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第67話 『離れの聖女』伝説の始まりと神父のツンデレ


 イマクサへの遠隔支援を開始してから数日。


 私の元には、現地からの感謝の声が続々と届いていた。


 王都の工房に設置された魔導端末のディスプレイには、支援物資を受け取った人々の笑顔や、温かいメッセージがリアルタイムで流れている。


 『ありがとう! この服のおかげで、子供たちが風邪を引かなくなりました!』

 『スープ美味しかったです! 生きる希望が湧いてきました!』


 文字情報だけれど、そこには確かな『体温』が宿っていた。

 私はそれを眺めながら、満足げにコーヒーを啜る。

 これが、私がやりたかった『お直し』。

 服だけでなく、人の心まで修復する魔法。


 「お嬢様、また新しい荷物が届きましたよ! 今度はイマクサの孤児院からです!」


 ケイナが大きな木箱を運んでくる。

 差出人は、あのキンギョ神父だ。

 彼は以前、王都の孤児院から支援物資を提供してくれたけれど、今度は現地の孤児院からも贈り物を送ってきたらしい。


 「あら、意外とマメな人ね。中身は何かしら?」


 箱を開けると、中にはぎっしりと詰まった『手作りのお守り』が入っていた。

 泥をこねて焼いただけの素朴なものだけれど、一つ一つに子供たちの祈りが込められているのが分かる。

 形は……なんだか奇妙な生き物を模しているわね。

 平べったい体に、つぶらな瞳。

 これは、オオサンショウウオ?


 「手紙が入っていますよ。『フン、子供たちがどうしても送りたいとうるさいから、仕方なく送ってやる。別に礼はいらん。……キンギョ』だそうです」


 ケイナが苦笑いしながら手紙を読み上げる。

 相変わらずのツンデレっぷりね。

 でも、このお守りからは、神父の不器用な優しさと、子供たちの純粋な感謝が痛いほど伝わってくるわ。


 「……ヨッチャンね」


 私はお守りの一つを手に取り、懐かしそうに呟いた。

 前世の子供の頃、私が大切にしていたムツゴロウのぬいぐるみにそっくりだわ。

 そういえば、母の日記にも書いてあったっけ。

 イマクサには、古くから伝わる『泥の精霊ヨッチャン』という守り神がいるって。


 「お守りか……。悪くないわね。これを『会員特典』として配れば、さらに支援の輪が広がるかもしれない」


 私はすぐにスノッツティを呼び、お守りの加工を指示した。

 泥人形の表面にコーティングを施し、ストラップとして携帯できるようにする。

 さらに、微弱な『守護』の魔法を付与すれば、立派な魔導具グッズの完成よ。


 「いい? これを『イマクサ限定・聖女の守り神』として売り出すの。売上は全額、現地の孤児院に寄付するわ」


 「ラジャー! 僕のセンスで、最高にキュートなマスコットに仕上げてみせるよ!」


 スノッツティが嬉々として作業に取り掛かる。

 こうして、王都では『ヨッチャンブーム』が巻き起こり、イマクサへの関心はさらに高まっていった。


 そんな中、現地から不穏な報告が入ってきた。

 パンギュウ教が、私たちの支援活動を妨害し始めたというのだ。


 『報告します。教団の信者たちが、支援物資の受け取りを拒否するよう、村人たちを脅しています。「異教徒の施しを受けるな」「パンギュウ様の怒りを買うぞ」と……』


 ディーノからの通信に、私は眉をひそめた。

 やっぱり、そう来るわよね。

 彼らにとって、私たちは信者を奪う商売敵だもの。


 「……面倒くさい連中ね。でも、力ずくで排除するのは二流のやり方よ」


 私は端末の画面を切り替え、イマクサの地図を表示させた。

 教団の本拠地がある広場と、私たちの支援センターの位置関係を確認する。


 「彼らが『信仰』を武器にするなら、こっちは『実利』で対抗するわ。ケイナ、次の輸送便に『アレ』を積んで。それと、キンギョ神父にも協力を要請して」


 「アレ、ですね? かしこまりました! 神父様も、子供たちのためなら協力してくださるはずです!」


 私はニヤリと笑った。

 パンギュウ教の教義は『パンを膨らませて空腹を満たす』こと。

 なら、こっちは『もっと美味しくて、もっと栄養のあるもの』でお腹も心も満たしてあげる。

 食欲という人間の根源的な欲求の前には、どんな教義も無力だということを教えてあげるわ。


 「さあ、料理対決の始まりよ! 私の特製レシピで、あのカルト教団を胃袋から制圧してやるんだから!」


+++++++


 イマクサの支援センターの横に、突如として出現した屋台。

 そこから漂う甘く香ばしい匂いは、飢えた人々の胃袋を鷲掴みにするには十分すぎる破壊力を持っていた。

 私が送り込んだ秘密兵器、揚げたての『ボンボローニ』だわ。


 「さあ、寄ってらっしゃい! 王都で大人気の揚げパンだよ! 今なら無料で配ってるぜ!」


 現地スタッフ(以前に捕まえて働かしている元盗賊団)が威勢よく呼び込む。

 最初は警戒していた村人たちも、一人、また一人と誘惑に負けて手を伸ばし、その味を知った瞬間、虜になっていく。


 「うめぇ! なんだこれ、甘くてフワフワだ!」

 「パンギュウ様のパンより美味いぞ!」


 その騒ぎは、広場の反対側で説法をしていたパンギュウ教の信者たちにも届いた。

 彼らは「異教徒の毒だ!」と叫んで制止しようとするが、漂ってくる匂いには抗えない。

 信心深いはずの彼らが、涎を垂らしながら列に並び始める始末だ。


 「……あらあら。信仰心も、食欲の前には無力ね」


 私は王都からモニター越しにその様子を眺め、優越感に浸っていた。

 そこへ、一人の少女がふらふらと近づいてくるのが見えた。

 純白の法衣を纏った、教祖チアキ・ワカタだ。


 「くんくん……。なにこれ、すごいいい匂い……」


 彼女は屋台の前で立ち止まり、じっとボンボローニを見つめている。

 その瞳は、教祖としての威厳など欠片もなく、ただのお腹を空かせた女の子のものだった。


 「どうぞ、教祖様も。毒なんて入ってませんよ」


 スタッフが差し出すと、彼女は迷わずにかぶりついた。

 砂糖が口元につき、クリームが溢れ出す。


 「んん〜っ! おいしい〜! これ、マジやばい! 超ウケる〜!」


 その瞬間、彼女の脳内に電流が走ったように見えた。

 口調が崩れ、前世の『おバカタレント』としての人格が表に出てきたのだ。


 「あれ?

 私、なんでこんな変な服着てるんだっけ?

 ていうか、これボンボローニじゃん!

 ちょう懐かしい〜!」


 チアキはパニックになりながらも、パンを食べる手は止めない。

 周囲の信者たちが「教祖様!?」とざわめくが、彼女は耳を貸さない。


 (……やっぱり。彼女、記憶がないんじゃなくて、封印されていただけなのね)


 私は確信した。

 彼女を操っている黒幕が、都合のいいように記憶を改竄していたのだ。

 でも、味覚という強烈な刺激が、その封印にひびを入れた。


 「おい、何をしてる! チアキ様をお連れしろ!」


 慌てて駆けつけてきた教団の幹部たちが、チアキを無理やり引き剥がして連れ去っていく。

 彼女は「まだ食べたい〜!」と駄々をこねていたけれど、その姿はもはや神聖な教祖ではなく、ただの食いしん坊だった。


 「……勝負あり、ね」


 私はカップを置いた。

 この一件で、パンギュウ教の権威は地に落ちた。

 人々は気づき始めている。

 本当に自分たちを救ってくれるのは、怪しい教義ではなく、確かな技術と美味しい食事なのだと。


 「お嬢様、すごいです! 敵のトップを、パン一個で無力化してしまうなんて!」


 ケイナが興奮して拍手をする。

 ディーノもモニターの向こうで親指を立てている。


 「へっ、さすが姐さん。あのおバカ娘、完全にこっちのペースだぜ」


 「ええ。でも、これで終わりじゃないわ。幹部たちは焦って、次はもっと強硬な手段に出てくるはずよ。……準備はいいわね、キンギョ神父?」


 私は通信機のチャンネルを切り替えた。

 孤児院の礼拝堂で、神父が不敵な笑みを浮かべているのが見える。


 『フン、いつでも来い。子供たちの未来のためなら、悪魔とだって踊ってやるさ』


 頼もしいわね。

 イマクサの夜明けは近い。


 私のリフォームは、いよいよ核心へと迫っていくわ。


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