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第61話 焼け跡の晩餐会、あるいは父の無様なダンス


 本館が焼け落ちて数日後。


 かつて豪奢な屋敷が建っていた場所は、今や黒い瓦礫の山と化していた。

 けれど、そこに漂う空気は静寂とは程遠い。


 借金取りの怒号と、父リックザクの苦悶の声が、朝から晩まで響き渡っていたわ。


 「金返せ! この嘘つき貴族め!」

 「ぐぅっ……! 待て……俺はまだ、終わっちゃいない……!」


 瓦礫の山で膝をつく父の姿は、痛々しいほどに衰弱していた。

 かつて『剛剣のリックザク』と呼ばれ、剣術大会でベスト4にまで上り詰めた男の面影は、今の彼にはない。


 彼を追い回しているのは、ディーノが手配した裏社会の借金取りたちだ。

 彼らは容赦なく石を投げ、棒で威嚇し、父を追い詰めていく。


 「へっ、口だけは達者だな。剣も握れねえくせに!」


 借金取りの一人が、父の足元に唾を吐く。

 父は震える手で腰の剣を抜こうとした。

 その目には、まだ微かに戦士の光が残っている。


 「舐めるな……! 俺は、俺はまだ戦える……!」


 彼は咆哮し、剣を振り上げた。

 その構えは、確かに一流の剣士のものだった。

 けれど、踏み込んだ瞬間、彼の足が不自然に痙攣し、身体が崩れ落ちた。


 ガシャーン!


 剣が手から滑り落ち、父は無様に地面を転がる。

 借金取りたちが嘲笑しながら囲む。


 「おいおい、ダンスの練習か? もっと上手く踊れよ!」


 「くそっ、くそぉぉぉ! なんでだ! なんで体が動かないんだ!」


 父が自分の脚を殴りつける。

 無理もないわ。


 彼の身体は、長年にわたってバルバロス公爵から提供されていた『鎮痛剤』という名の毒によって、内側から蝕まれていたのだから。


 (……お父様。貴方は気づいていなかったのね。あの薬が、貴方の誇りである剣技を奪っていたことに)


 私は離れのテラスから、その様子を冷ややかに、けれど少しだけ哀れみを持って見下ろしていた。


 かつて彼は、剣聖や勇者と肩を並べるほどの実力者だった。

 けれど、大会の直前に闇討ちに遭い、手足に一生消えない傷を負った。

 それでも彼は這い上がり、4位という成績を残したけれど、実家の男爵家は彼を「一番になれなかった恥さらし」として切り捨てた。


 その絶望につけ込んだのが、アイリスであり、バルバロス公爵だったのだ。


 「アイリス! アイリス助けてくれ! 薬をくれ! 痛いんだ、体が裂けそうだ!」


 追い詰められた父が、必死に妻の名を呼ぶ。

 かつて傷ついた自分を慰め、薬を与えてくれた唯一の理解者。


 けれど、そのアイリスは今、地下牢の中で自分の罪と向き合わされている。

 もう、誰も彼に甘い毒を与えてはくれない。


 「……誰も来ないわよ、お父様。貴方を助けられるのは、貴方自身しかいないの」


 私は立ち上がり、テラスの手すりに手をかけた。

 そろそろ、クライマックスの時間ね。

 借金取りたちが剣を抜き、父に迫る。


 「ひっ、やめてくれ! 命だけは!」


 父が土下座し、頭を地面に擦り付ける。

 その姿は、あまりにも惨めで、小さく見えた。

 薬が切れ、禁断症状に震える身体。

 かつての栄光は、見る影もない。


 「……いい気味ね。でも、ここで死なれちゃ困るのよ」


 私は指先を弾いた。

 瞬間、父の周囲に張り巡らせていた魔法糸が発動し、借金取りたちの武器を弾き飛ばした。


 カィィン!


 金属音が響き、男たちが驚いて後ずさる。


 「な、何だ!?」


 「そこまでよ。ショーは終わり。退場願いましょうか」


 私が声を張り上げると、借金取りたちは「へっ、興が削がれたぜ」と捨て台詞を吐いて、演技通りに撤収していった。

 残されたのは、震える父だけ。


 私は魔法で宙に浮き、ゆっくりと父の前に降り立った。

 深紅のドレスが風に靡き、圧倒的な魔力のオーラが彼を圧迫する。


 「ス、ストレイ……? お前、助けてくれたのか……?」


 父が縋るような目で私を見る。

 私は冷たい視線で見下ろし、静かに告げた。


 「勘違いしないで。貴方を助けたんじゃないわ。この土地を汚されるのが嫌だっただけよ」


 私は父の足元に落ちていた剣を拾い上げ、切っ先を彼の喉元に突きつけた。


 「お父様、教えてあげる。貴方の体を蝕んでいるのは、貴方が頼りにしていた『薬』よ。バルバロス公爵が、貴方から剣を奪うために仕込んだ毒なの」


 「な、何だと……? 嘘だ! あの薬は、俺の痛みを消してくれた! 俺を救ってくれたんだ!」


 「痛みと一緒に、貴方の筋肉も魔力も溶かしていたのよ。……認めたくないでしょうけど、それが現実。貴方は利用され、搾り取られて、ボロ雑巾みたいに捨てられたの」


 父の目から涙がこぼれ落ちる。

 それは悔し涙か、それとも絶望の涙か。

 彼は地面を叩き、獣のような声で慟哭した。


 「うあぁぁぁぁ! 俺は、俺は一体何のために……! 強くなりたかっただけなのに!」


 その叫びは、私の胸を少しだけ締め付けた。

 彼もまた、被害者の一人だったのかもしれない。

 けれど、だからといって彼が私や母にした仕打ちが許されるわけじゃない。


 「さあ、立ちなさい。泣いてる暇があったら、自分の足で立ちなさい。薬が抜ければ、また剣を握れるようになるかもしれないわよ。……もっとも、一から鍛え直しだけどね」


 私は剣を彼の前に突き刺した。

 父は震える手で剣を握り、力なく頷いた。


 「……分かった。償うよ。どんな罰でも受ける」


 彼の背中から、ようやく憑き物が落ちたような気がしたわ。


++++++++


 私は魔力糸でリックザクを縛り上げ、地下牢へと連行した。


 そこには既に、アイリスが収容されている。

 彼女は鉄格子の向こうで膝を抱え、ブツブツと呪詛を呟いていたが、父の姿を見るなり顔を上げた。


 「あなた! やっと来てくれたのね! さあ、この鉄格子を斬って! 貴方の剣なら簡単でしょう!?」


 アイリスが叫ぶ。

 彼女はまだ、リックザクが『最強の剣士』だという幻想に縋っているのだ。

 けれど、父は力なく首を横に振った。


 「……無理だ、アイリス。俺の剣は、もう錆びついてしまった。俺たちには、何も残っていないんだ」


 「な、何言ってるのよ! 貴方は強いんでしょう!? 私を守るって約束したじゃない!」


 アイリスが金切り声を上げ、父に詰め寄る。

 その醜い争いを見下ろしながら、私は冷徹に告げた。


 「そこまでよ。お父様、お義母様。貴方たちには、これから『地獄』を見てもらうわ」


 「じ、地獄……? 殺す気か!?」


 父が怯える。

 私は首を振り、一枚の羊皮紙を突きつけた。

 それは、私が新たに作成した『労働契約書』だ。


 「いいえ、生きて償ってもらうの。今日から貴方たちは、フロンティア・テキスタイルの『下働き』として働いてもらうわ。

 給料はなし、衣食住は保証するけど、贅沢は一切禁止。貴方たちが作った借金と、私に負わせた損害を完済するまで、死ぬまで働いてもらうからね」


 「なっ……! 貴族の私に、下働きをしろと言うのか!?」


 アイリスが絶叫する。

 プライドの塊である彼女にとって、それは死よりも屈辱的な宣告だろう。


 「嫌なら出て行ってもいいわよ。ただし、一歩でも外に出れば、借金取りと王国の憲兵が待ち構えているけどね」


 私が冷たく言い放つと、二人は押し黙った。

 彼らに逃げ場はない。

 私の保護下で働くか、野垂れ死ぬか。

 究極の二択だ。


 「……分かった。やるよ。俺はもう、逃げない」


 父が震える手でサインをする。

 アイリスも、悔しそうに唇を噛み締めながら、それに続いた。


 「よし、契約成立ね。早速仕事よ。本館の焼け跡を片付けて、更地にしなさい。瓦礫の一つ残らず撤去すること。いいわね?」


 「……ああ」


 二人は作業着(私が支給した安物)に着替え、瓦礫の山へと向かっていった。

 慣れない手つきで石を運び、泥にまみれる元・貴族たち。

 その姿は哀れだったけれど、初めて『自分の手で生きようとしている』ようにも見えたわ。


 「……ふん。少しはマシな顔になったじゃない」


 私は離れの窓からその様子を眺め、小さく笑った。

 これで、家族の問題は一応の決着を見た。

 彼らが更生するかどうかは分からないけれど、少なくとも私の足枷にはならないでしょう。


 「さて、あの広大な跡地……どう活用してやろうかしら」


 私は更地になった本館跡を見下ろし、新しいビジネスプランを練り始めた。

 工場? 倉庫? それとも……。


 「そうだわ。あそこを『野外ステージ』にしちゃいましょう。ファッションショーや演劇、そしてケッターの試合もできる、一大エンターテインメント施設に!」


 私の脳内で、設計図が高速で描かれていく。


 フロンティア・アリーナ。


 そこは、私がプロデュースする最高の舞台となるはずだ。


 「忙しくなるわよ、みんな! 次のプロジェクト、始動よ!」


 私の号令に、ディーノとケイナ、そしてショウちゃんが応える。

 崩壊した家の跡地に、新しい夢の城が建つ。


 それは、私たちが掴み取った勝利の証だわ。


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