第55話 【にわか】対【正統】理論の決裂
『フロンティア・テキスタイル』の快進撃は、王都の服飾業界だけでなく、魔法業界にまで波紋を広げていた。
特に、私が独自に開発した『魔導ミシン』や『絶対防汚ドレス』は、既存の魔法理論では説明がつかないオーパーツとして、保守的な魔導師たちの神経を逆撫でしていたらしい。
ある日、店に一通の召喚状が届いた。
差出人は『王立魔導院・倫理査問委員会』。
内容は「貴殿の使用する術式に違法性の疑いあり。直ちに出頭し、釈明せよ」という、一方的かつ高圧的なものだった。
「……はぁ。予想はしていたけど、やっぱり来たわね」
私は召喚状をひらひらとさせ、呆れ顔で呟いた。
隣で帳簿をつけていたケースが、青ざめた顔で眼鏡を直す。
「倫理査問委員会……! あそこは魔導院の中でも一番頭の固い古狸たちの巣窟ですよ! 一度睨まれたら、研究室ごと潰されるって噂です!」
「あら、怖いわね。
でも、潰されるのはあっちかもしれないわよ?」
私は不敵に笑った。
喧嘩を売られたなら、買うのが礼儀。
それに、この査問会を逆に利用して、魔導院の権威を私たちのブランドの箔付けに使ってやるのも悪くない。
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数日後。
私とケースは、王立魔導院の威厳ある大講堂に立っていた。
すり鉢状の会場には、数百人の魔導師たちがずらりと並び、私たちを値踏みするように見下ろしている。
壇上には、長い白髭を蓄えた長老たちが、裁判官のような顔で座っていた。
「被告人、ストレイ・フロンティア。貴様が開発したとされる魔導具は、既存の魔法体系を無視した危険な代物である。その製造過程と理論を、ここで全て明らかにせよ」
長老の一人が、重々しい声で告げた。
会場が静まり返る。
私は優雅に一礼し、隣で震えているケースの背中をポンと叩いた。
「さあ、行ってきなさい、弟子一号。
あんたの研究成果を、この頑固ジジイたちに見せつけてやるのよ」
「ひぃっ! む、無理です! 僕なんかが……!」
「大丈夫。
あんたの理論は完璧よ。
それに、私がついてるわ」
ケースは深呼吸し、震える足で演台へと進んだ。
彼は懐からチョークを取り出し、空中に投影された黒板に、猛烈な勢いで数式を書き始めた。
「……僕たちが使用している術式は、従来の『魔力コーティング』ではありません。物質の構造そのものに干渉し、原子レベルでテクスチャを書き換える『構造変革』パラダイム・シフトです!」
ケースの声が会場に響く。
最初は嘲笑していた魔導師たちも、黒板に書かれた数式の美しさと、そこから導き出される理論の革新性に、次第に目を見開き始めた。
「な、なんだこの式は……? 魔力消費がゼロに近いだと?」
「馬鹿な! 質量保存の法則を無視している!」
ざわめきが広がる。
長老の一人が、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ふざけるな! そんなデタラメな理論が通用するものか! 貴様らは、古き良き伝統を冒涜する異端者だ!」
「伝統? 笑わせないでください。あなた方が伝統という名の殻に閉じこもっている間に、魔法は進化しているんです!」
ケースが叫ぶ。
普段は弱気な彼が、自分の信念のためなら一歩も引かない姿。
それこそが、私が彼を雇った理由だわ。
「問答無用だ! 衛兵! この不届き者たちを捕らえろ!」
長老が杖を振り上げ、強制排除を命じた。
武装した魔導衛兵たちが、一斉に私たちに向かってくる。
議論で勝てないから暴力に訴えるなんて、三流の悪役ね。
「……やれやれ。
言葉で分からないなら、体で分からせるしかないわね」
私は前に進み出た。
深紅のドレスが翻り、その裏地に隠された無数の銀針が、シャンデリアの光を受けて煌めいた。
「ショウちゃん、ライトアップ!
ディーノ、音響スタート!
ここからは私の独壇場、オンステージよ!」
私の指パッチンを合図に、大講堂の照明が落ち、代わりに幻想的なスポットライトが私を照らし出した。
魔導が渦巻く。
突然の演出に、衛兵たちが足を止める。
「な、何だ!?」
「さあ、ご覧なさい! これが『異端』と呼ばれた魔法の、真の輝きよ!」
私は両手を広げ、魔力糸を一気に解放した。
会場全体が、光の糸で包まれる。
それは攻撃魔法ではない。
見る者すべてを魅了し、その心を奪う、究極のエンターテインメント魔法だわ。
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大講堂の天井から降り注ぐ光の糸は、まるで夜空の星々が地上に舞い降りたかのような幻想的な光景を作り出した。
私が指先を指揮者のように振るうたびに、糸は形を変え、会場にいる魔導師たちのローブや、衛兵たちの無骨な鎧に絡みついていく。
「強制お直し、フォースド・リフォーム開始!」
私が宣言すると同時に、会場中で驚愕の声が上がった。
衛兵たちの鋼鉄の鎧が、一瞬にして光の粒子となって霧散し、代わりにスタイリッシュなタキシードへと再構築されたのだ。
古めかしいローブを着ていた魔導師たちも、いつの間にか最新流行のカットソーやジャケットに着替えさせられている。
「な、なんだこれは!? 私の鎧が!」
「こ、こんな軽薄な服を着られるか! ……いや、意外と着心地がいいぞ?」
会場はパニックと称賛が入り混じったカオス状態だわ。
私はその中心で、優雅にターンを決めた。
「どう? これが私の魔法よ。
破壊するんじゃなくて、より良く作り変える。
それが本当の『力』でしょう?」
私の言葉に、反論できる者は誰もいなかった。
目の前で起きた現象は、彼らが崇拝してきた既存の魔法理論を遥かに凌駕していたからだ。
圧倒的な技術と美の前に、権威主義者たちのプライドは粉々に砕け散った。
「ば、馬鹿な……! こんな魔法が、あってたまるか……!」
壇上の長老が、震える声で呻く。
彼は自分の杖を握りしめ、悔しそうに歯ぎしりしていた。
「あるのよ、ここに。
認めたくないなら、一生古臭い塔の中でカビ臭い本でも読んでいなさい。
でも、時代は進むわ。私たちが進めるのよ」
私はケースを手招きした。
彼は今や、魔導師たちから尊敬の眼差しで見つめられている。
かつての落ちこぼれが、時代の最先端を行く英雄になった瞬間だ。
「長老様。僕たちは、魔導院と敵対したいわけじゃありません。むしろ、この新しい技術を共有し、共に発展させていきたいんです」
ケースが穏やかに語りかける。
アメと鞭。
完璧な連携ね。
「……技術提携、だと?」
「ええ。僕たちの理論と、魔導院の膨大な知識。それが組み合わされば、王国は世界一の魔法大国になれるはずです」
長老たちは顔を見合わせ、やがて力なく頷いた。
彼らもまた、魔法を愛する者たちだ。
目の前の『進化』を否定し続けることはできなかったのだろう。
「……分かった。貴様らの勝ちだ。査問会は取り下げる。その代わり、その技術……我々にも教えろ」
「交渉成立ね。ただし、受講料は高いわよ?」
私はニッコリと笑い、長老と握手を交わした。
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
それは、新しい時代の幕開けを告げるファンファーレだった。
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帰り道、馬車の中でケースが感極まって泣き出した。
「社長……僕、夢を見てるみたいです。あんな頑固な長老たちが、頭を下げるなんて……」
「夢じゃないわよ。
あんたの実力が、彼らをねじ伏せたの。
自信を持ちなさい」
「はい! これからも一生、社長についていきます!」
「ええ、頼りにしてるわよ、弟子一号。
……さて、次はどんな楽しいことが待ってるかしらね」
私は窓の外、活気あふれる王都の街並みを眺めた。
権威も味方につけ、私たちの地盤は盤石になった。
アルフォンスの金、ケースの知識、そして私の技術。
このトライアングルは、もはや誰にも止められないわ!
「さあ、店に戻りましょう。
新しい注文が山のように来てるはずよ!」
私たちの快進撃は、まだまだ続くわよ!




