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第68話 学問の『真実』に震え古代の影を見る


 王都での支援活動が軌道に乗る中、ケースは一人、イマクサへ向かう輸送船に乗り込んでいた。

 彼の目的は、キンギョ神父から送られてきた『ヨッチャン人形』の解析だ。

 その奇妙な泥人形には、現代の魔法体系とは異なる、未知の術式が刻まれていることに彼はいち早く気づいていた。


 「……間違いない。この魔力波長、そして幾何学的な紋様。これは、古代文明の遺物だ」


 船室で人形を魔導ルーペで覗き込みながら、ケースは興奮で眼鏡を曇らせていた。

 イマクサの地には、まだ知られていない歴史が眠っている。

 それを解き明かすことこそ、学者としての本懐だ。


 船がイマクサの港に到着すると、そこは活気に溢れていた。

 ストレイの支援物資が届き、人々は笑顔で作業をしている。

 ケースはその様子を横目に、キンギョ神父のいる孤児院へと急いだ。


 「ようこそ、貧乏学者殿。寄付金は持ってきたんだろうな?」


 孤児院の門をくぐると、キンギョ神父が腕組みをして仁王立ちしていた。

 相変わらずの減らず口だが、その周りには子供たちが群がり、彼にまとわりついている。


 「神父様、ご無沙汰しております。今日は研究のために参りました。この人形について、詳しく教えていただけませんか?」


 ケースが人形を見せると、神父は鼻を鳴らした。


 「フン、そんな泥人形に何の値打ちがある。子供たちが裏の湿地帯で泥遊びをして作ったガラクタだ」


 「湿地帯……! そこへ案内してください!」


 ケースの剣幕に押され、神父はしぶしぶ案内を承諾した。

 彼らが向かったのは、イマクサの奥地に広がる広大な湿地帯。

 そこは『魔導泥』と呼ばれる特殊な泥が採れる場所であり、同時に地元民が恐れる『禁足地』でもあった。


 「ここから先は、ヨッチャン様の聖域だ。不用意に入ると祟られるぞ」


 神父が警告するが、ケースは聞く耳を持たない。

 彼は魔力探知機を片手に、泥の中へと足を踏み入れた。

 すると、探知機の針が激しく振れ始めた。


 「すごい反応だ……! 地下深くに、巨大な魔力源がある!」


 ケースが叫んだその時、地面が揺れ、泥の中から何かが浮上してきた。

 それは、巨大な石板だった。

 表面にはびっしりと古代文字が刻まれ、微かな光を放っている。


 「こ、これは……! 『失われた大図書館』のアーカイブ端末!? まさか、こんな辺境に実在したなんて!」


 ケースは震える手で石板に触れた。

 文字が明滅し、彼の脳内に膨大な情報が流れ込んでくる。

 それは、かつてこの地にあった超古代文明の記録。

 そして、その文明を滅ぼした『何か』への警告だった。


 「……なんてことだ。イマクサはただの田舎じゃない。世界の『綻び』を封印するための要石だったんだ」


 ケースの顔色が変わる。

 これは、ストレイが目指す『開拓』が、単なるリゾート開発では済まないことを意味していた。

 彼女は知らず知らずのうちに、パンドラの箱を開けようとしているのかもしれない。


 「社長に……ストレイさんに知らせないと!」


 ケースが通信機を取り出そうとしたその時、背後から殺気が迫った。

 振り返ると、そこには異民族の装束を纏った戦士たちが、槍を構えて立っていた。


 「聖域を穢す者よ。立ち去れ」


 彼らの瞳は鋭く、言葉は通じない。

 しかし、その敵意だけは痛いほど伝わってくる。

 ケースは冷や汗を流しながら、後ずさりした。


 「ま、待ってください! 僕は敵じゃありません! ただ調査を……」


 「問答無用!」


 戦士が槍を突き出す。

 万事休すかと思われたその時、横合いから飛んできた『泥団子』が、戦士の顔面に直撃した。


 「ギャッ!?」


 「へへっ、当たったー!」


 茂みから飛び出してきたのは、孤児院の子供たちだった。

 彼らは手に手に泥団子を持ち、異民族の戦士たちに向かって一斉射撃を開始した。


 「神父様のお客人に何するんだ!」

 「やっちまえー!」


 「こ、小僧ども! やめろ!」


 戦士たちが泥まみれになり、たじろぐ。

 その隙に、キンギョ神父がケースの襟首を掴んで走り出した。


 「ボサッとするな! 逃げるぞ、学者!」


 「は、はいっ!」


 ケースは石板の拓本(魔力コピー)を急いで取り、神父と共に湿地帯を脱出した。

 背後では、子供たちと戦士たちの泥仕合が続いている。

 なんとも締まらない光景だが、命拾いしたのは事実だ。


 「はぁ、はぁ……。助かりました、神父様」


 「礼には及ばん。子供たちが勝手にやったことだ。……だが、見たか? あの石板の文字」


 神父の表情は険しかった。

 彼もまた、この地の秘密を薄々感づいていたのかもしれない。


 「ええ。これは、世界を揺るがす大発見です。そして、同時に大きな危険も孕んでいます」


 ケースは拓本を握りしめ、王都の方角を見つめた。

 ストレイにこの真実を伝えなければ。

 そして、彼女の『お直し』が、この世界の運命を左右することになるかもしれないと警告しなければ。


 「急ぎましょう。王都へ戻ります」


 ケースの瞳に、学者としての使命感が宿る。

 彼の震える指先は、今や恐怖ではなく、真理への渇望で震えていた。


++++++++


 王都の工房に駆け込んだケースは、息を切らせながら石板の拓本データを私のデスクに広げた。

 彼の目は血走り、興奮と恐怖がない交ぜになったような表情をしている。


 「社長、見てください! これがイマクサの地下に眠っていた真実です!」


 私が拓本を覗き込むと、そこには見覚えのある幾何学模様が刻まれていた。

 それは、私が無意識に使っていた『お直し魔法』の術式構成図に酷似していた。

 いえ、それ以上に洗練され、体系化された『原典』とも呼べるものだわ。


 「……『テクスチャ・リライト』。古代語でそう書かれています。物質の表面情報、」テクスチャを書き換えることで、その本質さえも変質させる神の御業。社長の魔法は、この失われた技術の再現だったんです!」


 「へえ、私が古代人の生まれ変わりってこと? 前世はただのお笑い芸人だったんだけど」


 私は冗談めかして言ったけれど、内心では心臓が早鐘を打っていた。

 服飾の知識と魔法が融合したこの力が、まさかそんな大層な背景を持っていたなんて。

 単なるチートだと思っていたけれど、これはもっと根源的な、世界の理に関わる力なのかもしれない。


 「そして、ここを見てください。石板の最後にある警告文です」


 ケースが指差した先には、禍々しい赤色の文字が浮かび上がっていた。


 『境界の綻びを縫い合わせる者よ。深淵を覗く時、深淵もまたお前を見ている。封印が解かれれば、世界は再び混沌の海に沈むだろう』


 「……穏やかじゃないわね。封印って何?」


 「分かりません。ですが、イマクサの地下には、この文明を滅ぼした『何か』が封印されている可能性が高いです。そして、バルバロス公爵が狙っているのも、おそらくそれです」


 点と線が繋がった。

 公爵が執拗にイマクサを狙い、私を排除しようとする理由。

 彼は単なる領地欲や色欲で動いているのではなく、この古代兵器?あるいはエネルギーを手に入れようとしているのだ。

 父を騙し、借金漬けにしたのも、イマクサの土地権利書を手に入れるための布石だったのね。


 「なるほど。敵の目的が分かれば、対策も立てようがあるわ」


 私は拓本を閉じ、ケースの肩を叩いた。


 「よくやったわ、ケース。あんたのおかげで、私たちは敵の一歩先を行くことができた。ボーナス弾んであげるから、今日はもう休みなさい」


 「い、いえ! 僕はもっとこの石板を解析したいです! 眠っている場合じゃありません!」


 「ダメよ。倒れられたら困るって言ったでしょ。ケイナ、彼に栄養たっぷりのスープを飲ませて、強制的に寝かしつけて」


 「はい、お嬢様! 睡眠導入剤入りのハーブティー、準備万端です!」


 ケイナが笑顔でケースを連行していく。

 私は一人になり、窓の外を見上げた。

 王都の夜景は美しいけれど、その向こうにあるイマクサの空は、今も不穏な雲に覆われているはずだ。


 「……世界を救う、か。柄じゃないけど、私の『家』を守るためなら、やるしかないわね」


 私は銀の針を取り出し、光にかざした。

 この針が、古代の遺産とどう関係しているのかは分からない。

 でも、確かなことが一つある。

 私はこの力を使って、誰もが笑顔になれる未来を縫い上げる。

 それだけは、絶対に譲れない私の『芯』だわ。


 「待ってなさい、バルバロス。貴方が封印を解く前に、私がその野望ごと、綺麗さっぱり『お直し』してあげるから」


 翌朝。

 私は全スタッフを招集し、新たな方針を発表した。

 これまでは『支援』だったイマクサへの関与を、『防衛』と『開拓』のフェーズへと移行させる。

 古代の遺産を守りつつ、それを活用して領地を発展させる。

 まさに、一石二鳥のビッグプロジェクトよ。


 「みんな、聞いて。私たちはただの服屋じゃない。世界の運命を握る、最先端のクリエイター集団よ! ビビってる暇があったら、手を動かしなさい!」


 「「「オーッ!!」」」


 スタッフたちの歓声が響く。

 次なる課題は、イマクサのインフラ整備と、迫りくる公爵軍への対抗策だわ。


 私の針仕事は、ますます忙しくなりそうね。



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