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第52話 服を食らう美食家、グルマン男爵


 あの大事故から数日後。


 ケースはまるで憑き物が落ちたように、研究に没頭していた。


 彼の机の上には、私が提供した魔法糸の切れ端や、失敗作の布地が山のように積まれている。


 彼はそれを特製の魔導顕微鏡で覗き込み、ブツブツと独り言を呟きながら、羊皮紙に猛烈な勢いで数式を書き殴っていた。


 「……分かった。分かったぞ! 社長の魔法の正体が!」


 深夜の工房に、ケースの叫び声が響く。


 私は仮眠から叩き起こされ、不機嫌な顔で彼の元へと向かった。


 「何よ、大声出して。

 新しい爆発の予兆なら、先に避難させてもらうわよ」


 「違います! ついに解明したんです! 社長の『お直し魔法』の理論を!」


 ケースは私の肩を掴み、興奮して捲くし立てた。


 「通常の付与魔法は、物質の『表面』に魔力をコーティングするだけです。しかし、社長の魔法は違う。物質の『構造』そのものに介入し、原子レベルの結びつき、テクスチャを書き換えているんです!」


 「……はあ。まあ、言われてみればそうかもね」


 私はあくびを噛み殺した。

 私にとってそれは、布の織り目を整えるのと同じ感覚なんだけど、学者先生にはそう見えるらしい。


 「つまり、社長は魔法を使っているのではなく、世界という巨大な織物を『編み直している』のです! これは魔法学の歴史を覆す大発見ですよ!」


 「はいはい、すごいのね。で、それが何の役に立つの?」


 「えっ? いや、その……学術的な価値が……」


 「私は実益が欲しいの。

 その理論を使って、もっと安くて高性能な魔導具が作れるなら褒めてあげるわ」


 私が現実的な要求を突きつけると、ケースは少し考え込み、そしてニヤリと笑った。


 「可能です。この理論を応用すれば、魔力消費を抑えつつ、効果時間を永続化させる『定着剤』が作れます。これを使えば、マジック・ウェアの実用化も夢ではありません!」


 「……やるじゃない。合格よ、弟子一号」


 私は彼の頭を撫でてあげた。


 理論と実践が噛み合えば、私たちの技術は無敵になる。

 フロンティア・テキスタイルは、服飾だけでなく、魔導産業のトップに躍り出るかもしれないわね。


+++++++


 翌日。


 店に一人の奇妙な客が訪れた。


 恰幅の良い体躯に、上質なスーツを纏った紳士。

 一見するとただの金持ちに見えるけれど、その目は異様な光を放ち、店内の服を舐めるように見回している。


 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 ケイナが声をかけると、紳士は鼻をひくつかせ、恍惚とした表情を浮かべた。


 「……いい香りだ。極上の魔力と、熟成された職人の技の香り。ここには『美味』な服があると聞いて来たのだが、噂以上だ」


 「は? 美味、ですか?」


 ケイナが首を傾げる。

 紳士は構わず、展示されていたシルクのスカーフを手に取り、あろうことかその端を口に含んだ。


 「!? お、お客様! 何を!?」


 「んん……! この舌触り、この喉越し! 素晴らしい! まるで最高級の生ハムのようだ!」


 彼はスカーフをムシャムシャと咀嚼し、飲み込んでしまった。


 店内が静まり返る。


 私も、ディーノも、ショウちゃんさえも、開いた口が塞がらない。


 「……おい、姐さん。あいつ、今、服を食ったよな?」


 「ええ、食ったわね。

 しかも生ハムの味がするらしいわ」


 呆気にとられていると、紳士は満足げにナプキンで口を拭い、私の方を向いた。


 「失礼。私はグルマン男爵。世にある全ての美食を食べ尽くし、今は『概念』の味を追求している美食家だ。君がこの店のシェフ……いや、デザイナーかね?」


 「ええ、そうですけど。……代金は頂きますよ?」


 「無論だ。金ならいくらでも払おう。だが、今のスカーフは前菜に過ぎない。もっと歯ごたえのある、魂を震わせるような『メインディッシュ』を出してくれたまえ」


 グルマン男爵は金貨の袋を積み上げ、挑発するように私を見た。

 服を食べる変態。

 普通なら追い出すところだけれど、私の職人魂(と商魂)が疼いた。


 (面白いじゃない。服の味なんて考えたこともなかったけど、そこまで言うなら満足させてあげようじゃないの)


 「いいでしょう、男爵。貴方の舌を唸らせる、至高の一皿を仕立ててあげるわ。ただし、消化不良を起こしても知らないわよ?」


 私は不敵に笑い、工房へと戻った。


 服飾×料理。


 新たな挑戦の始まりだわ。


++++++++


 私は工房に籠もり、かつてない難題に挑んでいた。


 『美味しい服を作る』


 言葉にすれば馬鹿馬鹿しいけれど、これを実現するには高度な技術が必要だわ。


 素材の味、食感、そして食べた時の魔力の広がり方。


 すべてを計算し尽くさなければ、あの舌の肥えた変態男爵を満足させることはできない。


 「ケース、魔力糸の『糖度』設定はどうなってる?」


 「現在、ショ糖の300倍です! これ以上上げると、食べた瞬間に脳が溶けます!」


 「スノッツティ、生地の食感は?」


 「最高だよ! パリパリのクロワッサンと、モチモチの大福の中間を実現した! 物理的強度は鋼鉄並みだけどね!」


 チーム総出で試作を繰り返し、ついに完成したのが『幻想のフルコース・ドレス』。


 前菜のストール、スープのコルセット、魚料理のスカート、肉料理のジャケット。

 それぞれのパーツに異なる味覚テクスチャを織り込み、着るだけでなく「食べる」ことで魔力を摂取できる、究極のサバイバル食料?だ。


 「お待たせしました、男爵。こちらが本日のメインディッシュです」


 私は銀のトレイに乗せたドレスを、グルマン男爵の前に恭しく差し出した。


 ドレスは見るからに美味しそうな色艶をしており、ほんのりとバニラと焦がしバターの香りが漂っている。


 「ほう……。見た目は及第点だが、肝心なのは味だ」


 男爵はナイフとフォークを構え、ドレスの袖口を切り取った。

 そして、ゆっくりと口に運ぶ。


 サクッ。


 小気味よい音が響き、男爵の動きが止まった。

 彼の瞳が見開かれ、頬が紅潮していく。


 「……んんっ! こ、これは……!」


 「いかがかしら?」


 「ファブリック、生地の香ばしさが口いっぱいに広がり、噛むほどに魔力の甘味が溢れ出してくる! 絹の滑らかさが舌の上で溶け、まるで雲を食べているようだ! なんだこれは、服なのか!? 料理なのか!?」


 「両方よ。

 貴方が求めていた『概念の味』、堪能していただけたかしら?」


 男爵は理性を失ったように、ドレスにむしゃぶりついた。

 「美味い! 美味いぞおおお!」と叫びながら、高級ドレスを食い荒らす姿は、正直引くレベルだったけれど、客が満足しているなら良しとしましょう。


 「……ふぅ。食った、食った。これほどの珍味、世界中を探してもここだけだろう」


 完食した男爵は、満足げに腹をさすった。

 彼の全身からは、摂取した魔力がオーラとなって溢れ出している。


 「代金は弾ませてもらう。それと、私の屋敷で開かれる晩餐会に、ぜひケータリング、出張仕立てをお願いしたい」


 「ええ、喜んで。ただし、デザート、追加料金は別腹よ?」


 私はニッコリと笑い、提示された小切手を受け取った。


 そこには、ドレス一着分とは思えない、屋敷が建つほどの金額が書かれていた。


 「やったな姐さん! これでまた資金が増えたぜ!」


 ディーノが小躍りする。


 変な客だけど、太客には違いないわね。


 こうして、フロンティア・テキスタイルに『食用部門』という謎のジャンルが加わることになった。


 (……まあ、イマクサでの食糧難対策にも応用できそうだし、無駄にはならないわよね)


 私は空になったトレイを見つめ、次なる商品開発という名のゲテモノ料理の再現などに思いを馳せた。


 (さすが、リアルな異世界。異世界モノのラノベで服を食べる貴族は見たことが無いわ。流石にそんな物語的に意味のない発想をする作者はいないでしょうから。これぞ、事実は小説よりも奇なりね。)


 私のブランドは、服飾の枠を超え、衣食住すべてを侵食し始めている。


 世界を私の色に染める日も、そう遠くないかもしれないわ。



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