第71話 幸運のストールと歌を嫌う役人ハッチクン
教団の騒動が一段落し、イマクサには束の間の平和が訪れていた。
チアキも『ムッタん♥』のデザインに没頭し、元信者たちも復興作業に精を出している。
けれど、まだ足りないものがある。
それは、この街を継続的に潤すための『経済』だわ。
「ロドリさん、準備はいい?
今日からイマクサの市場を、私たちの色に染めるわよ」
王都の工房で、私は魔導端末に向かって宣言した。
画面の向こうには、イマクサの広場に陣取ったロドリの姿がある。
彼の背後には、山のように積まれた木箱。
中身は、私が夜なべして量産した『幸運のストール』だ。
『お任せください! このロドリ・ゲイス、商人の魂にかけて完売させてみせますぞ!』
ロドリが気合を入れる。
今回の作戦は、ただストールを売るだけじゃない。
『歌』と『踊り』を組み合わせた、一大エンターテインメント・セールスよ。
「さあ、ミュージック・スタート! ディーノ、盛り上げ役をお願い!」
私がスイッチを入れると、イマクサの広場に設置されたスピーカーから、軽快な音楽が流れ出した。
それは私が作曲した『商売繁盛サンバ』。
底抜けに明るいリズムに合わせて、ディーノと現地スタッフ(捕まえてから食べ物を与え強制労働させている元盗賊団)が踊り出し、ビラを配り始める。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 王都で大流行の『幸運のストール』だよ!」
「これを巻けば運気上昇! 商売繁盛! 恋人ゲットも夢じゃない!」
派手なパフォーマンスに、街の人々が集まってくる。
お祭り騒ぎに飢えていた彼らは、手拍子を打ち、笑顔でストールを買い求めていく。
売上メーターがぐんぐん上がっていくわね。
「いい調子だわ。このままイマクサの経済を活性化させて、復興資金を稼ぎ出すのよ」
私がほくそ笑んでいると、画面の端から不穏な影が近づいてきた。
生真面目そうな眼鏡をかけ、神経質そうな顔をした男。
イマクサの領地管理官、ハッチクンだ。
『こらーっ! 何をやっているんだ貴様ら!』
ハッチクンがロドリに詰め寄る。
彼は耳を塞ぎ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
『こんな神聖な広場で、下品な音楽を流すとは何事だ! 直ちに中止しろ! 没収だ!』
「おや、これは役人様。我々は正規の手続きを経て商売をしておりますが?」
ロドリが愛想笑いで対応するが、ハッチクンは聞く耳を持たない。
『許可など知らん! 私は歌が嫌いなんだ! 慎み深い人間は人前で歌ったりしない! 歌っていいのは教会の中だけだ!』
「はぁ? なんだその理屈。個人的な趣味を押し付けないでくれる?」
私がモニター越しにツッコミを入れる。
噂には聞いていたけど、ここまで極端な『歌嫌い』だとはね。
これじゃあ、せっかくの商売が台無しだわ。
『ええい、うるさい! 撤去だ撤去! 衛兵、こいつらを摘み出せ!』
ハッチクンが衛兵を呼びつける。
ロドリたちが囲まれ、音楽が止められてしまった。
広場の熱気が冷め、人々が不安そうに見守っている。
(……面倒くさい男ね。でも、ここで引くわけにはいかないわ)
私は端末のマイクを握りしめ、ディーノに指示を送った。
「ディーノ、プランBよ。歌がダメなら、『リズム』で攻めるわ」
『了解。姐さんの無茶振りには慣れっこだぜ』
ディーノがニヤリと笑い、スタッフたちに目配せをする。
彼らは楽器を置き、代わりに足を踏み鳴らし始めた。
ドン、ドン、パン! ドン、ドン、パン!
「We will, we will Look you!」……ではなく、無言のストンプ。
私たちはあなたを見つめ続けるわ!という手拍子と足踏みだけで生み出される、原始的で力強いビート。
それは言葉やメロディを超えて、直接心臓に響く振動だわ。
『な、なんだこれは!? 歌っていないのに、うるさいぞ!』
ハッチクンが狼狽える。
しかし、彼はこれを止める理由を見つけられない。
ただ足踏みしているだけなのだから。
「さあ、みんなも一緒に!」
ディーノが煽ると、観客たちも一緒になって手拍子を始めた。
広場全体が一体となり、巨大なリズムの渦が生まれる。
その熱気は、さっきの音楽以上だった。
『ぐぬぬ……! 屁理屈を……!』
ハッチクンが歯ぎしりをする。
私はその様子を見て、勝利を確信した。
この勝負、私の勝ちね。
++++++++
広場に響き渡るストンプのリズム。
それは言葉を持たない分、人々の本能に直接訴えかけてくる。
最初は戸惑っていたハッチクンも、次第にその表情に変化が現れ始めた。
怒りで歪んでいた顔が、リズムに合わせて小さく動き始め、足先が地面を叩き始めたのだ。
『おや? 役人様もノッてきたようですな!』
ロドリがマイクで煽る。
ハッチクンはハッとして動きを止めようとするが、体は正直だ。
彼の中に眠っていた『踊りの才能』が、このビートに共鳴して目覚めてしまったのね。
『ち、違う! 私は止めているのだ! この足が勝手に……!』
「いいじゃない、ハッチクン。音楽は嫌いでも、リズムは嫌いじゃないんでしょ? 解放しなさいよ、そのステップを」
私が画面越しに囁くと、彼は観念したように眼鏡を外し、上着を脱ぎ捨てた。
そして、驚くべき軽やかさでターンを決め、ディーノたちの輪の中に飛び込んでいった。
『うおおおっ! 止まらん! 私の魂が叫んでいる!』
彼は即興のタップダンスを披露し始めた。
その技術は素人離れしており、観客たちから
「すげえ!」
「役人様、かっこいい!」と歓声が上がる。
堅物眼鏡の超絶ダンス。
これ以上の見世物はないわね。
「……やるじゃない。まさか、あんな隠し芸を持っていたなんて」
私は感心した。
彼が踊るたびに、会場のボルテージは最高潮に達し、ストールの売上も跳ね上がっていく。
彼自身が最高の広告塔になってくれたというわけだ。
ショーが終わる頃には、用意していたストールは完売していた。
汗だくになったハッチクンは、荒い息を吐きながら地面に大の字になっていた。
『はぁ、はぁ……。私は、なんてことを……。公職にあるまじき失態だ……』
「失態じゃないわ、大成功よ。貴方のおかげで、街の人たちも大喜びじゃない」
私が声をかけると、彼はバツが悪そうに顔を背けた。
『ふん、勘違いするな。私はただ、秩序を乱す騒音を体でかき消そうとしただけだ』
「はいはい、そういうことにしておくわ。でも、貴方のステップ、悪くなかったわよ。今度ウチの専属ダンサーにならない?」
『断る! 私は役人だ! ……だが、まあ、たまになら、運動不足の解消に付き合ってやらんこともない』
彼は顔を赤くして、ボソボソと呟いた。
どうやら、彼もまたツンデレの素質があるようね。
これでイマクサの行政トップともコネができた。
物流、宗教、そして行政。
全てのピースが埋まったわ。
「よし、これにてイマクサ攻略作戦、第一段階完了! ロドリさん、お疲れ様。売上金はきっちり回収してね」
『もちろんです! 今夜は祝杯ですな!』
ロドリがガッツポーズをする。
私は王都の工房で、熱いコーヒーを飲み干した。
心地よい疲労感と共に、大きな達成感が胸を満たす。
「……ふふっ。ざまあみろ、バルバロス。貴方が壊した街、私が全部縫い直してやったわよ」
私はモニターの向こう、復興へと歩み出したイマクサの夕景を見つめた。
そこには、かつての絶望はない。
希望という名の新しい風が、吹き始めている。
次はいよいよ、追い詰められたアイリスが仕掛ける『最後の悪あがき』。
毒親との決着をつける時が来たようね。




