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第77話 公爵からの「汚れた前金」の行方


 王都の工房で、私は魔導端末の画面を眺めながら、満足げにクッキーをかじっていた。

 画面に表示されているのは、ディーノからの定期報告だ。


『公爵、作戦ニ ハマッタ。

 グン テッタイ。

 アイリス ニ マセキ オクル』


「ふふっ。チョロいわね、おっさん」


 私が店で演じた「涙の嫁入り承諾」は、効果覿面だったようだ。

 公爵は、私が完全に屈服したと信じ込み、軍事行動を中止した。

 そして、アイリスとの「契約」を履行するため、前金となる魔石を送りつけたのだ。


「さて、ここからが面白いところよ。ケイナ、準備はいい?」


「はい、お嬢様! 例の『商品』、既に市場に流してあります!」


 ケイナがニッコリと笑う。

 私たちが仕掛けた罠。それは、公爵がアイリスに渡す「魔石」そのものにあった。


 一方、フロンティア家跡地の仮設小屋。

 そこには、届いたばかりの小箱を抱きしめ、狂喜乱舞するアイリスの姿があった。


「あははっ! 見たこと!? これよ、これ!

 公爵様からの結納金、最高級の魔石よ!」


 彼女が箱を開けると、中には握り拳ほどの大きさの、赤く輝く石が5つも入っていた。

 その輝きは妖しく、見る者を魅了する。

 市場価格にすれば、一つで家が建つほどの代物だ――本物ならば、の話だけれど。


「すごい……! これで借金なんてチャラよ!

 ドレスも、宝石も、また買い放題だわ!」


 アイリスは魔石を頬ずりし、うっとりと呟く。

 隣で見ていたリックザクも、ゴクリと喉を鳴らした。


「おい、アイリス。それを換金して、まずは借金を……」


「何言ってるの! 借金なんて後回しよ!

 まずはパーティーの準備をしなきゃ!

 公爵様をお迎えするのに、こんなボロ小屋じゃ失礼でしょう?」


 アイリスは聞く耳を持たない。

 彼女は魔石の一つを掴み、小屋を飛び出した。

 向かう先は、王都の闇市だ。

 そこで魔石を換金し、パーティーのための資金を作るつもりなのだろう。


 数時間後。

 闇市の質屋で、アイリスは店主に魔石を突きつけていた。


「さあ、幾らになるの? 最高級品よ、安く買い叩いたら承知しないわ!」


 店主は魔石をルーペで覗き込み、眉をひそめた。

 そして、困惑したように顔を上げる。


「……奥様。これ、どこで手に入れなすった?」


「公爵様からの贈り物よ! 由緒正しい品なんだから!」


「へえ、公爵様がねえ……。

 悪いが、こいつは買い取れねえよ」


「はぁ!? どうしてよ! 偽物だとでも言う気!?」


 アイリスが食って掛かる。

 店主はため息をつき、棚から同じような赤い石を取り出した。


「いや、偽物じゃねえよ。『本物の模造品』だ。

 ほら、見てみな。これと同じやつだろ?」


 店主が示した石には、小さな刻印があった。

 『F.T. TOY』――フロンティア・テキスタイル・トイ。

 そう、私が子供向けに開発・販売している、魔力を溜められるおもちゃの石だ。

 見た目は綺麗だが、魔石としての価値はほぼゼロ。

 駄菓子屋で買えるレベルの代物だ。


「な……な……!?」


 アイリスは絶句し、自分の持ってきた石を確認した。

 そこには確かに、同じ刻印が小さく、しかしはっきりと刻まれていた。


「そ、そんな……嘘よ!

 公爵様が、こんな子供騙しを寄越すはずが……!」


「公爵様が騙されたのか、あるいは奥様をからかったのか知らねえが、こいつの相場は銅貨10枚だ。

 持って帰んな」


 店主に追い返され、アイリスはふらふらと路地に出た。

 頭が真っ白になる。

 100万ゴールドの価値があると思っていたものが、ただのガラス玉だったなんて。


「……騙された。騙されたわ!

 あの古狸め! 私を馬鹿にして!」


 彼女は怒りで震えた。

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

 彼女にはもう、後がないのだから。


「……いいわよ。見てなさい。

 この石が偽物だってバレなければいいんでしょ?

 他の店なら……もっと見る目のない店なら、高く売れるかもしれないわ!」


 アイリスは歪んだ笑みを浮かべ、別の質屋へと走り出した。

 彼女は知らない。

 王都中の質屋には、既に私から「赤い偽魔石を持ち込む女に注意」という通達が回っていることを。

 そして、もし持ち込まれた場合は、「偽物と知りつつ、高値で買い取るフリをして『借用書』を書かせる」よう指示してあることを。


 工房で、私は新たな報告書を受け取った。


『アイリス、偽魔石を担保に、さらに借金を重ねる。

 パーティー会場の設営、高級食材の発注、楽団の手配……。

 全て「ツケ」で強行中』


「……ふふっ。予定通りね」


 私は報告書を燃やし、ニヤリと笑った。

 アイリスは今、偽の信用(公爵の威光)と偽の財産おもちゃを担保に、砂上の楼閣を築き上げようとしている。

 その塔が高くなればなるほど、崩れ落ちた時の衝撃は大きくなるわ。


「ケイナ、会場の『仕込み』は順調?」


「はい! 設営業者に変装したスタッフが、マイクや照明に細工を済ませました。

 いつでも『演出』可能です!」


「ご苦労様。

 さあ、お義母様。精一杯、夢を見なさい。

 その夢が覚める時が、貴女の最期よ」


 私は窓の外、本館跡地の方角を見つめた。

 そこでは、何も知らない労働者たちが、アイリスの命令でパーティー会場の設営を始めている。

 杭を打つ音が、まるで処刑台を作る音のように、虚しく響いていた。


+++++++


 隣国、バルバロス公爵邸。

 その豪華な衣装部屋で、公爵は鏡の前に立ち、上機嫌で鼻歌を歌っていた。


「フフン♪ やはり私は天才だ。

 たかが魔石数個で、あの生意気な小娘と、将来有望な魔導師ストレイを手に入れたのだからな」


 彼は従者に新しい軍服を着せかけさせながら、満足げに自分の腹をさすった。

 彼がアイリスに送った魔石。

 それは帳簿上では「最高級品」として計上されていたが、実際には彼の部下が予算を中抜きし、闇市で安く仕入れたものだった。

 もちろん、その「闇市の商品」が、さらに元を辿ればストレイの店で売られている子供用のおもちゃだとは、公爵自身も知る由もない。


「しかし、あのアイリスとかいう女も強欲なものよ。

 あんな石ころで喜んで、娘を売るとはな。

 ま、私にとっては好都合だが」


 公爵はニヤリと笑い、ワイングラスを傾けた。

 彼は自分が「騙した側」だと思っている。

 安物で高価な商品を買い叩いた、賢い商売人だと。

 だが、現実は残酷だ。

 彼が騙したと思っている相手アイリスは、さらにその上を行く詐欺師ストレイによって、二重三重の罠に嵌められているのだから。


「閣下、当日の衣装はこちらでよろしいでしょうか?」


 控えめに声をかけたのは、公爵の衣装係を務める若い男だ。

 彼の手には、金糸の刺繍が施された、重厚な黒の礼服が握られている。


「うむ。悪くない。

 あの小娘を迎えるのだ、威厳のある姿を見せてやらねばな」


 公爵は鷹揚に頷いた。

 衣装係の男は恭しく頭を下げ、服の袖口を整えるフリをして、指先に隠し持っていた『銀の針』を滑らせた。


 チクリ。


 針先が、礼服の背中の縫い目に触れる。

 ほんの一瞬の出来事。

 しかし、それだけで十分だった。

 針から放たれた極小の魔力糸が、礼服の縫製糸に絡みつき、その構造を書き換えていく。

 『特定の音』に反応して、一瞬でほどけるように。


「……完璧でございます、閣下」


 男は顔を上げず、心の中で呟いた。

 (これで、ストレイ様との約束は果たした。借金もチャラだ)


 そう、この衣装係もまた、ストレイの手によって買収されていたのだ。

 公爵家の内部にまで、フロンティア・テキスタイルの根は深く、静かに広がっていた。


「よろしい。では、明日の出発に備えろ。

 私の晴れ舞台だ、遅れるなよ」


 公爵は高笑いを上げ、部屋を出て行った。

 残された衣装係は、主人が去ったのを確認すると、懐からFカードを取り出し、短いメッセージを送信した。


『シコミ カンリョウ』


 一方、王都の工房。

 深夜の静寂の中、端末の受信音が小さく鳴った。

 私は画面を確認し、口元を緩めた。


「……よし。公爵の方も準備完了ね」


 これで、役者は全員、指定の位置についた。

 アイリスは偽の金で虚飾の舞台を作り上げ、公爵は解体寸前の服を着てそこへ向かう。

 あとは、私が「仕上げ」をするだけだわ。


「ケイナ、明日のスケジュールを確認して」


「はい! 午前中にアイリス様へドレスを納品。

 午後からは会場の最終チェック。

 夕方には、お嬢様の衣装合わせと、マスコミへの『招待状』配布です!」


 ケイナが手際よく予定を読み上げる。

 彼女もまた、この大一番に向けて気合が入っているようだ。


「ありがとう。……ねえ、ケイナ」


「はい?」


「怖くない? 明日、私たちがやろうとしていることは、国を揺るがす大事件になるわよ」


 私が尋ねると、ケイナはキョトンとして、それから優しく微笑んだ。


「怖くありません。だって、お嬢様が一緒ですもの。

 それに……私、悔しかったんです。

 お嬢様が、あんな人たちに虐げられていたことが。

 だから明日は、思いっきり『ざまぁ』してやりましょう!」


 普段は大人しいケイナが、拳を握りしめて熱弁する。

 その姿が頼もしくて、私は思わず笑ってしまった。


「ふふっ。そうね。

 私たちで、最高のエンディングを迎えましょう」


 私は窓の外、満月を見上げた。

 月明かりが、王都の街を青白く照らしている。

 明日の夜、この静寂は歓声と悲鳴に塗り替えられるだろう。


 毒親への復讐。

 悪徳貴族への断罪。

 そして、私自身の過去との決別。


 全ての因縁を、明日の一夜で縫い合わせ、そして切り離す。


「……おやすみ、みんな。

 明日は忙しくなるわよ」


 私は工房の明かりを消した。

 闇の中で、銀の針だけが鋭く光っていた。


 運命の歯車は、もう誰にも止められない。


 あとは、転がり落ちるだけだわ。



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