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第6話 毒入りスープを「美味しく」お直し


 離れの空気をまるごと洗濯して一晩が経った。


 朝の光が窓から差し込んでいるけれど昨日までのジメジメした埃っぽさは微塵もない。

 私の指先から紡がれる魔力糸が部屋全体のバイアスを整えたおかげで、ただの安物の空気がまるで高級ホテルのロビーのような清涼感を放っている。


 体は十四才とはいえ心のベースが四十二歳のおばさんにとって、良質な睡眠と清潔な空気は何物にも代えがたい美容液だわ。


 「お嬢様、本館からまた食事が届きました……。

 でも、今日のは昨日よりもさらに、その」


 ケイナが震える手で運んできたのは、昨日のスープをさらに煮詰めたような、もはや泥水に近い異臭を放つ液体だった。


 いや、もはやギャグだろ? なんでやねん! 待ちとしか思えん匂いだな。


 それともあれか? 異世界転生モノでいう元の次元に戻そうとする『なんとか力』がなせる技なのか?


(心が、壊れたくない意思から四十路をベースに融合すると、記憶力は良いのにアレとか、ナントカとかでごまかし、固有名詞が咄嗟に出なくなります。)


 単純に毒を盛っても死なない私に痺れを切らしたのか?


 それとも単に嫌がらせのレベルを上げたのか?


 表面には不自然な油浮きがあり、魔導で世界を視覚化し魔力の視覚で覗けば、そこには『腐敗』と『麻痺』の魔法式が、安物のパッチワークみたいにベタベタと継ぎ合わされているのが見えた。


 「あーあ、ひどいものね。

 これを作った料理人は、命令されているとはいえ、きっと自分の仕事に誇りなんて欠片も持ってないんでしょう。

 本当の料理人なら、せめて最高の味で毒を作るべきでしょ?

 こんな雑な殺意を押し付けられるなんて、芸人として一番屈辱的だわ」


 私は冷めた目でその器を見つめた。


 前世で、事務所から届いた明細書に「これ、お前の価値な」と言わんばかりの数百円の記載だけ載った封筒を受け取った時の、あの感覚。


 魂を安く見積もられたような不快感よりも、その現状にあがなえない自分の力不足の情けなさが悲しく、落ち込まさせたあの時の気分が蘇る。


 でもね、今の私にはこの泥水をダイヤモンドに変える技術があるのよ。


 「死に損ないのストレイお嬢様。奥様からの温かい慈悲のスープですよ。一滴残らず飲んで、早く楽になりなさいな」


 運んできた下男は、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて言い放った。

 彼にとって私は、ただの虐め甲斐のある玩具なのだろう。

 私が恐怖で泣き叫ぶのを期待しているその顔に、バナナの皮をぶつけてやりたい衝動を抑え、私は優雅に指先を伸ばした。


 「ありがとう。

 せっかくの『慈悲』だもの、美味しくいただくわ」


 魔導を展開し概念を視覚化しスープの液面に魔力糸の針を垂直に刺し込んだ。


 現実への干渉前の構成でイメージするのは、繊維の奥深くに詰まった、決して落ちないと言われるワインのシミ抜き。

 まず毒素という名の汚れを分子レベルで包囲して、私の魔力という溶剤で液体の外側へと押し出す。

 同時に、この泥水の中にわずかに残っているはずの野菜の残滓や、骨の髄の魔力を強引に『編み直して』凝縮させていく。


 「見てなさいケイナ。

 これが『にわか令嬢』による究極のお直しよ」


 私の指先から放たれた銀色の光が、スープの中で激しく渦巻いた。

 ドロドロとした灰色の液体から、構成から現実に放たれた魔導の結晶により黒い霧のようなものが吐き出されては空気中で霧散していく。


 下男が「ヒッ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。


 洗浄が終わると同時に、器の中には透き通るような、それでいて深い琥珀色をした絶品のブイヨンが姿を現した。


 ただ浄化しただけじゃない。


 私はそこに、空気中からかき集めた微細な魔力の粒子を隠し味のスパイスのように『旨味』に変換し吸収しながら練り込んだ。

 それは飲む者の五感を鋭敏にし、魔力の回復を十倍に跳ね上げる。

 まさに『禁断の美味』。


 「さあ、おあがり。

 この離れを地獄だと思っている連中に、私たちが天国のようなフルコースを楽しんでいることを教えてあげましょう」


 私はスプーンでその琥珀色の液体を一口掬い、口に運んだ。


 舌の上を滑る滑らかな質感と、鼻に抜けるのは、芳醇な魔力の香り。


 かつて『ワイワイ放送』で、スーパーの売れ残りの見切り品を魔法の調味料で三ツ星レストランの味に再現したあの『イベント配信』を思い出す。

 イツメンたちが「民子さん、それ絶対に魔法だよ!」と草を生やしていたけれど、本当になっちゃったわよ。


 「……おいしい!

 ケイナ、あなたも飲みなさい。

 これはもう毒じゃない、私たちの反撃のための燃料よ」


 呆然とする下男の前で、私とケイナはスープを回し飲みした。

 ケイナの顔色が薔薇色に輝き、私の中の魔力回路が歓喜の歌を歌い出す。

 下男は恐怖に顔を引きつらせ、「ば、化け物……!」と叫んで逃げ出した。

 その背中を見送りながら、私は不敵に笑った。


 「さて、燃料補給は完了。

 次はこの溢れる魔力を使って、もっと大きな『お直し』をするための道具を調達しに行きましょうか」


 「道具、ですか?

 お嬢様、何をお探しで?」


 「私の母様が遺した、最高級の裁縫道具よ。

 アイリスが本館の備蓄庫にゴミとして放り込んだはずだわ。

 あれがあれば、このボロ屋敷を本当の王宮に変えることだってできる」


 私は窓の外、本館の巨大な影を見据えた。


 夜になれば、忍び込む。


 私の『お直し』には、プロの道具が必要不可欠なのだから。


++++++++


 琥珀色のスープが喉を通るたびに私の内側に眠っていた魔力の種火がボウッと大きな炎に変わるのを感じる。


 毒として放り込まれた不純物さえも私の魔導から視覚化された因果律の洗濯にかかれば最高のスパイスに早変わりだ。


 四十二歳のおばさんが培った生活の知恵は異世界の毒殺計画なんていう安っぽい台本を軽々と書き換えてしまうのよ。


 ただ残念ながら私も全てを魔導から概念を視覚化できるわけではなく、転生前の『芸人』と『服飾人』としての経験値がある事だけのようだ。

 が、おそらく神? とにかくこのチートを与えたダレソレは『服飾』が持つ無限の可能性を知らなかったようだ。


 つまり、何が言いたいかと言うと次にくる異世界転生『服飾人』は、おそらく運営側にパッチを当てられて、だいぶ弱体化され、詫び石をもらうのだろう。


 それか、ガチャチケットよ。


 ムフフフ。


 「……お嬢様、顔色が。

 こころなしか楽しそうで。

 昨日よりもずっと、なんて言うか、強そうです」


 ケイナが驚きを通り越して呆然とした顔で私を見つめている。


 鏡を覗かなくてもわかる。


 今の私の肌は内側から魔力の光を放ち、銀色の髪は一本一本が極上のシルクのように生命力を帯びて輝いている。


 身体強化の刺繍下着とこの究極の出汁。

 これだけ条件が揃えば、もう病弱令嬢のフリをするのもしんどいくらいにエネルギーが有り余っているわ。


 「当然よ。

 いつまでもやられっぱなしで舞台を降りるほど、私はお人好しじゃないの。

 さて、ケイナ。

 今のこの活力を維持して、次の計画に移行するために、本館からもう少しマシな素材を『回収』してくるわ。 

 まさしく、脱出シューターね」


 「えっ、脱腸ショタ?

 あっ、回収ですか?

 でもあそこには見張りの騎士もいますし、何より旦那様に見つかったら……」


 「見張りの騎士?

 ああ、あの本館の角で居眠りしてた、立派な甲冑を着ただけのカカシたちのことね。

 待たせえたなぁーのステルスゲーにもならないわ。

 大丈夫、あいつらの防具の継ぎ目は、私からすれば大きな玄関扉が開いているようなものだわ」


 私は不敵に笑い、魔導を走らせて指先で空中に複雑な魔力糸の図案を描いた。


 イメージするのは、光の屈折率を操作して自分の存在を風景の裏地に隠すカモフラージュの刺繍。


 これはマルチゲーのようだけどリアルだから改造コードを打ち込んでもOK!


 自分の衣服に、夜の闇と周囲の建物のテクスチャを上書きする特殊なステッチを一時的に施していく。


 かつて『ワイワイ放送』で、誰もいないはずの隣の部屋に誰かがいるように見せる心霊ドッキリを『イベント配信』したことがあるけれど、あの時の工作に比べれば、本物の魔法で姿を消すなんて赤子の手をひねるより簡単だわ。


 「いい、ケイナ。

 あなたはこの離れで、私がまだ寝ているフリをしていて。

 誰か来たら『お嬢様は毒、じゃなくて、お風邪がひどくて面会謝絶です』って、とびきり悲劇的な顔で追い返しなさい。

 芸人のマネージャーなら、それくらい朝飯前でしょ?」


 「……はい!

 私、頑張ります!

 お嬢様のために、最高の演技をしてみせます!」


 頼もしい返事を聞き届けて、私は夜の帳が降りるのを待たずに離れを飛び出した。


 身体強化の刺繍が施された脚は、魔導で作られた擬似的な骨格補助と筋肉繊維となり地面を蹴るたびに重力を無視したような推進力を生み出す。

 茂みを抜けて、本館の裏側にある備蓄庫の通気口を見据える。


 あそこには、私の母、ストレイの実母が遺したはずの『最高級の裁縫道具一式』が眠っているはずだ。


 継母アイリスによってゴミ同然に放り込まれた、思い出の品。

 それを手に入れれば、私の魔法糸の精度はさらに跳ね上がる。

 にわか魔法使いの私に、本物の道具が揃ったらどうなるか。

 あのおめでたい連中に、たっぷりと分からせてあげようじゃないの。


 私は影に溶け込み、音もなく壁を駆け上がった。


 かつて、イツメンたちが配信で言っていたわね。

 「民子さん、本気出せば何でも貰いそう。くれくれ民子ちゃん」って。

 失礼しちゃうわね。

 私は「くれくれちゃん」じゃないわ。

 正当な評価を「してくれちゃん」なのよ。


 今回も、より正当な本来の持ち主の元へ『お直し』しに行くだけよ。


 通気口の格子は錆びついていたが、私の魔法糸が触れた瞬間に結合が分子レベルで分解され、音もなく崩れ落ちた。



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