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第7話 指先ひとつでリフォーム大作戦(前編)


 本館の備蓄庫へ忍び込む。


 売れない芸人の「怖い先輩に会いたくない」と「売れてる後輩に会いたくない」という二つの切実な願いから生み出された『隠密スキル』と、魔法糸による光学迷彩のテクスチャがあれば、深夜のコンビニへ行くよりも簡単だったわ。


 ネズミさえ寄り付かない暗い倉庫の隅で、私はついにその『塊』を見つけた。


 埃を被り、ガラクタの山に埋もれていたけれど、私にはそれが放つ鈍い魔力の輝きが見える。

 私は迷わずその場所へ手を伸ばし、瓦礫の下から黒塗りの木箱を引きずり出した。


 ストレイの実母が遺し、継母アイリスが『古臭いゴミ』と切り捨てた、最高級の裁縫道具一式。


 私は震える手でその黒塗りの木箱を開けた。


 開けた瞬間、銀色の輝きが暗闇を切り裂いた。


 中には、魔力伝導率が極めて高い神銀、ファンタジー世界でお馴染みミスリルで作られた『縫い針』や、どんな硬い魔物の皮でも滑らかに裁断する『ハサミ』、そして持ち主の意思を糸へと伝える不思議な『指貫』が収められている。


 私の、ストレイの記憶あるもの。


 遠い記憶になった実母が裁縫をする時に見ていた魔導具達。


 どれもが超一級品。

 私の指先が震える。

 恐怖じゃない、歓喜で。


 「……久しぶりね、相棒。いえ、初めましてかしら」


 私は指貫を中指にはめ、銀の針を一本抜き取った。

 その瞬間、私の内側にある四十二年分の執念と、この世界を構成する魔力の糸が、一本の太い光の線となって繋がる感覚がした。


 「……待たせたわね。

 さあ、一緒にこの世界を縫い直しに行きましょう」


 これよ、これ。

 素手で魔力を編むのも悪くなかったけれど、本物の道具が揃えば、私の魔法は『お直し』から『再構築』リメイクへと進化する。


 かつて『ワイワイ放送』で、百円ショップの針一本でボロ布をボカロミクミク衣装のフリルに作り変えた時、イツメンたちが「民子、お前はもう服屋の神になれ」と茶化されていたけれど。


 今の私なら、本当にこの世界の神様が作った型紙だって、自分好みに修正してしまえそうだわ。


 私は裁縫箱を小脇に抱え、再び影に溶け込んで離れへと戻った。

 待っていたケイナが、私の手にある箱を見て、目から大粒の涙をこぼした。


 「……お嬢様、それは。亡くなった奥様の……」


 「そうよ。あいつらにはゴミに見えても、私にとってはこれこそが最強の武器。

 さあ、夜明けまでにこの離れを、王宮のスイートルームも裸足で逃げ出す最高の楽屋に作り変えてあげるわ」


 私はまず、離れの入り口にある、建付けの悪い扉に目を向けた。

 貴族の離れ屋敷だと言うのに建付け悪く隙間風が入り込み、冬には地獄のような寒さを運んでくる、まさに欠陥住宅の象徴。


 私は中指に指貫きを通し魔導を展開する。

 まさしく世界への干渉する帯域の広がりを感じながら銀の針に魔力糸を通し、扉の周囲の空間そのものに『見えないステッチ』を刻み込んでいった。


 ただの補修じゃない。


 空気のバイアスを調整し、概念から視覚で構成された情報により外からの悪意や毒素を完璧にシャットアウトする、究極の遮断刺繍だ。


 扉の縁をなぞるように針を走らせると、空間がピタリと密閉され、今まで聞こえていた風の音が嘘のように消え去った。


 「いい、ケイナ。

 リフォームの基本は、まず『守り』を固めること。

 大切なのは外からのシミや汚れを入れないように、生地そのものを直接コーティングしてあげることなのよ」


 魔導により概念から視覚、そして構成と母の形見の魔導具と会話しなら私が針を走らせるたびに、空間が微かに震え、離れを包む空気が密度を増していく。

 にわか魔法使いの私が、本物の道具を手に入れた瞬間に発動したように見える、空間リフォーム魔法。


(そう帯域が広がって起こってる現象ね)


 かつての漫才コンビ『ぐーちょきぱー』の相方、ディーノなら「民子、お前やりすぎだろ」と引くに違いないけれど、あいにく今は止めてくれる奴はいないのよ。


 私は次に、ボロボロの壁紙へと向き直った。

 ここには、ただの洗浄ではなく、魔導、視覚化、構成と一瞬で私の魔力を練り込んだ新しい『テクスチャ』を上書きしてあげる。


 指先ひとつで、世界が私の色に染まっていく。


 さあ、これこそが私の、二度目の人生の初舞台のセットリストよ。


++++++++


 銀の針が空を切るたびに、部屋の隅々に溜まった淀みが弾け飛び、新しい魔力の織り目が上書きされていく。


 何も無い部屋に置かれた魔法の書籍が詰まった本箱がガタガタと揺れる。

 脳筋親父と美容バカの義母が全く興味を示さなかった魔法書(価値もわかっていなかった。)だけが心を壊しそうなストレイに、この世界の悪意を忘れさせてくれた。


 私は、ストレイが辿った実母が亡くなってからの辛い日々の記憶を辿りながら離れの壁一面に、不可視の魔力糸で緻密な『裏地』を縫い合わせていった。

 ただの壁紙の補修だと思ったら大間違いよ。


 これは建物の構造そのものを魔法の繊維で補強し、外気の影響を一切受けない完璧な定温空間を作り出すこの世界の『建築魔法』と『服飾理論』の融合だわ。


 「……お嬢様、壁が、壁が真珠のように輝き始めました。

 それに、あんなに冷えていた床が、足裏からポカポカと温かくて」


 ケイナが驚きのあまり床を這うようにして感触を確かめている。


 当たり前よ。


 床板の木目一つ一つに『吸湿発熱』のテクスチャを刺繍し、歩くたびに微弱な魔力が摩擦で熱に変わるように仕立て直したんだから。


 前世の売れない冬、『ワイワイ放送』でボロアパートの床暖がない洗面所の寒さをいかにして対応するかというネタが、魔導で現実となった。

 初詣では常に「今年こそは売れますように!!」と清水の舞台から飛び降りるが如く、500円も神様に毎年、毎年、投資し続けた私への、神様からのご褒美だと思って受け取っておくわ。


 リターン率を考えるとオルカンやえすぴーなんて目じゃないわ。


 「驚くのはまだ早いわよケイナ。

 次はこれ、離れの安全を確保するための『セキュリティ・ステッチ』よ」


 私は母の遺した魔導針に、魔導のギアを1段階あげた太い銀色の糸を通した。

 そして離れの四隅、空間のバイアスが最も歪んでいる地点を狙って、力強く針を突き刺す。

 イメージするのは、獲物を決して逃がさない強靭な蜘蛛の巣。


 不法侵入者や、本館から放たれる悪意ある魔力を瞬時に察知し、絡め取って無効化する自動警備の網を、離れ全体に被せていく。


 かつて事務所の先輩芸人が、ストーカーに悩まされていた時に私が作ってあげたかった『防犯ブザー内蔵』の特製衣装。

 あの時のアイデアを、今は本物の魔法のトラップとして再現してあげる。


 もし継母アイリスの差し金で、暗殺者まがいの下男がこの敷居を跨ごうものなら、その瞬間に私の魔力糸が彼らの自由を奪って、とびきりの『お仕置き』を披露することになるでしょうね。


 「よし、これで基礎工事は完了。

 あとは仕上げの装飾ね」


 私は針を休めることなく、今度は天井に向かって糸を放った。

 剥がれ落ちそうだった漆喰の隙間に、星屑のような光の粒子を縫い込んでいく。

 夜になれば優しく部屋を照らし、昼間は太陽の光を効率よく拡散させる、魔導のシャンデリアだ。


 ボロ屋敷の象徴だった離れが、一針ごとに、王都の一等地にある高級ブティックのVIPルームのような品格を帯びていく。


 かつての私を知るイツメンたちが今の光景を見たら、きっと「民子、お前はもうどこを目指してるんだ」と、草を大量に生やしながら突っ込んでくれたに違いない。

 自分でも少しやりすぎだとは思うけれど、一度火がついたクリエイターの魂は、完璧に仕上がるまで止まれないの。


 「ふぅ……。

 ひとまず、今日のところはこれくらいにしておきましょうか」


 私は銀の針を裁縫箱に戻し、額の汗を拭った。

 見違えるようになった室内を見渡し、私は満足げに鼻を鳴らす。

 これで誰にも邪魔されない、私とケイナだけの『最強の楽屋』が完成したわ。

 本館の連中が、死にかけているはずの私を様子見に来た時の顔が、今から楽しみで仕方がない。


 「お嬢様……私、こんなに綺麗な場所で寝ていいのでしょうか。

 なんだか、夢を見ているみたいで」


 「夢じゃないわよケイナ。

 これは現実。私たちが、自分たちの手で縫い直した新しい現実よ」


 私はケイナの肩を優しく叩き、窓の外の月を見上げた。


 リフォーム大作戦はまだ前半戦。


 次は、この豪華な空間に相応しい、私自身の『正装』をリメイクする番だわ。



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