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第78話 【罠】最後に贈る「感謝のドレス」


 決戦の日、その朝。


 私は王都の工房で、完成したばかりのドレスを箱に詰めていた。

 純白のシルクに、金糸と銀糸で複雑な幾何学模様が刺繍された、それはそれは美しいドレスだ。


 王族の婚礼衣装にも引けを取らない輝きを放っているけれど、その本質は「服」ではない。

 これは、着る者を社会的に抹殺するための「時限爆弾」だわ。


「……できた。完璧な仕上がりね」


 私は箱にリボンをかけ、満足げに頷いた。

 ケイナが不安そうに覗き込んでくる。


「お嬢様、本当によろしいのですか?

 これを着せれば、アイリス様はもう二度と……」


「ええ、知っているわ。

 だからこそ、私が贈るのよ。

 彼女が望んだ『最高の舞台』にふさわしい、最高の衣装をね」


 私は箱を抱え、フロンティア家の跡地に建てられた仮設小屋へと向かった。

 そこでは、アイリスが鏡の前でポーズを取り、今夜のパーティーを心待ちにしていた。

 彼女の周りには、私が裏で手配したレンタル品の宝石や靴が散乱している。


「ごきげんよう、お義母様。

 約束の品をお持ちしましたわ」


 私が小屋に入ると、アイリスは振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「あら、遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ。

 さあ、見せてみなさい。私の晴れ舞台を飾るドレスを」


 彼女は私の手から箱をひったくり、乱暴に蓋を開けた。

 しかし、中身を見た瞬間、彼女の手が止まった。

 その瞳が、驚愕と歓喜で見開かれる。


「……な、なんて美しいの!

 この光沢、この刺繍……!

 まさか、これほどまでの逸品だとは!」


 アイリスは震える手でドレスを取り出し、体に当てた。

 ドレスは彼女の魔力に反応して微かに発光し、その美しさをさらに際立たせる。

 彼女は陶酔し、鏡の中の自分に見入っていた。


「素晴らしいわ……!

 これなら、公爵様もきっと私を見直してくださるはず!

 私が一番輝くのよ!」


 単純な人。

 美しいものには毒がある。そんな当たり前のことさえ忘れてしまうなんて。

 私は恭しく頭を下げ、淑女の礼をとった。


「お気に召していただけて光栄です。

 このドレスは『感謝のドレス』。

 着る人の内面の美しさを、外見に映し出す魔法がかけられていますの」


「内面の美しさ……?

 ああ、私の高潔な精神にぴったりね!

 よくやったわ、ストレイ。見直したわよ」


 アイリスは上機嫌で笑った。

 彼女は気づいていない。

 「内面を映し出す」というのは、比喩ではないことを。

 このドレスには、着用者の魔力と精神状態に感応して形状を変える、特殊な形状記憶合金ならぬ『形状記憶魔糸』が使われている。

 そして、特定の「キーワード(歌)」を聞くと、その糸が一斉に解け、着用者を全裸にする仕掛けが施されていることを。


「では、着付けをお手伝いさせていただきますわ」


 私はアイリスの背後に回り、ドレスの紐を締めた。

 キュッ、と音がして、ドレスが彼女の体に吸い付く。

 それはまるで、獲物を締め上げる蛇のようだわ。


「……少しきついかしら?」


「いいえ、ちょうどいいわ。

 体が引き締まって、背筋が伸びるようだわ」


 アイリスは満足げに胸を張る。

 ドレスから微弱な魔力が流れ込み、彼女の精神を高揚させているのだ。

 これでもう、彼女はこのドレスを脱ぐことができない。

 物理的にも、精神的にも。


「ありがとうございます。

 パーティーは今夜でしたわね。

 公爵様も、着飾ったお義母様を見れば、きっと感心なさるでしょう」


「当たり前よ! 私が主役なんだから!

 ……あ、貴女は脇役よ? 勘違いしないでね」


「はい、存じております。

 私はただの『商品』ですから」


 私は深々と一礼し、小屋を後にした。

 背後で、アイリスが鏡の前ではしゃいでいる声が聞こえる。


(……精々楽しみなさい、お義母様。

 それが貴女の着る、最後のドレスになるんだから)


 小屋を出ると、そこには不安そうな顔をした父、リックザクが立っていた。

 彼もまた、私が用意したタキシードを着せられているが、そのサイズは微妙に合っておらず、動くたびに窮屈そうに顔をしかめている。


「……ストレイ。本当にこれでいいのか?

 アイリスは喜んでいるが、俺は……俺は……」


「何を迷っているの、お父様。

 これは貴方たちが望んだことでしょう?

 借金を返して、また贅沢な暮らしをする。そのためのパーティーよ」


 私が冷たく突き放すと、父は力なくうなだれた。

 彼の中には、もう私を止める気力も、アイリスを諫める勇気も残っていない。

 ただ流されるだけの、哀れな男。


「……そうだな。俺たちは、もう後戻りできないんだな」


「ええ。だから、最後まで演じきってちょうだい。

 フロンティア家の当主として、堂々とね」


 私は彼の襟元を直し、背中を叩いた。

 これが、父への最後の手向けだ。


「さあ、私は準備がありますので。

 会場でお会いしましょう」


 私は父を残し、闇の中へと歩き出した。

 向かう先は、本館の廃墟に残された「宝物庫」。

 アイリスがパーティーに夢中になっている今こそ、絶好のチャンスだわ。


 (待ってなさい、母様の思い出。

 今、迎えに行くから)


 私の足取りは軽く、心は冷たく澄み渡っていた。

 情けも容赦も、もういらない。

 ここにあるのは、ただ純粋な「清算」だけ。


 決戦の幕が上がるまで、あと数時間。

 私の針仕事は、クライマックスへと向かって加速していく。


++++++++


 アイリスの仮設小屋から離れた私は、そのまま本館の廃墟へと向かった。

 かつては豪華絢爛な屋敷だった場所も、今や焼け落ちた柱と瓦礫が散乱するだけのゴーストタウンだ。

 けれど、その地下にはまだ、アイリスが執念で守り抜いた「秘密の部屋」が残されている。


「ショウちゃん、お願い」


『フン、雑用係も板についてきたな』


 私の影から銀狐が飛び出し、瓦礫の隙間へと潜り込んでいく。

 彼の影渡りの能力を使えば、物理的な障害など関係ない。

 私は魔導端末を取り出し、ショウちゃんの視覚とリンクした。


 画面に映し出されたのは、地下深くに作られた堅牢な金庫室。

 そこには、アイリスが長年かけて私物化してきた宝石や、違法な魔導具、そして実母が遺した大切な品々が山積みになっていた。


「……あるわね。やっぱり、焼け残っていた」


 私は安堵の息を吐いた。

 アイリスは強欲だ。

 屋敷が燃えている最中も、自分にとって価値のあるものだけは必死で守り抜いたのだろう。

 皮肉なことに、そのおかげで母の遺品も無事だったわけだ。


「さあ、回収よ。一つ残らず頂くわ」


 私は端末を操作し、転送魔法の座標を指定した。

 ショウちゃんが影を広げ、部屋中の財宝を飲み込んでいく。

 金貨の袋、宝石箱、怪しげな魔導書。

 そして、部屋の隅にひっそりと置かれていた、古びた木箱。


(あれは……母様の裁縫箱)


 私が幼い頃、母と一緒に針を持った思い出の品。

 それを見た瞬間、胸の奥が熱くなった。

 アイリスにとってはガラクタでも、私にとっては世界で一番の宝物だ。


「おかえりなさい。長かったわね」


 私は画面越しに語りかけ、転送ボタンを押した。

 シュンッ!

 光と共に、金庫室の中身が消失する。

 残されたのは、空っぽの棚と、埃だけ。


「……これで、フロンティア家は本当の意味で『空っぽ』になったわ」


 私は端末を閉じ、廃墟を見上げた。

 かつての栄華も、家族の絆も、もうここにはない。

 あるのは、過去の亡霊と、明日断罪される罪人たちだけ。


 その頃、仮設小屋ではアイリスが鏡の前で踊っていた。

 私が贈った『感謝のドレス』を纏い、うっとりと自分に見惚れている。


「おほほほ! 素晴らしいわ! 私が一番美しい!

 公爵様も、きっと私に夢中になるはずよ!」


 彼女は知らない。

 そのドレスが、彼女の全財産と引き換えに手に入れた「死に装束」であることを。

 そして、その財産すらも、今この瞬間に私が全て回収してしまったことを。


「あなた、見て! 私の美しさを!」


 アイリスがリックザクに同意を求める。

 しかし、リックザクは虚ろな目で宙を見つめるだけだった。

 彼の心は、もう壊れてしまっているのかもしれない。

 あるいは、破滅の予感を本能的に感じ取っているのか。


「……ああ。綺麗だ。綺麗だよ、アイリス」


 彼は機械的に答える。

 その声には、何の感情も籠もっていなかった。


 翌朝。

 王都の工房で、私は最後の準備を整えていた。

 仲間たちが集まり、緊張した面持ちで私を見つめている。


「姐さん、準備は完了だ。

 会場の仕掛け、マスコミの手配、そして脱出用のルート確保。

 いつでもいけるぜ」


 ディーノが親指を立てる。

 ケイナも、決意に満ちた瞳で頷いた。


「お嬢様、荷物のパッキングも終わりました。

 馬車には、これからの旅に必要なもの全てを積み込んであります」


「ありがとう。みんな、よくやってくれたわ」


 私は工房を見渡した。

 ここで過ごした時間は短かったけれど、濃密だった。

 多くの服を作り、多くの仲間と出会い、そして多くの敵を倒してきた。

 ここでの経験が、これからの私を支えてくれるはずだ。


「……寂しいかい?」


 アルフォンスが声をかけてくる。

 彼はなぜか、御者の帽子を被り、鞭を手にしていた。


「まさか。未練なんてないわ。

 ただ、少し感慨深いだけよ」


 私は笑って答えた。

 そう、未練はない。

 過去を振り返る暇があるなら、未来を見据えて針を進める。

 それが、私の流儀だもの。


「さあ、行きましょうか。

 最後のショータイムが待っているわ」


 私は深紅のドレスを翻し、店を出た。

 外には、抜けるような青空が広がっている。

 絶好のパーティー日和だわ。


 向かう先は、フロンティア家の跡地。

 そこには今夜、王都中が注目する『歴史的瞬間』が刻まれることになる。


 毒親への復讐。

 悪徳貴族への断罪。

 そして、私自身の『独立』の宣言。


 全ての因縁を断ち切り、新しい世界へと羽ばたくために。


「開演のベルを鳴らしにいくわよ!」


 私の号令と共に、黄金の馬車が動き出した。

 車輪が石畳を蹴り、乾いた音を響かせる。


 物語は、クライマックスへと加速していく。


 私の針仕事は、まだ終わらない!



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