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第64話 究極の防犯システム『ポチMk-II』


 魔導端末を通じてポチとの会話に成功したフラッペは、毎日のように新しい言葉を教え込んでいた。


 『お散歩』『ごはん』『大好き』


 ディスプレイに浮かぶ拙い文字の羅列は、確かにポチという魂がそこに存在している証だった。


 けれど、その魂の器である人形のボディは、限界を迎えていたわ。


 「……姉上。ポチの腕、また糸が解れちゃった。中の綿が出てきそうだよ」


 フラッペが泣きそうな顔で、ボロボロになったポチを抱えてくる。

 もともと粗悪な布で作られた上に、アイリスの呪いで無理やり動かされていたのだから、ガタが来るのも当然ね。


 縫い直しても縫い直しても、生地自体が劣化して崩れていく。


 「これは……もう寿命ね。このままじゃ、魂を繋ぎ止めておくことも難しくなるわ」


 私が診断を下すと、フラッペの顔から血の気が引いた。


 「そんな……! ポチがいなくなるなんて、嫌だよ! 何とかしてよ、姉上!」


 「落ち着きなさい。誰が『終わり』だなんて言ったの? 服が古くなったらどうする? 新しいのに着替えるでしょ?」


 私はニヤリと笑い、工房の奥にある作業台を指差した。

 そこには、私が夜なべして準備していた『新しい素材』が積まれている。

 地下水道で手に入れたキメラの皮、高純度のミスリル銀、そしてショウちゃんから提供してもらった影銀糸の束。


(巻き上げたともいう)


 「ポチには、新しい体が必要よ。それも、ただのぬいぐるみじゃない。イマクサの過酷な環境にも耐え、あんたを守り抜く『最強のボディ』がね」


 「最強の……ボディ?」


 「ええ。名付けて『ポチMk-II』計画よ。やるからには徹底的にやるわ。フラッペ、あんたも手伝いなさい。これはあんたの相棒なんだから」


 「うん! やる!」


 フラッペが目を輝かせる。

 私たちは早速、ポチの魂を一時的に魔石へと退避させ、新しい器の製作に取り掛かった。


 まずは骨格。

 スノッツティに特注したミスリル製のフレームを組み上げ、関節部分には魔力で駆動する人工筋肉を配置する。

 これにより、犬のような俊敏な動きと、ゴーレムのようなパワーを両立させる。


 「すごい……。これ、本当にぬいぐるみの中に納まるの?」


 「納めるのよ。それがプロの技だもの」


 次は外装。

 キメラの皮をなめし、特殊な染料で愛らしい茶色に染め上げる。

 見た目はモフモフの犬だけど、その強度はドラゴンの鱗並み。

 さらに、毛の一本一本に『自動修復』と『結界展開』の魔法を編み込んでいく。


 「ケース、魔力回路の接続はどう?」


 「完璧です社長! ポチさんの魂の波長に合わせて、最適化してあります! これなら思考のラグもゼロですよ!」


 ケースが魔導顕微鏡を覗きながら叫ぶ。

 そして、仕上げは私の仕事。

 新しいボディに、魂の入った魔石を埋め込み、全てのパーツを影銀糸で縫合する。

 一針一針に、フラッペの願いと、私の技術を込めて。


 「……よし、完成。起動シークエンス、スタート!」


 私が魔力を流し込むと、作業台の上の『新しいポチ』が、ビクリと震えた。

 そして、ゆっくりと瞼を開く。

 そこには、以前のような赤い光ではなく、澄んだブルーの瞳が輝いていた。


 「わんっ!」


 元気な鳴き声と共に、ポチが飛び起きる。

 その動きは滑らかで、まるで生きている犬そのものだ。

 フラッペが感極まって抱きつくと、ポチは嬉しそうに尻尾を振って応えた。


 「ポチ! ポチぃぃぃ!」


 「よかったわね。でも、驚くのはまだ早いわよ」


 私はポチの背中にある隠しジッパーを開け、そこからケーブルを引き出した。

 それを、例の『魔導端末』リュック型に接続する。


 「リンク開始。……ポチ、調子はどう?」


 端末のディスプレイに、文字が流れる。


 『ポチ:からだ かるい。 ちから あふれる。 フラッペ まもる 準備 かんりょう』


 「喋った! すごいよ姉上! ポチが喋ってるみたいだ!」


 「ふふっ、これなら意思疎通もバッチリね。それに、このボディには他にも秘密があるの」


 私が指を鳴らすと、ポチの口がガシャッと開き、中から小型の『捕獲ネット発射装置』が飛び出した。

 スノッツティ特製のギミックだ。


 「不審者が来たら、これで一網打尽よ。まさに究極の番犬ね」


 「かっこいい! これで泥棒が来てもへっちゃらだね!」


 フラッペとポチが顔を見合わせて笑う。


(ポチは表情筋がないけど、雰囲気で分かるわね)


 これで、フラッペを守るための最強の盾と剣が揃った。

 彼がイマクサへ行っても、これなら安心ね。


 「さあ、テスト運用よ! 裏庭で運動性能をチェックするわ!」


 私たちは意気揚々と工房を出た。


 新しくなったポチが、庭を駆け回る姿を想像しながら。


 この技術が、やがてイマクサの開拓を支える重要な『戦力』になるとは、まだ誰も気づいていなかったけれど。


++++++++


 裏庭でのテスト運用は、期待以上の結果だったわ。


 ポチMk-IIは、私が投げたフリスビーを空中でキャッチし、同時に庭に侵入しようとしたネズミをネットで捕獲するという離れ業をやってのけた。


 その動きは、本物の犬よりも俊敏で、ゴーレムよりも正確だ。


 「すげえな。こいつがいれば、俺の出番がなくなるぜ」


 ディーノが感心したように口笛を吹く。

 彼はポチの装甲をコンコンと叩き、その硬度を確かめていた。


 「で、姐さん。まさかこれをフラッペのためだけに作ったわけじゃねえよな?」


 「あら、バレた? もちろん、これはプロトタイプよ」


 私はニヤリと笑い、懐から設計図を取り出した。


 そこには、ポチをベースにした『量産型警備ゴーレム』の構想が描かれている。

 素材を安価な魔獣の皮に落とし、機能を『監視』と『威嚇』に絞ることで、一般家庭でも導入可能な価格帯に抑える。


 「名付けて『番犬くん1号』よ。

 王都の治安悪化に悩む商店や、貴族の屋敷向けに売り出すの。ポチの魂のデータをコピーして簡易的な人工知能として搭載すれば、躾の手間もいらないわ」


 「人工知能のコピーかよ。倫理的にギリギリな気もするが……まあ、売れるだろうな。最近、物騒だからよ」


 ディーノが苦笑いする。

 実際、王都ではパンギュウ教の影響か、原因不明の窃盗や暴動が増えているらしい。

 人々の不安は、私たちにとっての商機だわ。


 王都の不安を綺麗にクリーニング。

 まさしく、お直しは私たちの領域ね。


 「フラッペ、どう? ポチの兄弟たちが増えるのは嫌?」


 私が尋ねると、フラッペはポチを抱きしめながら首を横に振った。


 「ううん! ポチがみんなを守るヒーローになるなら、僕は嬉しいよ! ね、ポチ?」


 『ポチ:みんな まもる。 ぼく リーダー』


 ディスプレイに表示された文字を見て、私たちは顔を見合わせて笑った。

 これで、フロンティア・テキスタイルに新事業『セキュリティ部門』の設立が決定ね。


 「よし、スノッツティ!

 量産ラインの構築を頼むわよ!

 ケースはAIの最適化を!

 ディーノは営業活動!」


 「ラジャー! 僕の美学で、最高にキュートな番犬を作ってみせるよ!」

 「はいっ! 思考ルーチンのバグ取り、急ぎます!」

 「へいへい。また忙しくなるな」


 工房が再び活気づく。


 私たちは夜遅くまで、新しい事業の準備に追われた。


++++++


 窓の外には満月が輝き、王都の平和を照らしているように見えた。


 けれど、その光が届かない地下深くでは、別の『開発』が進んでいたことを、私たちはまだ知らなかった。


 王都の地下水道、その最深部にある隠しドック。


 そこには、バルバロス公爵の紋章が刻まれた、巨大な鉄の塊が鎮座していた。

 それは、私の作ったポチとは比べ物にならないほど禍々しく、殺意に満ちた形状をした『軍事用魔導兵器』だった。


 「……ククク。あの小娘が王都で商売ごっこに興じている間に、こちらは『本物』を完成させたぞ」


 公爵の手先である魔導技師が、歪んだ笑みを浮かべてスイッチを入れる。


 彼らはストレイが何を作っているかは知らないが、彼女が王都で成功し、力をつけていることだけは察知していた。

 だからこそ、対抗手段としてこの怪物を目覚めさせたのだ。


 ブゥン……という重低音と共に、鉄の塊の目が赤く発光した。


 「ターゲット確認。ストレイ・フロンティア。排除モード、起動」


 機械音声が響き渡る。

 それは、私たちの希望を踏み潰すために作られた、悪意の結晶。

 嵐の前の静けさは終わり、次なる戦いの幕が上がろうとしていた。


 「……ん? 何か寒気がしたわね」


 私はふと手を止め、窓の外を見た。

 ただの夜風かしら。

 いいえ、私の『勘』が告げている。

 もっと大きな、もっと厄介な『綻び』が近づいていると。


 「みんな、気を引き締めて。……どうやら、本当の勝負はこれからみたいよ」


 私は、魔導できた魔槍ほどの銀の針を握りしめた。


 どんな敵が来ようと、私たちが縫い上げた絆は切らせない。


 ポチ、フラッペ、そして仲間たち。

 全員で、この理不尽な世界を生き抜いてやるわ!


 さあ、次のステージへ。


 領地経済の闇に切り込む『遠隔リフォーム』の始まりよ!



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