第69話 建物のシミ抜きと遠隔インフラ大整備
ケースが持ち帰った石板の拓本によって、私の魔法が古代文明の『テクスチャ・リライト』に由来するものであることが判明した。
それはつまり、私の力は単なる服飾の延長ではなく、もっと根源的な『世界の構造を書き換える力』だということ。
だったら、遠慮なく使わせてもらうわ。
「ロドリさん、イマクサの地図を出して。特に、被害の大きい地域の詳細な見取り図を」
私は工房の壁一面に、巨大なスクリーン、幻影魔法を展開した。
そこに映し出されたのは、ボロボロになったイマクサの全貌。
崩れた橋、陥没した道路、そして倒壊した民家。
戦争と災害の爪痕が、美しい港町を蝕んでいる。
「ひどいですね……。これでは、物流どころか日々の生活もままなりません」
ロドリが眉をひそめる。
イマクサの復興には、まずこのインフラという名の『血管』を繋ぎ直す必要がある。
普通なら何年もかかる大工事だけれど、今の私には最強のスタッフがいるわ。
「ケース、地脈の魔力ラインを計算して。スノッツティ、現地の資材データを解析。私は……この街全体を『お直し』するわよ!」
「ラジャー! 解析完了まで10秒!」
「ハロー! 瓦礫の山も、見方を変えれば宝の山さ!」
スタッフたちが一斉に動き出す。
私は端末のキーボードを叩き、イマクサに設置した中継局を通じて、遠隔魔法の術式を起動した。
「いい? 建物の修復は、破れた服を繕うのと同じよ。崩れた瓦礫を元の位置に戻し、その隙間を魔力の糸で縫い合わせる。それだけで、強度は元通り……いいえ、それ以上になるわ」
私は画面上の崩落した橋に狙いを定めた。
指先から放たれた魔力が、何百キロも離れたイマクサの空気を震わせる。
現地では、信じられない光景が広がっていたはずだ。
イマクサの港町。
川にかかる唯一の石橋が崩落し、物流が寸断されていた現場。
そこに集まっていた大工や作業員たちが、呆然と空を見上げていた。
「お、おい! 見ろよ! 空から光の糸が降ってくるぞ!」
「なんだありゃ!? 神様の釣り糸か!?」
彼らの目の前で、川底に沈んでいた巨大な石材が、見えない力に引かれてふわりと浮き上がった。
それはまるで、逆再生の映像を見ているかのように、元の橋桁へと吸い込まれていく。
ガコン! ガコン! と重い音が響き、石と石が噛み合う。
そして、その継ぎ目を銀色の光が走り、瞬く間に一体化していく。
「く、釘も使わずにくっついた!? 接着剤もなしで!?」
「馬鹿言え! あれは『縫ってる』んだよ! 石を縫い合わせてやがる!」
大工の棟梁が叫ぶ。
その通りよ。
私は石材の分子構造を『繊維』に見立て、それを魔力糸で編み込んでいるのだから。
コンクリートよりも強固で、ゴムのようにしなやかな『魔導石材』の完成だわ。
「……よし、橋は開通。次は道路ね」
私は休むことなく、次のターゲットへとカーソルを移動させた。
陥没した道路には、スノッツティが分析したイマクサ特産のレアメタル含有泥『魔導泥』を充填し、私の魔力で硬化させる。
アスファルト舗装なんて目じゃない、永久機関で自己修復する道路の出来上がりよ。
「お嬢様、現地の反応がすごいです! 『奇跡だ!』『聖女様の御業だ!』って、お祭り騒ぎになっています!」
ケイナが興奮して報告してくる。
画面の向こうでは、復旧した道路の上で、人々が踊り出し、ケッターボールを蹴り合っている。
その笑顔が、私にとって何よりの報酬だわ。
「まだまだよ。次は民家、それから水道管。やることは山積みなんだから」
私は徹夜覚悟で、キーボードを叩き続けた。
王都の工房と、辺境のイマクサ。
二つの地点を繋ぐ魔力の糸は、今や希望の架け橋となって、人々の生活を支え始めている。
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橋と道路の修復が終わり、イマクサの物流は大動脈を取り戻した。
けれど、街の様子がおかしい。
復旧したばかりの市場で、人々が咳き込み、顔色を悪くしているのがモニター越しにも分かる。
そして何より、街を流れる水路の色が、不気味な紫色に濁っていた。
「……何これ。ただの汚水じゃないわね」
私が眉をひそめると、現地にいるディーノから緊急通信が入った。
『姐さん、厄介なことになった。地下水路から妙な毒が流れ出てる。どうやら、パンギュウ教団のアジトから垂れ流されている廃液らしい』
「廃液? チアキが作ってる『夢中粉』って、そんな毒々しいものなの?」
『いや、夢中粉自体はただの魔力入り小麦粉だ。チアキのスキルで、その辺の石ころや雑草をパンの材料に変換してるだけらしい』
「なら、どうしてあんな色が?」
『幹部の連中だ。あいつら、チアキに内緒で裏でコソコソやってやがる。夢中粉に「依存性を高める薬物」を混ぜるために、化学合成の実験をしてるんだよ。その過程で出た失敗作や廃棄物を、そのまま川に流してやがるんだ』
ディーノの声に怒りが滲む。
純粋な善意で作られたパンを、悪意で汚染し、さらにそのゴミを街に撒き散らす。
どこまでも腐った連中だわ。
「許せないわね。服を汚されるのも嫌だけど、水を汚されるのはもっと我慢ならないわ」
私は立ち上がり、工房の素材棚から『特殊活性炭』を練り込んだ黒い布を取り出した。
かつて王都の下水道で使った浄化魔法の応用だわ。
でも、今回は規模が違う。
街全体を救うためには、巨大な『フィルター』が必要になる。
「ケイナ、ショウちゃん! 手伝って! 超特大の『ろ過装置』を作るわよ!」
「はい! 活性炭の粉砕、始めます!」
『フン、水遊びか。悪くない』
私たちは総出で、巨大な布を縫い合わせた。
何重にも重ねられたフィルターには、それぞれ『毒素吸着』『魔力浄化』『ミネラル添加』の術式が刻まれている。
完成したそれは、まるで巨大なカーテンのようだった。
「よし、転送! ディーノ、受け取って!」
私が合図を送ると、イマクサの地下水路の入り口に、巨大なフィルターが出現した。
ディーノと現地スタッフ(捕まって働かせている元盗賊団)がそれを広げ、水路の幅いっぱいに設置する。
「設置完了! 水を通すぜ!」
濁流がフィルターにぶつかる。
一瞬、布が悲鳴を上げるように軋んだが、私の影銀糸がそれを支え切った。
そして、フィルターの反対側から流れ出したのは……。
キラキラと輝く、クリスタルのような清流だった。
「おおおっ! 水が! 水が綺麗になったぞ!」
「飲める! 甘いぞ!」
現地の作業員たちが歓声を上げ、手ですくって水を飲む。
その水は、毒素が抜けただけでなく、私の魔力によって滋養強壮の効果まで付与されている。
まさに『命の水』だわ。
「……ふふっ。これで教団の悪だくみも、水に流れたってわけね」
私は満足げに笑った。
けれど、画面の端に映った光景を見て、私の目は再び鋭くなった。
浄化された水を、こっそりと瓶に詰め込んでいる白い服の男たち。
パンギュウ教団の末端信者だ。
「あら、懲りない人たち。その水、タダであげるつもりはないわよ?」
私は指先を動かし、水に仕込んでおいた『追跡マーカー』を起動させた。
これで、彼らが水をどこへ持ち帰るか、つまり教団の隠しアジト(製造工場)の場所が丸わかりになる。
「毒を撒いた張本人に、毒抜きした水を飲ませてあげる。……そして、その代償はきっちりと払ってもらうわ」
インフラ整備は終わった。
次はいよいよ、この汚染源を根元から断つための『害虫駆除』の時間よ。




