第56話 聖骸布の修復と最強の布陣の完成
王立魔導院との技術提携が決まってからというもの、『フロンティア・テキスタイル』の忙しさは尋常じゃなかった。
貴族からのオーダーメイド、魔導師たちからの技術提供依頼、そして一般市民からの問い合わせ。
猫の手も借りたい状況だったけれど、幸いなことに、私には優秀な(そして扱いやすい)下僕たちが揃っていたわ。
「おいパシリ一号!
倉庫から『竜の鱗』を持ってきて!
あと、ついでに街で美味しいケーキも買ってきてね!」
私が指示を飛ばすと、アルフォンスが汗だくになって走り回る。
彼は今や、店のスポンサー兼雑用係として、私の手足となって働いてくれている。
かつてのナルシスト貴族の面影はないけれど、その表情はどこか生き生きとしていた。
「了解だ、師匠! 最高級の鱗と、とびきりのモンブランを用意するよ! ……ああっ、靴紐が解けた!」
「ほら、気をつけて。
弟子一号、そっちの魔法陣の計算は終わった?」
「はいっ! 魔力効率の再計算、完了しました! これなら出力がさらに20%向上します!」
ケースが充血した目で羊皮紙を突き出してくる。
彼は研究開発部の主任として、私のアイデアを理論的に補強し、製品化するための重要な役割を担っていた。
寝食を忘れて没頭する姿は危なっかしいけれど、その情熱は本物だわ。
「よし、いい調子ね。
ケイナ、二人に休憩を入れさせて。
あまり無理させると、後が怖いわ」
「はい、お嬢様! 特製ドリンクをご用意しますね!」
ケイナが甲斐甲斐しく動き回る。
ディーノは裏口で怪しい客、情報屋と取引をしているし、ショウちゃんはカウンターで招き猫のフリをして客を癒やしている。
まさに、最強の布陣ね。
「ふふっ。悪くないわ。
この調子なら、イマクサ支店のオープンも夢じゃない」
私は窓の外を見ながら、満足げに呟いた。
王都での基盤は盤石。
資金も人材も揃った。
あとは、あの忌まわしい故郷をどう料理するか、プランを練るだけだわ。
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そんな平穏な(?)日常が続くある日。
店に一人の奇妙な依頼人が現れた。
全身を黒いマントで覆い、顔が見えない。
ただならぬ気配を漂わせている。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件で?」
ケイナが恐る恐る声をかけると、その人物はフードを少しだけ持ち上げた。
そこから覗いたのは、深い知性を湛えた老婆の瞳だった。
「……お主が、ストレイ・フロンティアかえ?」
「ええ、そうですけど。何か?」
私が警戒しながら答えると、老婆は懐から一枚の古びた布切れを取り出した。
それは、見るからに年代物で、ボロボロに朽ちかけている。
けれど、私の魔力視覚には、その布から放たれる凄まじい魔力の残滓が見えていた。
「これを、直してほしいんじゃ。金は幾らでも払う」
「……これは?」
「かつて、この国を救った『救国の聖女』が纏っていたという、伝説の聖骸布じゃよ」
店内がざわめく。
聖骸布。
それは、神話やおとぎ話の中だけの存在だと思っていたけれど、まさか実物が存在するなんて。
「興味深いわね。
でも、ただ直すだけじゃ面白くないわ。私流に『リメイク』してもいいなら、引き受けるわよ」
「ほっほっほ。噂通りの豪胆な娘じゃ。よかろう、好きにするがよい。ただし、失敗すればこの国の歴史が消えると思え」
老婆は不気味に笑い、布をカウンターに置いた。
重圧がかかる。
けれど、私は逆に武者震いをした。
歴史的遺産の修復。
これほど燃える仕事はないわ。
「上等よ。
見てなさい、この国の歴史ごと、新品同様に洗濯してあげるから!」
私は銀の針を手に取り、伝説への挑戦を開始した。
その様子を、アルフォンスとケースが固唾を飲んで見守っている。
彼らもまた、私の共犯者として、この大仕事に巻き込まれることになるのだから。
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老婆が置いていった聖骸布は、ただ古いだけの布切れではなかった。
繊維の一本一本に、かつての聖女の祈りと、国を守ろうとした強烈な意志が刻み込まれている。
普通の職人なら、触れただけで魔力酔いを起こして倒れてしまうレベルだわ。
「すごい……。この布、生きているみたいだ」
ケースが魔導顕微鏡を覗き込みながら、震える声で呟く。
アルフォンスも、その神々しさに圧倒されて言葉を失っている。
「ええ。だからこそ、生半可な技術じゃ直せない。
……ショウちゃん、影を貸して。最高級の『補強材』を作るわよ」
『フン、神聖な布に吾輩の闇を混ぜる気か? 罰当たりめ』
ショウちゃんが呆れつつも、漆黒の影を差し出す。
私は帯域を全開で広げて魔導を開き概念から視覚化、漆黒の魔法糸に聖なる魔力と織り交ぜ、光と闇が融合した新しい糸を紡ぎ出した。
相反する属性を調和させる、究極の『ハイブリッド縫製』。
これこそが、概念から構築できる私の真骨頂よ。
私は銀の針を走らせた。
朽ちかけた繊維を一本ずつ補強し、失われた魔力回路を再構築していく。
さらに、現代の技術――『自動修復』と『環境適応』のテクスチャを上書きし、ただの遺物ではなく、実用的な防具として蘇らせる。
「できた……! 『聖骸布・改』!」
完成した布は、以前のボロボロさが嘘のように、眩いばかりの純白の輝きを放っていた。
それは単なる復元ではない。
過去の遺産を、未来へと繋ぐための『進化』だわ。
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翌日、老婆が再び店を訪れた。
彼女は生まれ変わった聖骸布を見て、シワだらけの顔をくしゃりと歪めた。
「……見事じゃ。まさか、ここまで完璧に仕上げるとは。お主、ただの小娘ではないな」
「あら、ただの服屋ですよ。お気に召しましたか?」
「うむ。これなら、あと百年はこの国を守れるじゃろう。……礼を言うぞ、ストレイ」
老婆はフードを脱ぎ捨てた。
その正体は、私の予想通り、王国の歴史書にも載っている伝説の大賢者『マダム・ウィズダム』だった。
彼女は私に一枚の金貨を握らせ、耳元で囁いた。
「この布を直した礼に、私の『名』を貸してやろう。今後、お主の店に手出しする愚か者がいれば、私の名を出せばよい」
「……あら、それは心強いわね。大切に使わせてもらうわ」
大賢者が去った後、店内はどよめきに包まれた。
「あの大賢者が認めた店だぞ!」
「やっぱりここは本物だ!」
私のブランドの価値は、これでまた一つ跳ね上がったわね。
「やったね姐さん! これで怖いものなしだ!」
「素晴らしいです社長! これも全て、僕たちの理論が正しかった証明ですね!」
ディーノとケースが抱き合って喜んでいる。
ケイナもアルフォンスも、誇らしげな顔をしている。
資金、技術、人脈、そして権威。
全てが揃った。
最強の布陣の完成よ。
「さあ、みんな!
今日は祝杯よ!
最高のお酒と料理で、私たちの勝利を祝いましょう!」
私が宣言しようとしたその時、店の扉が乱暴に蹴り開けられた。
カランカラン! という激しい音と共に現れたのは、見覚えのある小さな人影。
生意気そうな顔に、高そうな、でもセンスの悪い子供服。
弟のフラッペだ。
「おい! ここに姉上がいるって聞いたぞ! 出てこい、この穀潰し!」
彼は店内を見回し、私を見つけると、顔を真っ赤にして指差した。
「やっぱり生きてたのか! お前のせいで、僕の家はめちゃくちゃだ! 責任を取れ!」
「……あら。祝宴の前に、招かれざる客が来たみたいね」
私はため息をつき、銀の針を構えた。
次なる相手は、私の過去そのもの。
クソガキへの教育的指導、たっぷりとしてあげるわ。




