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第54話 衣装が変える人間の器、舞踏会に咲く一輪の真実


 王宮の大舞踏会。


 それは貴族たちにとって戦場であり、己の価値を証明する唯一の場所。


 煌びやかなシャンデリアの下、宝石と絹で着飾った男女が、笑顔という名の仮面を被って腹の探り合いをしている。


 そんな淀んだ空気の中に、一陣の風が吹き込んだ。


 「……見ろ、あれは誰だ?」

 「ゴールドバーグ家のアルフォンス様か? いや、雰囲気がまるで違うぞ」


 会場の視線が一人の男に集まる。


 アルフォンスだ。


 彼は私が仕立てた『スターダスト・タキシード』を纏い、堂々とレッドカーペットを歩いていた。


 かつての成金趣味の派手さは微塵もない。


 深い藍色の生地は、照明を浴びて静かに星屑のような輝きを放ち、彼の引き締まった身体のラインを美しく際立たせている。


 「ごきげんよう、皆様。今宵の星は、ことのほか美しいですね」


 彼が微笑むと、令嬢たちが黄色い悲鳴を上げた。


 顔の造作は変わっていないはずなのに、内側から溢れる自信と品格が、彼を別人のように見せているのだわ。


 服が人を作る、とはよく言ったものね。


 私は会場の隅で、給仕に変装したケイナと共にその様子を見守っていた。


 (変装といっても、私の『認識阻害メガネ』をかけただけだけど)


 「すごい……。あんなに堂々とされて。アルフォンス様、本当に素敵です」


 「ええ。

 泥にまみれて素材を集めた甲斐があったわね。

 今の彼は、ただの着せ替え人形じゃない。自分の足で立つ『主役』よ」


 アルフォンスの周りには、すぐに人だかりができた。

 特に、今回の主賓である隣国の姫君、シャルロット姫が熱心に話しかけている。


 「アルフォンス様、その衣装……とても素敵ですわ。どこの職人が仕立てたのですか?」


 「お褒めいただき光栄です、姫。これは王都の新進気鋭ブランド『フロンティア・テキスタイル』の作品です。素材の採取から縫製まで、全てに魂が込められているのですよ」


 アルフォンスは誇らしげに語る。

 自分の手柄をひけらかすのではなく、製作者である私への敬意を込めて。

 その謙虚な姿勢が、さらに彼の魅力を高めていく。


 しかし、光が強ければ影も濃くなる。


 会場の一角で、苦々しい顔をしてワインを煽っている男たちがいた。

 アルフォンスのライバル貴族たちだ。


 彼らは自分たちの影が薄くなるのを許せず、陰湿な嫌がらせを画策し始めた。


 「おい、見ろよあの気取った態度。ムカつく野郎だ」

 「ああ。ちょっと『挨拶』してやろうぜ。あの服がワインで汚れたら、どんな顔をするかな?」


 男の一人が、満たされたグラスを持ってアルフォンスに近づいていく。


 すれ違いざまに、わざとらしく足を滑らせるフリをして、中身をぶちまけようという魂胆ね。


 ベタすぎて欠伸が出るわ。


 「おっと、失礼!」


 男が叫び、赤ワインが宙を舞う。


 姫君が悲鳴を上げ、周囲が凍りつく。

 アルフォンスは逃げ場がない。

 真っ赤な液体が、彼の純白のシャツと藍色のジャケットに直撃する――はずだった。


 バシャッ!


 液体が弾ける音がした。


 けれど、アルフォンスの服は濡れていなかった。

 ワインは布地に触れる寸前で、見えない膜に阻まれたかのように弾かれ、玉となって床に転がり落ちたのだ。


 『絶対防汚』の結界。

 私が仕込んだ、最強の盾よ。


 「な、何だと!?」


 男が目を見開く。


 さらに不運なことに、弾かれたワインの一部が、勢い余って男自身の真っ白なズボンにかかってしまった。


 「うわあっ! 俺のズボンが!」


 「……おや、大丈夫ですか? 足元がお悪いようですな」


 アルフォンスは一滴の汚れもないまま、優雅にハンカチを差し出した。

 その余裕、その慈悲。

 勝負は一瞬で決まったわ。


 「す、すごい……! ワインを弾いたぞ!」

 「魔法の服だ!」


 会場中がどよめき、アルフォンスへの称賛はさらに高まった。

 男は恥辱にまみれ、逃げるように会場を去っていく。

 完璧なカウンターね。


 「ふふっ。いい仕事をしてくれるわ、あの子も」


 私は満足げにグラスを傾けた。


 これで『フロンティア・テキスタイル』の名前は、社交界の伝説となる。


 アルフォンス、貴方は最高の広告塔よ。


++++++++


 舞踏会が終わった翌朝、アルフォンスは開店と同時に店に飛び込んできた。


 昨夜の興奮が冷めやらぬ様子で、彼は私の手を取り、熱っぽく語り始めた。


 「ストレイ師匠! ありがとう! 昨夜は僕の人生で最高の一夜だった! あのワインを弾いた瞬間、会場中の視線が僕に釘付けだったよ!」


 「ええ、見ていたわ。見事な立ち回りだったわね」


 私が褒めると、彼は子供のように頬を緩めた。


 ナルシストなのは相変わらずだけど、その自信に裏打ちされた実力が伴ってきたことで、嫌味な感じは消えている。

 彼は今や、王都中の若手貴族たちの憧れの的なのだ。


 「それでね、師匠。ビッグニュースだ! 昨日の活躍を見たシャルロット姫が、是非とも君に会いたいと仰っているんだ!」


 「姫様が? それは光栄だけど、ただのお茶会じゃないんでしょ?」


 「もちろん! 姫は君に『ウェディングドレス』を依頼したいそうだ! 来月行われる、隣国の王子との結婚式のためにね!」


 店内がどよめいた。


 ロイヤル・ウェディング。


 それは服飾デザイナーにとって、最高の栄誉であり、最大の宣伝効果を持つビッグイベントだわ。

 成功すれば、私の名は大陸中に轟くことになる。


 「……やるわ。断る理由がないもの」


 私は即決した。


 姫君のドレスを作るなんて、前世では夢のまた夢だった仕事。

 それを、この手で叶えられるなんて。


 「ありがとう師匠! 姫もきっと喜ぶよ! ……あ、それと、もう一つ報告が」


 アルフォンスが少し言いにくそうに、声を潜めた。


 「昨夜の会場で、気になる噂を耳にしたんだ。例の『パンギュウ教』が、イマクサだけでなく、王都の貧民街にも進出し始めているらしい」


 「なんですって?」


 私の表情が険しくなる。


 パンギュウ教。

 イマクサを蝕むカルト教団が、まさかお膝元にまで手を伸ばしているとは。


 「噂によると、教祖は『チアキ・ワカタ』という若い女性だそうだ。彼女は『パンを膨らませれば、みんなのお腹もいっぱいになる!』と説いて回り、魔法のようなふかふかのパンを無料で配っているらしい」


 「……チアキ・ワカタ?

 若田千秋?

 まさか、あの元おバカタレントの?」


 私は記憶の糸を手繰り寄せた。


 前世でテレビによく出ていた、明るくて憎めないけれど、どこか抜けているあのタレント。


 もし彼女が転生者だとしたら、悪意を持ってカルトを運営しているとは考えにくい。


 「アルフォンス、そのパンに何か仕掛けはあるの?」


 「ああ。食べた者が異常なほどそのパンに執着し、教団の言いなりになっているそうだ。どうやら、『夢中粉』という特殊な粉が使われているらしい」


 「夢中粉……。きっと彼女は、それを『みんなが夢中になって食べてくれる魔法の粉』だと信じ込まされているのね」


 私はため息をついた。


 善意の暴走。


 彼女の純粋な「みんなをお腹いっぱいにしたい」という願いが、裏の組織によって利用され、麻薬のようなパンをばら撒く道具にされているのだわ。

 なんて悪趣味なシナリオ。


 「……許せないわね。服だけでなく、食まで、そして人の善意まで汚すなんて」


 私は拳を握りしめた。


 ロイヤル・ウェディングの準備と並行して、このカルト教団への対策も打たなければならない。

 チアキを救い出し、彼女を利用している黒幕を引きずり出す必要がある。


 「アルフォンス、貴方は引き続き社交界での情報収集をお願い。

 パンギュウ教に関わる貴族や、背後にいる組織の尻尾を掴んでほしいの」


 「了解だ! 僕の『美学』にかけて、純粋な乙女を利用するような悪党は許さないよ!」


 アルフォンスは敬礼し、颯爽と店を出て行った。

 頼もしい味方だわ。


 「さて、みんな! 新しいミッションよ!

 姫様のドレス製作と、カルト教団の調査!

 二足のわらじで駆け抜けるわよ!」


 「はいっ! お嬢様のためなら!」

 「へいへい、退屈しなくていいな」

 『フン、吾輩の糸が唸るわ』


 チーム・ストレイの結束は固い。


 光と闇、両方の舞台で、私たちが最高の結果を出してみせる。


 さあ、針を進めましょう。


 運命という名の、巨大な布地を縫い合わせるために。


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