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第5話 因果律の洗濯~シミ抜き感覚で浄化


 身体能力を補正する刺繍下着の出来栄えを確認していると、離れの古びた扉がギィと嫌な音を立てて開いた。


 入ってきたのは本館から食事を運んできた、鼻持ちならない態度の下男だ。

 彼は私とケイナの姿を見ると、あからさまに不快そうに鼻を鳴らして、盆をテーブルに叩きつけるように置いた。


 「死に損ないのストレイお嬢様。

 奥様からの温かい慈悲のスープですよ。

 一滴残らず飲んで、早く楽になりなさいな」


 下男はそれだけ言い捨てると、こちらの返事も待たずに立ち去った。

 ケイナが怒りに震えながらも、同時に恐怖で顔を青くしている。

 盆の上に置かれているのは、相変わらず具の欠片も見当たらない、灰色に濁った薄気味悪いスープだ。


 灰色に濁ったスープを出すとか典型的な悪徳の異世界転生で、ゲームの世界とか小説の世界なのかと疑いそうになる。

 目覚めるまでのストレイは『困らせたくない』という気持ちから、なるべく上澄みをすくって飲もうと頑張ったみたいだけど。


 ストレイとしての記憶が、このスープを飲むたびに意識が遠のき、内臓が焼け付くような痛みを感じていたことを克明に呼び覚ます。


 もしチートが無くても、こんな色のスープを開拓民子なら『なんでやねーん!』ってちゃぶ台ひっくり返すわ。


 「……お嬢様、やはりこれは捨てましょう。

 私が裏庭で食べられる野草を探してまいりますから」


 「待ちなさいケイナ。こんな上等な素材、捨てるなんてもったいないじゃない。

 私のモットーは、出されたものは全部ネタにする、なのよ」


 「ね、寝たですか?」


 私はスープの表面に指を近づけた。

 今の私には構成が見える。

 スープという液体の中で、本来なら滋養となるはずの魔力の粒子を、どす黒い粘着質な糸が締め上げている光景が。

 これが毒の正体。

 魔力を腐敗させ、体内の循環を止める『因果の汚れ』だ。


 (あーあ、ひどい仕立てね。こんな安物の毒で私を消そうなんて。こんなのだと、うちのバイト先の不当契約書の方がよっぽど猛毒だったわよ。だからって徐々に弱らせて殺すのが良いわけじゃないのよ。)


 私はフッと笑い、指先から銀色の魔力糸を紡ぎ出した。


 魔導を展開しイメージするのは、最高級の染み抜き作業。


 まず、汚染された魔力の粒子を、私の魔力糸で一つずつ丁寧に包み込む。

 繊維を傷めないように、けれど汚れの芯だけを確実に捉える。


 服飾専門学校時代に学んだ溶剤の揮発性を、魔力の拡散性へと変換して毒素の分子構造をバラバラに解体していく。


 「いい、ケイナ。こういう頑固な汚れはね、力任せに擦っちゃダメ。

 汚れを浮かせて、魔力の隙間に逃げ道を作ってあげる。

 そうすれば……ほら」


 私が指を弾くと、魔導で作られる構成が現実に干渉しスープの表面に浮かんでいたドロリとした膜が、一瞬で弾けて霧散した。

 濁っていた液体が、まるでアニメに出てくる魔法をかけたように透き通った黄金色へと変化していく。


 毒素という名の汚れだけを物理的に切り離し、空気中へと『揮発』させたのだ。

 私にしてみれば、これはただの『因果律の洗濯』に過ぎないけれど、常識的な魔法使いが見れば卒倒するような超高等技術だろう。


 「……お嬢様、スープが、宝石のように輝いています。

 毒特有のあの嫌な臭いも、すっかり消えて……」


 概念に干渉できる魔導の凄さはそれだけじゃのよ。

 だって美味しく感じる味覚の概念にアクセスして構成すれば。


 「これが本来のポテンシャルよ。さらにここへ、私の魔力糸から『旨味』のテクスチャを少しだけ継ぎ足してあげれば……はい、完成。究極のコンソメスープの出来上がりよ」


 私は仕上げに、魔力の糸を細かく裁断してスープに溶け込ませた。

 それは飲む者の活力を強制的に引き出し、魔力の回路を活性化させる、栄養剤を遥かに超えたもっと高い次元にある『聖なる出汁』だ。


 私はスプーンを取り、自らそのスープを一口運んだ。

 舌の上で弾ける圧倒的な美味。と同時に、昨夜から続けている身体の『お直し』が、このスープのエネルギーを吸い取って加速していくのを感じた。


 「おいしい! ケイナ、あなたも飲みなさい。

 これはもう毒じゃない、私たちの反撃のための燃料よ」


++++++++


 私が差し出した黄金のスープを、ケイナは震える手で受け取った。


 彼女の瞳には戸惑いと、それ以上に私への絶対的な信頼が混ざり合っている。

 毒だと分かっているものを口にする恐怖よりも、生まれ変わった私の言葉を信じたいという健気な決意。


 その思いに応えるのが、四十二歳の元女芸人の心意気ってもんでしょ。


 ケイナがおずおずとスープを一口啜った瞬間、彼女の細い肩がビクンと跳ねた。


 「……っ!? な、なんですかこれ、お嬢様! 身体が、身体の芯からお日様に包まれているみたいに熱くて、それに、すごく美味しいです!」


 当然よ。

 私の『因果律の洗濯』は、単に毒を抜くだけじゃない。


 布地の繊維を整えるように、この世界には無い構成概念である液体の分子構造を理想的な形に再構成して、魔力の吸収効率を極限まで高めているんだから。


 ケイナの顔色がみるみるうちに良くなり、煤けていた肌に瑞々しい艶が戻っていく。

 今この瞬間、私の仕立てた究極の出汁によって急速に修復されているのが、私には手に取るように見えていた。


 「よし、燃料補給は完了ね。

 次は、このカビ臭い空気の洗濯といきましょうか」


 私は指先を指揮者のように動かし、魔導から概念を視覚化し、あるべき構成を引き出し生成した銀色の魔力糸を部屋中に解き放った。

 狙うは、壁の隙間や絨毯の奥深くに染み付いた、物質的な汚れだけでなく長年の悪意という名の『汚れ』だ。


 普通の掃除じゃ落ちないような魔力的な淀みを、私は世界を構成する概念に干渉した魔法糸の摩擦で一つずつ絡め取っていく。

 イメージするのは、回転式の巨大な洗濯機。

 部屋全体のバイアスを調整して、淀んだ空気を窓の外へと力技で押し流し、代わりに庭園の清浄な魔力を室内に編み込んでいく。


 「お、お嬢様、見てください! 壁のシミが、カビが消えていきます!」


 ケイナが声を上げると同時に、離れの薄暗い一室に、ありえないほどの透明感が生み出された。


 これは単なる掃除じゃない。


 空間そのもののテクスチャを書き換える、私独自の『環境魔法』だわ。


 かつて『ワイワイ放送』で、ゴミ屋敷一歩手前だった私のボロアパートを、手作りリースや高級な置物で飾り付けて、カメラの画角内だけの高級ホテルのロビーように偽装したあのテクニック。


 あの時は虚飾だったけれど、今の私は本物の魔法で、このゴミ溜めを『聖域』に作り変えている。


 埃ひとつないフローリング、磨き上げられたような輝きを放つ窓ガラス。

 ここが少し前まで「ゴミ溜め」と呼ばれていたなんて、誰も信じないだろう。


 「ふぅ、これでようやく人並みの生活環境ね。

 さて、毒を盛った連中は、私が今頃冷たくなっているとでも思っているのかしら」


 私は浄化された空気の中で、深く息を吸い込んだ。

 体内の毒は抜け、栄養は行き渡り、生活基盤も整いつつある。


 次はいよいよ、この離れを拠点にした本格的な『武装』の準備だわ。

 私をバカにした連中の度肝を抜くような、最高の衣装を仕立ててあげないと。


 窓の向こうにそびえる本館を見据え、私は不敵に笑った。


 かつて売れない芸人だった頃、舞台の袖で『芸の勝負』という出番を待っていた時の、あのヒリつくような高揚感が戻ってきている。


 イツメンたちが見ていたら、きっと最高のイベント配信に投げ銭を飛ばしてくれたはずの、逆転劇の第二幕がいよいよ始まるわよ。


 さあ、次はお義母様への『お礼参り』のための、とびきりのドレスを仕立てましょうか。



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