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第63話 捨てられた人形と、拾い上げた勇気


 アイリスが泥まみれになって逃げ去った翌日。


 店にはいつも通りの活気が戻っていたけれど、工房の奥では少し重苦しい空気が流れていた。


 フラッペが、ゴブリン人形から改造されたポチを抱きしめたまま、うずくまっていたからだ。


 彼は昨日の騒動を、物陰から見ていたらしい。

 尊敬していた母が、あんな無様な姿で逃げ惑い、最後には自分を捨てて保身に走ったこと。


 そして、自分が大切にしていたポチが、母の手によってただの『兵器』として利用されていたこと。

 その事実は、彼の幼い心を粉々に砕くには十分すぎたわ。


 「……姉上。僕、もういらないよ」


 フラッペが掠れた声で呟く。

 彼はポチを床に置き、震える手で突き放した。


 「僕には、これを持つ資格がない。母上と同じだ。僕もポチを、ただの自分の寂しさを埋める道具にしてたんだ」


 「……そう思うなら、捨てればいいわ」


 私は作業の手を止めずに答えた。

 冷たいようだけど、ここで私が「そんなことないよ」と慰めても、彼の傷は癒えない。

 自分で答えを出さなきゃ、意味がないのよ。


 「でも、覚えておきなさい。一度捨てたものは、二度と戻ってこない。それが命でも、人形でもね」


 フラッペはビクリと肩を震わせ、ポチを見つめた。

 ポチは動かない。

 ただの継ぎ接ぎだらけの人形として、主人の決断を待っている。


 その時、店の入り口から大きな荷物を背負ったケースとスノッツティが入ってきた。

 彼らの背中には、小型冷蔵庫くらいの大きさがある巨大な金属の箱が括り付けられている。


 「ふぅ、重かった! これが最新型の『魔導受信機』サーバー・ユニットだよ!」


 「ハロー! 設置場所はどこだい? 魔力波の入りが良い窓際がいいな!」


 彼らが運んできたのは、私が設計した魔導ネットワークの中核となる装置だ。

 まだ試作段階で、サイズは巨大だし、魔力消費も激しいけれど、これがあれば会員証、ポイントカードを通じた文字情報の送受信が可能になる。


 いわば、この世界における『携帯電話の祖先』ね。


 「ご苦労様。じゃあ、そこのカウンターの横に設置して。……あら、フラッペ? 邪魔よ」


 私が声をかけると、フラッペは慌てて道を空けた。

 しかし、その視線は巨大な装置に釘付けになっている。


 「……それ、何?」


 「これ? 『魔導通信機』の親機よ。これを使えば、遠く離れた人とも文字で会話ができるようになるの」


 「文字で……会話?」


 「ええ。例えば、イマクサにいるディーノから『今、魔獣が出た!』って連絡が来たら、私たちが即座に『了解、援軍を送る』って返信できる。便利でしょ?」


 私は得意げに説明したけれど、フラッペの反応は鈍かった。

 彼は装置よりも、その横に置かれたA4サイズほどの分厚い石板――操作端末の方をじっと見つめている。


 「……これ、僕にも使える?」


 「ええ、使い方は簡単よ。会員証をかざして、魔力を流すだけ。……やってみる?」


 私が端末を渡すと、彼は恐る恐る会員証をかざした。

 ピピッ、という電子音が鳴り、石板の表面に文字が浮かび上がる。


 『認証完了。ようこそ、フラッペ様』


 「わあっ! 文字が出た!」


 フラッペの顔がパッと輝く。

 子供は新しいオモチャが好きなのよ。

 たとえそれが、リュックサックサイズのバッテリーを背負わなきゃ動かないような代物でもね。


 「すごい……! これがあれば、ポチともお話できるかな?」


 彼がポツリと呟いた言葉に、私はハッとした。

 ポチには魂があるけれど、言葉を話すことはできない。

 でも、この端末を使えば……。


 「……できるかもしれないわね。ポチの中にある魔石を、この端末の『受信機』として登録すれば、彼の思考を文字に変換して表示できるかも」


 「本当!? やってみたい! お願い、姉上!」


 フラッペが私に縋り付く。

 さっきまでの暗い顔はどこへやら、好奇心と希望に満ちた少年の顔に戻っている。

 やっぱり、この子は根っからの『オタク気質』ね。

 ガジェット好きなところは、誰かさんに似たのかしら。


 「いいわよ。その代わり、条件がある」


 私は彼の人差し指を立てて、ポチの方を指差した。


 「ポチを捨てないこと。そして、この装置のテスト運用をあんたが担当すること。いいわね?」


 「うん! やる! 僕、絶対にやる!」


 フラッペはポチを抱き上げ、強く抱きしめた。

 ポチも嬉しそうに、短い尻尾を振っている。


 「よかったな、ポチ。これからは、もっといっぱいお話しようね」


 その光景を見て、私は小さく息を吐いた。

 クソガキの退場、そして新しい『エンジニア見習い』の誕生ね。


 彼がこの魔導端末を進化させ、やがてイマクサの開拓に欠かせないインフラを作り上げることになるなんて、今はまだ誰も知らないけれど(ほんとになるの?)。


 「さあ、仕事よ! ケース、スノッツティ、フラッペに操作方法を教えてあげて!」


 「了解です!」

 「任せてくれ!」


 工房に再び活気が戻る。


 私はその様子を眺めながら、次の計画――『魔導着メロ』の実装について、頭を悩ませることにしたわ。


++++++++


 数日後。

 店の一角に設置された魔導端末のディスプレイには、フラッペとポチの会話ログが流れていた。


 『ポチ:きょうも いい てんき』

 『フラッペ:うん。あとで散歩に行こうね』

 『ポチ:わーい さんぽ すき』


 たわいない会話だけれど、フラッペにとっては奇跡のようなやり取りだわ。

 彼は端末の操作にもすっかり慣れ、今ではケースも舌を巻くほどのタイピング速度でコードを打ち込んでいる。

 子供の適応能力って恐ろしいわね。


 「さて、私も負けていられないわ。次は『音』の革命よ」


 私は自分の端末を取り出し、作曲モードを起動した。

 目指すは、会員証から流れる『着信メロディ』の実装。

 ただの呼び出し音じゃつまらない。

 もっと個性的で、一度聴いたら耳から離れないような、インパクト抜群の曲が必要よ。


 (……そうね。やっぱりアレしかないわ)


 私は記憶の引き出しを開け、前世のピン芸人時代に作った渾身の歌ネタを引っ張り出した。


 『ボンボローニの歌』


 イタリアの揚げ菓子をテーマにした、意味不明だけど妙にノリがいいリズムネタ。

 私はそれを、魔力音のピコピコ音に変換し、データとして打ち込んだ。


 「よし、完成! 早速テスト配信よ!」


 私は送信ボタンを押した。

 瞬間、店内にいた全ての会員証から、まだ数えられるほどしか持っていないけど、一斉に軽快な電子音が鳴り響いた。


 前世時代、開拓民子として『歌ネタ』が全くウケなくてもただひたすら歌い続けていたあの時代を思い出して熱くなる。


 自然に体が動き出し、

 『ボンボローニの歌』電子音にビートを刻む。


 Yeah!!!!!

 Mic、check!、

 Bomboloni、Explosion!


 ♪~また来たブーム、懲りない【連中レンチュウ

 タピオカ、マリトッツォ、過去の【練習レンシュウ

 今度のヤツは、名前が【厳守ゲンシュウ

 言いたいだけだろ?~♪


 ♪~Here、we、go!


 ♪~インスタ映え?、

 いや実態は【ドーナツ】

 揚げパン界の、新たな【フォーマット】

 穴がないのが、最大の【ステータス】

 中身と外見、埋まらない【隔つ(ヘーダツ)】~♪


 ♪~口の周りに、白い粉【装備ソウビィ

 あざといアピール、それマジ【凶器キョウキィ

 拭かない態度は、まさに【狂気キョウキィ

 ティッシュ使えよ、マナーの【講義コウギィ】~♪


 ♪~インスタ映え?、

 ボンボローニ~ボンボローニ~

 名前の響きは、マカ【ローニィ】

 カロリー過積載、脂肪の【オーニィ

 でも食べちゃうのさ、私【トリコーニィ】~♪


 ♪~ボンボローニ~ボンボローニ~

 来年は消える、儚き【ジョニィー】

 ウェイ!

 ウェイ!

 流行りの【ポニィー】

 乗っかるうちは、私も【ポニィー】~♪


 「な、なんだこの音!?」


 「変な歌……! 頭から離れない!」


 店にいた客たちがざわめく。

 ケイナは顔を赤くして耳を塞ぎ、ディーノは腹を抱えて笑っている。


 「ぶはっ! 姐さん、これマジかよ! 異世界でこれ流すのか!?」


 「うるさいわね! これが最先端の『音楽』なのよ! 中毒性があるでしょう?」


 「ある意味な! 呪いの歌かと思ったぜ!」


 評価は賛否両論……というか、困惑一色だったけれど、結果として私の狙いは当たったわ。


 その日のうちに、「あの店に行くと変な歌が聴けるらしい」「魔除けの効果があるとかないとか」という噂が広まり、ダウンロード(操作するポイントカード内への魔力転写)を希望する客が殺到したのだ。


 「……すごい。みんな、こんな変な曲を欲しがるなんて」


 フラッペが呆れたように端末を見つめている。


 彼のポチからは、『このうた たのしい』というメッセージが届いていた。

 やっぱり、分かる子には分かるのよ。


 うんうん、そうだろう。そうだろう。


 「ふふっ。次は『綺麗なジャイ子の歌』も配信しちゃおうかしら。

 着メロ御殿も夢じゃないわね」


 私は上機嫌で次の曲を作り始めた。


 こうして、フロンティア・テキスタイルは服だけでなく、音楽でも王都のトレンドを席巻することになったのだった。


++++++


 その夜。


 店を閉めた後、私たちは久しぶりに全員で食卓を囲んだ。

 メニューは、ケイナ特製のシチューと、ロドリから差し入れられた高級パン。

 フラッペも、ポチを膝に乗せて一緒に食べている。


 「ねえ、姉上。僕、決めたよ」


 フラッペがパンをかじりながら、真剣な顔で言った。


 「僕、もっと勉強して、もっとすごい端末を作る。そしたら、イマクサの人たちにも、この楽しい気持ちを届けてあげられるでしょ?」


 「……ええ。そうね」


 私は頷いた。

 この子が、自分の力で誰かの役に立ちたいと思えるようになった。

 それだけで、私のリフォームは大成功よ。


 「頑張りなさい、フラッペ。あんたが作った端末が、いつか世界を繋ぐ糸になるかもしれないんだから」


 「うん! 任せて!」


 少年の瞳に、未来への希望が灯る。

 崩壊した家から芽吹いた、小さな、けれど確かな希望。


 それを育てるのも、私の仕事だわ。


 「さあ、明日はもっと忙しくなるわよ! 全員、しっかり食べて英気を養いなさい!」


 「「「はーい!」」」


 私たちの声が重なり、夜空へと消えていく。


 次はいよいよ、あのお騒がせ人形の『最終形態』をお披露目する時が来たようね。



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