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第65話 領都に広がる『綻び』の匂い、そしてパンの誘惑

 王都でのビジネスが順調に回り始めたある日。

 ロドリが血相を変えて店に飛び込んできた。

 彼の手には、イマクサへ派遣していた密偵からの緊急レポートが握られている。


 「ストレイ様! 大変です! イマクサが……イマクサが地獄絵図になっています!」


 「落ち着いて、ロドリ会長。深呼吸して、ゆっくり話しなさい」


 私は彼をソファに座らせ、水を差し出した。

 ロドリは一気に飲み干すと、震える手でレポートを広げた。


 「……これを見てください。現地の協力者が、命がけで送ってきた写真です」


 そこには、目を覆いたくなるような光景が焼き付けられていた。

 痩せ細った子供たちが泥水を啜り、路上には行き倒れた人々が転がっている。

 かつて母が愛した美しい港町は、見る影もなく荒廃していた。


 「原因は、飢饉と重税です。旦那様……いや、リックザク子爵が投資詐欺の穴埋めのために、領民から根こそぎ搾取していたのです。今年の冬を越せる食料備蓄は、ゼロに近いとか」


 「……あの男、どこまで屑なの」


 私はギリリと歯を食いしばった。

 父の無能さが、ここまで深刻な事態を招いているとは。

 しかも、問題はそれだけではなかった。


 「さらに厄介なのが、この集団です」


 ロドリが指差したのは、広場でパンを配っている白い服の集団の写真だった。

 彼らの中心には、パンの形をした奇妙な杖を持つ少女が立っている。


 「新興宗教『パンギュウ教』。教祖の名はチアキ・ワカタ。彼女は『パンを膨らませれば、みんなのお腹もいっぱいになる!』と説いて回り、魔法のようなふかふかのパンを無料で配っているそうです」


 「……チアキ・ワカタ。やっぱり、彼女が関わっていたのね」


 私はため息をついた。

 前世のおバカタレント、若田千秋。

 彼女の善意が、最悪の形で利用されている。

 レポートによれば、そのパンには強い中毒性があり、一度口にすると教団の言いなりになってしまうという。

 飢えた人々にとって、それは救いではなく、魂を縛る鎖だわ。


 「さらに、山岳部では異民族の獣人たちが武装蜂起しました。彼らもまた、飢えに耐えかねて里を襲い始めています。このままでは、イマクサは内戦状態になりますぞ!」


 ロドリが悲痛な声を上げる。

 飢餓、カルト、内戦。

 役満ね。

 普通の領主なら、荷物をまとめて夜逃げするレベルだわ。


 でも。

 私は立ち上がり、工房の壁に掛けられたイマクサの地図を見上げた。

 そこには、母が教えてくれた『秘密の場所』が印されている。

 観光資源となる美しい海岸線、魔石が眠る鉱山、そして魔導伝送率を高めるレアメタル『魔導泥』が採れる湿地帯。

 イマクサは、磨けば光るダイヤモンドの原石なのだ。


 (母様は知っていたのね。この土地の価値を。そして、それを守る難しさを)


 「ロドリさん。今すぐ輸送隊を編成して。食料、衣類、医薬品。ありったけの物資をイマクサへ送るわよ」


 「し、しかし! 街道にはまだ残党がいますし、海路も公爵の艦隊が……!」


 「金ならあるわ。傭兵でも何でも雇いなさい。それに、海路にはバルガス船長がいる。彼ならやってくれるはずよ」


 私は通信端末、リュック型の受話器を取り、バルガスへの回線を開いた。

 ザザッというノイズの向こうから、波の音と野太い声が聞こえてくる。


 『……おう、ボスか。ちょうどいいところに連絡を寄越したな。公爵の艦隊と一戦交えて、土手っ腹に風穴を開けてやったところだ』


 「相変わらず派手ね。バルガス、急ぎの仕事よ。王都の港から物資を積んで、イマクサへ直行して。積み荷は『希望』よ」


 『へっ、了解だ。久しぶりに痺れる航海になりそうだぜ』


 通信を切ると、私は次にケースを呼んだ。


 「ケース、例の『魔導ネット』の構築、どこまで進んでる?」


 「王都周辺の中継局はほぼ完成しています! ただ、イマクサまでの長距離通信となると、中継地点が足りません!」


 「なら、移動中継局を作りなさい。バルガスの船と、輸送隊の馬車に積むの。現地に着いたら、そこを拠点にして情報網を広げるわ」


 「りょ、了解です! 無茶振りですが、やってみせます!」


 ケースが涙目で作業に戻る。

 これで、物流と情報のラインは確保できる。

 あとは、現地の人々の心をどう掴むかだわ。


 「フラッペ、出番よ。ポチと一緒に、この情報を拡散して。……魔導端末を使うわよ」


 私は端末のキーボードを叩き、全会員に向けてメッセージを一斉送信した。

 表示できる文字数は限られているけれど、だからこそインパクトがあるのよ。


 『イマクサ キュウサイ 1000P ミセへ』


 送信ボタンを押した瞬間、王都中の端末ポケベルが一斉に鳴り響いた。

 ピピピピピッ!

 街ゆく人々が腰の端末を確認し、顔を見合わせる。


 「なんだこれ? 1000ポイント?」

 「店に行けば分かるのか?」


 数分後。

 店の前には、ポイント目当ての会員たちが大挙して押し寄せてきた。

 私は店頭に設置した大型ディスプレイ(魔導スクリーン)に、イマクサの惨状と支援キャンペーンの詳細を映し出した。


 「皆さん、見てください! 私たちの故郷、イマクサが泣いています! 支援物資を寄付してくれた方には、特製ポイント1000Pプレゼント! さらに、現地ボランティアに参加した方には、限定レアアバター、着せ替えを配布します!」


 画面に映し出される悲劇と、魅力的な報酬。

 人々の心に、善意と欲望の火が同時に点いた瞬間だった。


 「おおおっ! 俺の古着でいいなら持っていくぜ!」

 「限定アバター!? 欲しい! 私、行きます!」


 店先は熱狂の渦に包まれた。

 さあ、見せてあげるわ。


 人の善意と欲望を巧みに操る、究極の『ポイ活』の力をね!


++++++++


 私の呼びかけは、王都中に波紋のように広がっていった。

 店の前には、支援物資を持った人々が長蛇の列を作っている。

 古着、缶詰、毛布。

 中には、自分の大切なおもちゃを握りしめてきた子供もいたわ。


 「みんな、ありがとう! ポイントはしっかりつけるからね!」


 ケイナとフラッペが受付で奮闘し、スノッツティが端末を操作してポイントを付与していく。

 その光景を見て、私は確信した。

 人は、きっかけさえあれば誰かのために動けるのだと。

 もちろん、多少の『餌』ポイントは必要だけどね。


 そんな中、一台の荷馬車が到着した。

 御者台に座っていたのは、見覚えのある強面の男。

 孤児院を運営するキンギョ神父だ。


 「おい、ストレイ! これを持っていけ!」


 彼が荷台の幌をめくると、そこには丁寧に畳まれた子供服や、手作りのお守りがぎっしりと詰まっていた。

 どれも古布を継ぎ接ぎしたものだけれど、一針一針に込められた愛情が伝わってくる。


 「……神父様。これ、孤児院の子供たちが?」


 「フン、倉庫の掃除をしたら出てきたゴミだ。処分に困っていたから、くれてやるだけだ」


 神父はそっぽを向いて悪態をつく。

 けれど、その目尻には微かに光るものがあった。

 自分たちも貧しいのに、さらに苦しい誰かのために手を差し伸べる。

 このツンデレ神父、本当にいい性格してるわ。


 「ゴミだなんて。これは最高の『宝物』よ。向こうの子供たちも、きっと喜ぶわ」


 私は深く頭を下げた。

 神父は「勝手にしろ」と鼻を鳴らし、逃げるように馬車を出した。

 その背中に、私は心の中で感謝の祈りを捧げたわ。


 一方、遠く離れたイマクサの地では、別の『救済』が行われていた。

 広場に集まった飢えた人々の前で、純白の法衣を纏った少女、チアキ・ワカタが声を張り上げている。


 「さあ、皆さん! パンギュウ様の奇跡をご覧あれ! この小さなパンが、皆さんの信仰心で大きく膨らむのです!」


 彼女が杖を振ると、カゴの中のパン生地がムクムクと膨れ上がり、数倍の大きさになった。

 ただの発酵現象だけれど、飢餓に苦しむ人々には神の御業に見えるのだろう。

 歓声が上がり、人々がパンに群がる。


 「ああ、パンギュウ様! ありがとうございます!」

 「これで子供が助かる!」


 チアキは満面の笑みでパンを配る。

 その瞳には一点の曇りもない。

 彼女は本気で、自分が人々を救っていると信じているのだ。


 けれど、その舞台裏では。

 教団の幹部たちが、薄暗いテントの中で密談を交わしていた。

 その様子を、物陰からディーノが息を殺して見つめている。


 「ククク……チョロいもんだな。あのバカ女、自分が何を配っているかも知らずに」


 幹部の一人が、パン生地に怪しげなピンク色の粉を混ぜ込んでいく。

 『夢中粉』。

 強力な依存性と、思考力を奪う副作用を持つ違法薬物だ。


 「これを食わせれば、奴らは一生我々の奴隷だ。金も労働力も、搾り取り放題だぞ」


 「ああ。バルバロス公爵もお喜びになるだろう」


 ディーノは拳を握りしめた。

 純粋な善意が悪意に利用され、弱者がさらに搾取される構図。

 それは、彼が最も嫌悪する『不条理』そのものだった。


 (……待ってろよ、クソ野郎ども。姐さんの準備が整ったら、その歪んだ祭壇ごとひっくり返してやるからな)


 ディーノは静かにその場を離れ、通信機を取り出した。

 王都へ向けて、決定的な証拠となる映像(魔導カメラで撮影)を送信する。


 『証拠確保。……姐さん、いつでもいけるぜ』


 王都の工房で、私はその報告を受け取った。

 ディスプレイに映し出されるチアキの笑顔と、幹部たちの邪悪な笑み。

 その対比が、私の中の『正義感』に火をつける。


 「ありがとう、ディーノ。……さあ、反撃の狼煙を上げるわよ」


 私は立ち上がり、集まった支援物資の山を見渡した。

 ここにあるのは、ただの物じゃない。

 人々の『想い』という名の、最強のエネルギーだ。


 「ロドリさん、輸送隊出発! バルガス船長、出航用意! 私たちの『本物の救済』を、イマクサに叩き込んでやるのよ!」


 私の号令と共に、フロンティア・テキスタイルの大船団が動き出した。


 目指すは東の果て、イマクサ。


 偽りの奇跡を打ち砕く、真実のショータイムが幕を開ける。


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