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第51話 金欠学者ケースの震える指先、あるいは師弟の絆


 王立魔導院との公開討論会での完全勝利から数日後。


 『フロンティア・テキスタイル』の名声は、王都だけでなく近隣諸国にまで轟き始めていた。


 店は連日満員、予約は半年待ちという嬉しい悲鳴が上がっている。


 そんな中、私たちの勝利の立役者であるケースは、工房の隅で青い顔をして震えていた。


 「……お腹、空いた」


 彼の手には、ボロボロになった魔導書の束が握られている。


 どうやら、討論会の成功報酬として渡した特別ボーナスを、全て稀少な魔導書の購入に充ててしまったらしい。


 そのせいで、今月の食費がゼロになったというわけだ。


 「はぁ……。

 あんた、本当に学者バカね。

 知識でお腹は膨れないって、何度言えば分かるの?」


 私は呆れながら、ケイナにサンドイッチを用意させた。


 ケースはそれを猛獣のように貪り食い、ようやく人心地ついたようだ。


 「生き返りました……! いやぁ、あの『古代ルーン文字解析書・第3巻』がまさかあんな値段で売られているとは! これを買わない手はないでしょう!」


 「はいはい。で、その本から何か新しい発見はあったの?」


 私が尋ねると、ケースの目がギラリと光った。

 彼は口の周りのパン屑も拭わずに、新しい設計図を広げた。


 「ありますとも! 社長、これを見てください! 魔導ミシンの改良案です!」


 彼が示したのは、現在稼働中の『魔導自動刻印機』オート・プレスの心臓部にあたる魔法陣の改修プランだった。


 複雑怪奇な数式が並んでいるが、要約すると『魔力消費を半分に抑えつつ、処理速度を三倍にする』という夢のような理論だ。


 「……これ、本気で言ってるの?

 理論上は可能かもしれないけど、これを実現するには髪の毛一本分の誤差も許されない精密な魔力制御が必要よ?」


 「ええ、そうです。だからこそ、僕の手では不可能なのです。……社長、貴女の『糸』が必要です」


 ケースが真剣な眼差しで私を見つめる。


 彼は自分の限界を知っている。


 理論は完璧でも、それを形にする技術がない。

 逆に私は、技術はあるけれど、それを体系化する理論が不足している。

 私たちは、互いに欠けたピースを埋め合う、完璧なパートナーなのだわ。


 「分かったわ。やりましょう。ただし条件がある」


 「な、何でしょう? 給料の前借りですか?」


 「違うわよ。

 ……あんた、これからはちゃんとご飯を食べなさい。

 ケイナが作る賄いを三食きっちり食べること。

 それが条件よ」


 「えっ? それだけでいいんですか?」


 「それだけよ。

 倒れられたら私が困るもの。

 さあ、そうと決まれば実験開始よ!

  スノッツティも呼んで!」


 私たちは工房に籠もり、魔導ミシンの改良に取り掛かった。


 ケースが読み上げる数式を、私が魔力糸で空中に再現し、スノッツティがそれを物理的な回路へと落とし込んでいく。


 三人の才能が火花を散らし、融合していく。


 「そこだ! その座標に魔力密度を集中させて!」

 「ラジャー! 歯車の回転数、同期させるよ!」

 「いいわね、このリズム! 最高にハイになれるわ!」


+++++++


 作業は深夜まで続いた。


 そして、夜明けと共に、新しい心臓部が完成した。

 虹色に輝くクリスタルの中で、複雑な幾何学模様が生き物のように脈動している。


 「……美しい。これが、僕たちの答えだ」


 ケースが震える指先でクリスタルに触れる。

 その目には、研究者としての至上の喜びが浮かんでいた。


 「さあ、試運転よ。スイッチ・オン!」


 私が魔力を流し込むと、ミシンが静かに、しかし力強く唸りを上げた。


 その速度は、以前とは比べ物にならないほど速く、そして正確だった。

 次々と吐き出される高品質なカードや布地。


 これなら、イマクサ支店どころか、世界中に支店を出しても供給が追いつくわ!


 「やった……! 成功だ!」


 ケースが歓声を上げ、その場に崩れ落ちた。

 極度の緊張と空腹からの解放。

 私は彼を抱き起こし、優しく背中を叩いた。


 「よくやったわ、弟子一号。

 これで一生分の食い扶持は稼げたわよ」


 「はい……! 社長、ありがとうございます……!」


 朝日が差し込む工房で、私たちは互いの健闘を称え合った。


 金欠学者の震える指先は、今や未来を掴むための確かな力となっていたわ。


++++++++


 魔導ミシンの改良に成功し、私たちは次なるステップへと進んだ。


 それは、私の魔法糸の技術を応用した、『着るだけで魔法が使える服』マジック・ウェアの開発だ。


 これが完成すれば、魔力を持たない庶民でも、簡単な生活魔法、着火、浄水、照明などを使えるようになる。


 まさに、生活革命よ。


 「理論上は完璧です。服の繊維に微細な魔法陣を織り込み、着用者の生体電流をトリガーにして術式を起動させる。これなら、魔力回路を持たない人でも魔法を行使できます!」


 ケースが興奮気味に設計図を説明する。

 彼の目は寝不足で充血しているけれど、その輝きは以前よりも増しているわ。


 「よし、やってみましょう。

 まずは初級魔法の『ライト』照明からね」


 私は試作中の手袋に、ケースの設計した魔法陣を刺繍していった。

 指先に魔力を集中させ、慎重に、そして大胆に。


 スノッツティも横で、魔力増幅用の微細な宝石をセッティングしている。


 「完成だ! これで指を鳴らせば、手袋が光るはずさ!」


 「誰がテストする? やっぱり俺か?」


 ディーノが嫌そうな顔をするが、今回はケースが自ら手を挙げた。


 「僕がやります! 自分の理論を、自分の体で証明したいんです!」


 「……いい度胸ね。じゃあ、お願いするわ」


 ケースは手袋をはめ、深呼吸をした。

 そして、高らかに指を鳴らした。


 パチンッ!


 その瞬間、手袋から眩い光が溢れ出した。

 成功かと思われたが、光は収まることなく、さらに強さを増していく。

 いや、これはただの光じゃない。

 魔力の暴走だわ!


 「うわあっ!? 熱い! 止まらない!」


 「ケース! 外して!」


 私が叫ぶが、手袋はケースの手に吸い付いたまま離れない。


 魔力が逆流し、術式が臨界点を超えようとしている。

 このままでは、ケースの手が吹き飛ぶどころか、工房ごと爆発しかねない。


 「くそっ、やっぱり俺がやるべきだったか!」


 ディーノが駆け寄ろうとするが、魔力の奔流に弾き飛ばされる。

 スノッツティも腰を抜かして動けない。

 動けるのは、影銀のコルセットを纏った私だけ。


 「……まったく、世話が焼ける弟子ね!」


 私は迷わず、暴走する光の中へと飛び込んだ。


 熱波が肌を焦がそうとするが、私の絶対防汚・耐熱仕様ドレスがそれを防ぐ。

 私はケースの手首を掴み、自分の魔力を強制的に送り込んで、暴走する回路を内側から『中和』しにかかった。


 「社長、離れてください! 巻き込まれます!」


 「黙りなさい! 私の店で、従業員に怪我なんてさせないわよ!」


 私は歯を食いしばり、魔力糸を操った。


 暴れ回る光の粒子を一本一本絡め取り、結び目を解いていく。

 まるで、爆弾の解体作業だわ。


 バヂヂヂッ!


 最後の回路を切断した瞬間、激しい閃光と共に衝撃波が広がった。

 私はケースを抱きかかえ、その身を盾にして爆風を受け止めた。


 ……静寂。


 煙が晴れていく。


 工房の中はめちゃくちゃになっていたけれど、全員無事だった。

 私の腕の中で、ケースが震えている。


 「しゃ、社長……? 大丈夫ですか……?」


 「……ん、まあね。

 ちょっと髪が焦げたけど、この程度なら『お直し』の範疇よ」


 私は立ち上がり、煤だらけのドレスを払った。


 ドレスはボロボロになっていたけれど、私の体には傷一つない。

 コルセットとドレスの加護、そして何より、私自身の『意地』が守ってくれたのよ。


 「ごめんなさい……僕の計算ミスです……」


 ケースが涙を流して謝る。

 私は彼の黒焦げになった残骸、元手袋を拾い上げ、ポンと彼の頭に乗せた。


 「失敗は成功の母、ってね。

 次はもっと上手くやんなさい。

 ただし、私の前以外で死のうとしたら承知しないわよ」


 「はい……! はいっ!」


 ケースが泣きじゃくる。

 やれやれ、手のかかる子たちだわ。

 でも、この失敗から得られたデータは貴重よ。

 次は必ず成功させる。


 私のブランドに、不可能という文字はないんだから。


 「さあ、片付けよ!

  明日も店を開けなきゃいけないんだから、休んでる暇はないわよ!」


 私の檄が飛び、工房に活気が戻る。


 雨降って地固まる。


 私たちの結束は、この事故を通じてより一層強固なものになったわ。


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