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第53話 1800万ゴールドのパシリ、泥まみれの貴公子


 グルマン男爵という珍客の対応に追われた翌日。


 今度はアルフォンスが、血相を変えて店に飛び込んできた。


 彼の手には、金色の装飾が施された招待状が握られている。


 「ストレイ嬢! 大変だ! 今度開かれる王宮の舞踏会に、僕が主賓として招かれてしまった!」


 「あら、おめでとう。良かったじゃない」


 私が気のない返事をすると、彼はカウンターに身を乗り出した。


 「良くない! 今回の舞踏会には、隣国の姫君もいらっしゃるんだ! 僕の完璧な美しさをアピールする絶好の機会だが、手持ちの服じゃインパクトが足りない! 頼む、僕に『究極の勝負服』を作ってくれ!」


 「究極、ねえ。……いいわ、引き受ける。ただし条件があるの」


 私は作業の手を止め、彼を見据えた。


 アルフォンスは金払いはいいけれど、服に対する理解がまだ浅い。

 素材の価値、職人の苦労、そして服に込める魂。

 それらを知ってもらうために、少し『社会勉強』をさせてあげる必要があるわね。


 「条件? 金なら倍払うぞ!」


 「お金じゃないわ。

 今回のドレス……じゃなくてタキシードね。

 その素材集めから、貴方自身に手伝ってもらうわ」


 「そ、素材集め? 僕が?」


 「そう。最高級の『スターダスト・シルク』が必要なの。

 採れるのは、ここから馬車で三日かかる『幻惑の森』の奥深く。

 危険な場所よ」


 アルフォンスがたじろぐ。

 温室育ちの彼にとって、冒険など未知の領域だろう。

 けれど、彼は私の目を真っ直ぐに見返して、震える声で言った。


 「……やろう。君が言うなら、そこには真理があるはずだ。僕の美学のためなら、泥にまみれる覚悟はある!」


 「いい返事ね。じゃあ着替えて。

 特製作業着、フロンティア・ワークスを貸してあげるから」


++++++


 数日後。


 私たちは『幻惑の森』の入り口に立っていた。


 メンバーは私、ディーノ、ショウちゃん、そして作業着姿のアルフォンス。

 彼は慣れない服に戸惑いながらも、必死に背筋を伸ばそうとしている。


 「いい?

 狙うのは幻惑蛾『イリュージョン・モス』の繭よ。

 奴らは魔力を感知して逃げるから、魔法は厳禁。貴方のその『気配』を消して、地を這うように近づくの」


 「地を這う……? こ、こうか?」


 アルフォンスが地面に伏せる。


 泥が顔につき、自慢の髪型が崩れるが、彼は文句を言わない。

 意外と根性あるじゃない。


 私たちは森の奥へと進んだ。


 道中、下級魔物に襲われることもあったが、ディーノが瞬殺し、アルフォンスには荷物持ちをさせた。


 重い荷物を背負い、泥道を歩く。

 彼の呼吸は荒くなり、汗が滝のように流れる。


 「はぁ、はぁ……。ストレイ嬢、まだか……? 僕の足が、棒のようだ……」


 「あと少しよ。ほら、あそこの木の上を見て」


 私が指差した先、巨大な古木の上に、虹色に輝く繭があった。

 スターダスト・シルクの原石だ。


 「あれを採るの。ただし、木登りは貴方の仕事よ」


 「ええっ!? ぼ、僕が木登りを!?」


 「素材への愛着は、苦労の量に比例するの。さあ、行ってらっしゃい」


 私は彼のお尻を蹴飛ばした。

 アルフォンスは悲鳴を上げながら木にしがみつき、不格好ながらも登り始めた。

 枝に服を引っ掛け、樹液で手をベタベタにしながら、彼は必死に上を目指す。


 「くそっ、見てろよ! 僕は1800万ゴールドの男だ! これくらい、どうってことない!」


 彼が叫びながら繭に手を伸ばしたその時、枝が大きく揺れた。

 親蛾が戻ってきたのだ。

 巨大な蛾が鱗粉を撒き散らし、アルフォンスに襲いかかる。


 「うわぁぁぁっ!」


 「逃げちゃダメ!

 繭を守りなさい!

 それが貴方の『魂』になるのよ!」


 私の声に、アルフォンスが踏みとどまる。


 彼は恐怖に顔を引きつらせながらも、自分の体で繭を庇った。

 鱗粉が彼の頬を焼き、服を焦がす。

 それでも彼は離さなかった。


 「……捕まえたぞォォォッ!」


 彼が繭をもぎ取り、地面へと飛び降りる。

 私はすかさず魔法糸でネットを作り、彼を受け止めた。


 「……よくやったわ、アルフォンス。合格よ」


 地面に転がった彼は、泥だらけで、傷だらけで、酷い顔をしていた。

 けれど、その手に握られた繭を見る目は、今まで見たどの宝石を見る時よりも輝いていたわ。


 「へへっ……。やった……。僕の手で、掴んだぞ……!」


 彼が笑う。


 その笑顔は、ナルシストの仮面が剥がれ落ちた、一人の男としての、泥臭くも美しい笑顔だった。


+++++++++


 工房に戻った私たちは、休む間もなく繭の加工に取り掛かった。


 アルフォンスも率先して手伝う。


 糸を紡ぎ、染料を調合し、私の指示通りに動く彼の手つきは、まだ不器用だけれど、そこには確かな『愛』がこもっていた。


 「いい? アルフォンス。

 貴方が森で流した汗と血、それがこの糸の輝きになるの。

 一針一針に、貴方の『物語』を縫い込んでいくわよ」


 私は魔導を展開し銀の針を走らせた。


 スターダスト・シルクは、私の魔力とアルフォンスの想いを吸い込み、夜空を切り取ったような深い藍色へと染まっていく。


 ケースが計算した魔力回路を裏地に忍ばせ、スノッツティが作った銀のボタンを取り付ける。

 そして仕上げに、ショウちゃんの影銀糸で『防御結界』と『魅了』チャームのエンチャントを施せば……。


 「完成よ。貴方だけの、世界に一着の勝負服」


 出来上がったタキシードは、派手な装飾など一切ない、極めてシンプルなデザインだった。


 けれど、その生地自体が放つ圧倒的な存在感は、どんな宝石よりも目を引く。

 アルフォンスは震える手でそれを受け取り、鏡の前に立った。


 「……着てみるかい?」


 「ええ。貴方のための服だもの」


 彼が袖を通した瞬間、工房の空気が変わった。


 服が彼の身体に吸い付き、姿勢を正し、内側から溢れる自信を形にする。

 そこに立っていたのは、かつての薄っぺらな成金貴族ではなかった。


 苦労を知り、価値を知り、真の美しさを纏った、一人の洗練された紳士だったわ。


 「……すごい。鏡の中の自分が、別人に見える」


 アルフォンスが呟く。

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 「別人じゃないわ。

 それが、泥を被って皮を剥いだ、本当の貴方よ。

 服はね、中身を引き出すための魔法なの」


 「ありがとう、ストレイ嬢。……いや、師匠と呼ばせてくれ。僕は今まで、金で買えるものだけが価値だと思っていた。でも違ったんだ。この一着には、1800万ゴールド以上の価値がある!」


 彼が私に向かって深々と頭を下げる。

 その姿に、ケイナやディーノも拍手を送った。


 「へっ、見直したぜボンボン。お前も今日から『チーム・ストレイ』の一員だ」


 「ハロー! 君の輝き、僕の銀細工にも負けてないよ!」


 仲間たちに囲まれ、アルフォンスは照れくさそうに笑った。


 こうして、私たちは最強のパトロンを手に入れた。

 金だけでなく、心まで通じ合った信頼できるパートナーを。


 「さあ、舞踏会に行ってらっしゃい。

 隣国の姫君なんて、イチコロにしてきなさいな」


 「ああ! 任せてくれ! 僕の美学(と君の技術)を、世界中に見せつけてくるよ!」


 アルフォンスは颯爽と店を出て行った。

 その背中は、どんな勇者よりも頼もしく見えたわ。


 「さて、私たちも次の準備ね。

 アルフォンス様が宣伝してくれたら、また注文が殺到するわよ」


 私は新しいデザイン画を広げた。


 王都での基盤は固まった。


 次は、この勢いを駆って、いよいよ『本丸』――魔導院や貴族社会の中枢へと切り込んでいく番よ。


 私の針仕事は、まだ終わらない。


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