第66話 魔法の修復屋、深夜の遠隔お直し
王都から出発した『フロンティア・テキスタイル』の大輸送隊は、ロドリの手配した高速馬車と、バルガス船長の快速船に分かれてイマクサへと向かっていた。
私は工房に設置した魔導端末、親機の前に陣取り、リアルタイムで送られてくる報告をチェックしている。
『こちら輸送部隊。現在、街道の難所を通過中。ポチMk-IIの量産型「番犬くん」が盗賊を撃退しました』
『こちらバルガス。海路は順調だ。公爵の艦隊を見かけたが、改良した魔導エンジンでぶっちぎってやったぜ!』
ディスプレイに流れる文字を見て、私は安堵の息を吐いた。
物流ラインは確保できた。
次は、現地での『受け入れ態勢』を整える番ね。
「ケース、移動中継局の接続状況は?」
「良好です! 現地の魔力濃度に合わせて、信号強度を調整しました。これで王都からでも、イマクサの状況を手に取るように把握できます!」
ケースが誇らしげに答える。
彼の作った中継局のおかげで、私は離れた場所にいながらにして、まるでその場にいるかのように指示を出せるようになった。
いわば、異世界版のリモートワークね。
「よし。じゃあ、まずは現地の『拠点』を作りましょうか」
私は端末のキーボードを叩き、輸送隊に積んである『圧縮コンテナ』の一つを遠隔操作で解凍した。
場所は、イマクサの港に近い広場。
ボォン! という音と共に、巨大なテントが一瞬にして展開される。
ただのテントじゃない。
私の魔法糸で補強された、防寒・防風・防音完備の『簡易避難所』だわ。
「さあ、開店よ。現地のスタッフたち、配置について!」
私がマイク(魔導音声入力機)に向かって叫ぶと、現地に待機していたロドリ商会の従業員たちが動き出した。
彼らはテントの中に炊き出し用の大鍋を並べ、私が王都から送った乾燥野菜や干し肉を放り込んでいく。
グツグツと煮えるスープの香りが、ディスプレイ越しにも伝わってきそうだわ。
「いい? ただ配るだけじゃダメよ。一人一人に声をかけて、困っていることを聞き出しなさい。それが次の商品開発のヒントになるんだから」
私の指示に従い、従業員たちは集まってきた領民たちに温かいスープを振る舞い始めた。
飢えと寒さに震えていた人々が、スープを口にした瞬間、その顔に生気が戻っていく。
やっぱり、食事は基本ね。
けれど、それだけじゃ足りない。
彼らの着ている服はボロボロで、寒さを防ぐにはあまりにも薄すぎる。
パンギュウ教が配っているという『ふくらし粉入りのパン』を食べても、体は温まらないし、心も満たされないでしょう。
「……やるわよ、ケイナ。今夜は徹夜でお直し祭りよ」
「はい、お嬢様! 準備はできています!」
私は工房の奥に積み上げられた、王都中の貴族から回収した古着の山に向き直った。
これらは全て、流行遅れになったり、少し汚れただけで捨てられた服たちだ。
でも、素材は一級品。
私が手を加えれば、新品以上の機能性防寒着に生まれ変わる。
「ショウちゃん、影銀糸を最大出力で供給して! ケース、転送陣の座標合わせを頼むわ!」
『フン、人使いの荒い女め。だが、面白い。やってやろう』
「座標固定、完了! いつでも転送できます!」
私は銀の針を構え、古着の山に飛び込んだ。
目にも止まらぬ速さで糸を操り、生地を裁断し、縫い合わせ、新たな魔力回路を刻み込んでいく。
ドレスをコートに、ズボンを裏起毛の作業着に。
貴族の贅沢品が、庶民のための命を守る衣類へと変貌を遂げる。
「リフォーム完了! 転送ッ!」
私が指を鳴らすと、完成した服の山が光に包まれ、空間の彼方へと消えていった。
数秒後、イマクサのテントの中に、山のような防寒着が出現したとの報告が入る。
『おおおっ! 魔法だ! 天から服が降ってきたぞ!』
『あったかい……! こんな立派な服、見たことねえ!』
現地のどよめきが、端末を通じて聞こえてくる。
私は汗を拭い、満足げに笑った。
「ふふっ。これがフロンティア・テキスタイルの『即日配送サービス』よ。パンギュウ教の怪しいパンなんかより、よっぽどありがたみがあるでしょ?」
「お嬢様、すごいです! でも、こんなに大量の服を一晩で作るなんて……お体は大丈夫ですか?」
「平気よ。アドレナリンが出てるからね。さあ、次は子供服よ! サイズを調整して、もっと可愛くしてあげる!」
私は休むことなく針を動かし続けた。
王都の工房と、辺境のイマクサ。
物理的な距離は離れていても、私の糸は確実に繋がっている。
この『遠隔お直し』こそが、領地経済を立て直すための第一歩なのだから。
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私の『遠隔お直し』によって届けられた大量の防寒着は、瞬く間にイマクサの人々に行き渡った。
ディスプレイに映し出される映像には、真新しい服に袖を通し、涙を流して喜ぶ人々の姿があった。
子供たちははしゃぎ回り、老人たちは手を合わせて拝んでいる。
「……よかった。これで少なくとも、凍え死ぬ人はいなくなるわ」
私は肩の力を抜いた。
けれど、安堵するのはまだ早い。
この支援活動は、当然ながら面白くない連中を刺激することになる。
画面の端に、白い装束を纏った集団が映り込んだ。
パンギュウ教の信者たちだ。
彼らは手に手に棍棒や石を持ち、支援センターのテントを取り囲もうとしている。
「来たわね。せっかくの善意を邪魔するなんて、いい度胸だわ」
「お嬢様、敵の数はおよそ30! 現地のスタッフだけでは防ぎきれません!」
ケイナが悲鳴を上げる。
確かに、炊き出し班は戦闘のプロじゃない。
でも、私には頼もしい『番犬』がいる。
「ディーノ、聞こえる? 『番犬くん』たちの準備はいい?」
『おうよ。いつでも行けるぜ。こいつら、ウズウズしてやがる』
通信機からディーノの声が返ってくる。
彼は現地で指揮を執り、輸送隊に紛れ込ませていたポチの量産型――『番犬くん1号』たちを待機させていたのだ。
「作戦開始。殺しちゃダメよ。あくまで『追い払う』だけにしてね」
「了解。……野郎ども、出番だ! 吠えろ!」
ディーノの号令と共に、テントの影から10体の『番犬くん』が飛び出した。
見た目は可愛い犬のぬいぐるみだが、その中身は私が調整した魔導ゴーレム。
動きは俊敏で、その装甲は鉄の棍棒すら弾き返す。
「な、なんだこの犬は!? やっちまえ!」
教団のリーダー格が叫ぶが、番犬くんたちはひらりと攻撃をかわし、逆に相手の足元に滑り込んで転倒させる。
さらに、口から『粘着ネット』を発射し、暴れる信者たちを次々と捕獲していく。
「わんわん!(そこだ! 右!)」
「ぐるるっ!(確保完了!)」
番犬くんたちの連携は完璧だった。
彼らはポチの思考データを共有しているため、一糸乱れぬチームワークを発揮できるのだ。
あっという間に、襲撃者たちは簀巻きにされて転がされた。
「ひ、ひぃぃぃ! 化け物だ! 逃げろぉぉ!」
残った信者たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その様子を見て、テントの中にいた領民たちが歓声を上げる。
「すげえ! あの犬、俺たちを守ってくれたぞ!」
「やっぱり、あの服を送ってくれた人は、本物の聖女様なんだ!」
画面越しに聞こえる『聖女』という言葉に、私は少しだけ背中が痒くなった。
聖女なんてガラじゃないのに。
でも、彼らにとって希望が必要なら、喜んで演じてあげるわ。
「……ふふっ。いい宣伝になったわね。これで『番犬くん』の売上も倍増よ」
私はちゃっかりと商売っ気を出した。
この映像を編集して、王都の店で流せば、防犯グッズとしての需要が高まるはずだわ。
「お嬢様、素晴らしいです! これでイマクサの拠点も守れましたね!」
「ええ。でも、これはまだ序の口よ。教団の背後には、もっと大きな闇がいる。……チアキ・ワカタ。彼女もまた、利用されている被害者の一人に過ぎないのかもしれないわ」
私はディスプレイに映る、遠くの丘を見つめた。
そこには、パンギュウ教の本拠地である巨大なテントが張られている。
あの中で、あのおバカな転生者が何をしているのか。
そして、彼女を操る黒幕が何を企んでいるのか。
「待ってなさい。近いうちに、そっちにも『お直し』に行ってあげるから」
私は作業台に戻り、次の支援物資の準備を始めた。
夜はまだ長い。
私の針仕事は、世界を救うまで終わらないのよ。




