ。
表の会場からは、楽団の演奏と、着飾ったアイリスの高笑いが聞こえてくる。
「オホホホ! ようこそ、私のパーティーへ!
今日は存分に楽しんでいってちょうだいね!」
彼女は私が贈ったドレスを纏い、首元には大粒のダイヤ(時間制限付きの偽物)を輝かせている。
その姿は滑稽なほど煌びやかで、そして哀れだった。
彼女が守ろうとした財産も、権威も、今まさに私の手によって消え去ろうとしているのに。
「……さあ、始めましょうか。
アイリスお義母様が夢中になっている間に、本館の大掃除を済ませてしまうわよ」
私は馬車を降り、ショウちゃんに合図を送った。
彼は影の中に溶け込み、瓦礫の隙間を通って地下金庫へと侵入していく。
私は魔導端末を取り出し、彼の視覚とリンクした。
画面に映し出されたのは、地下深くに隠された堅牢な金庫室。
そこには、アイリスが長年かけて私物化してきた宝石や、違法な魔導具、そして実母が遺した大切な品々が山積みにされていた。
「やっぱり、ここにあったわね。
火事の時も、自分の宝石だけは必死で守っていたもの」
私は呆れつつも、回収作業を開始した。
端末を操作し、転送魔法の座標を指定する。
ショウちゃんが影を広げ、部屋中の財宝を次々と飲み込んでいく。
金貨の袋、銀の燭台、高価な絵画。
それらは全て、フロンティア家の領民から搾り取った血税の結晶だ。
私が回収し、イマクサの復興資金として還元してあげるのが筋というものよね。
「お嬢様、あれを!」
画面の端に映ったものを見て、ケイナが声を上げた。
部屋の隅に、埃を被った小さな木箱が置かれている。
飾り気のない、シンプルな造りの箱。
しかし、私にはそれが何なのか、すぐに分かった。
「……母様の裁縫箱」
私が幼い頃、母と一緒に針を持った思い出の品。
中には、母が愛用していた銀の針や、色とりどりの刺繍糸が入っているはずだ。
アイリスにとってはガラクタでも、私にとっては世界で一番の宝物。
「見つけたわ。やっと、取り戻せる」
私は震える指で転送ボタンを押した。
シュンッ!
光と共に、木箱が馬車の中に転送されてくる。
私はそれを抱きしめ、懐かしい木の香りを吸い込んだ。
「おかえりなさい、母様」
胸の奥が熱くなる。
これで、私の心残りはなくなった。
フロンティア家に残すべきものは、もう何もない。
「回収完了。撤収よ、ショウちゃん」
『承知した。ついでに、金庫の扉に「爆破魔法」の罠を仕掛けておいたぞ。
誰かが開けようとしたら、ドカンだ』
「あら、気が利くわね。ナイスよ」
ショウちゃんが影から戻ってくる。
彼の口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。
一方、会場では。
アイリスが客たちに囲まれ、得意げに自慢話をしていた。
「見て、このダイヤ! 公爵様からの贈り物なのよ!
この輝き、本物だけが持つ気品でしょう?」
彼女が首元の宝石を見せびらかす。
客たちは「お見事ですな」「さすが奥様」とお世辞を言うが、その目は冷ややかだ。
彼らは知っているのだ。
フロンティア家が破産寸前であり、このパーティーが最後の悪あがきであることを。
「……哀れな人。
その宝石も、あと数分でただのガラス玉に戻るのに」
私は馬車の窓からその光景を一瞥し、カーテンを閉めた。
もう、彼女に関わることはない。
私が用意した舞台装置が作動すれば、彼女は自滅する運命にあるのだから。
「さあ、行きましょう。
私の出番まで、もう少し時間があるわ」
私はアルフォンスに合図を送った。
馬車がゆっくりと動き出し、会場の裏手にある待機場所へと移動する。
そこは、私が「主役」として登場するための、特等席だ。
車内で、私は母の裁縫箱を開けた。
中には、使い込まれた針山と、数本の銀の針。
そして、一枚の手紙が入っていた。
『愛しいストレイへ。
貴女がこれを読んでいるということは、私はもういないのでしょうね。
でも、悲しまないで。
貴女には才能があるわ。
いつか、その手で世界を縫い直し、みんなを笑顔にする日が来ると信じているわ』
母の優しい文字。
涙がこぼれそうになるのを堪え、私は手紙を胸に押し当てた。
「……ええ、母様。
私、やるわよ。
貴女が守りたかったイマクサを、私が最高の場所にしてみせる」
決意を新たにし、私は顔を上げた。
鏡の中の自分は、もう泣き虫な少女ではない。
一人の自立した女性として、堂々と立っていた。
「準備はいい? ケイナ、ディーノ」
「はい! いつでもいけます!」
「へっ、派手に暴れてやろうぜ」
仲間たちが頷く。
さあ、ショータイムの始まりよ。
バルバロス公爵が到着するまで、あと少し。
フロンティア家の最後の一夜を、盛大に祝ってあげましょうか。




