第49話 年収1800万の求婚、あるいは買収提案
イマクサへの物資輸送が順調に進む中、王都の本店は今日も変わらぬ賑わいを見せていた。
私がカウンターで帳簿の整理をしていると、店の前でけたたましいファンファーレが鳴り響いた。
何事かと顔を上げると、そこには先日リフォームしてあげたコートを纏い、大量の薔薇の花束を抱えたアルフォンスが立っていたわ。
「ストレイ嬢! 君に会いに来たよ! 僕の女神!」
彼は店に入ってくるなり、私の前に跪いて花束を差し出した。
周囲の客たちがざわめき、ケイナが目を丸くしている。
相変わらず、登場の仕方が派手ね。
「あら、アルフォンス様。
いらっしゃいませ。
今日はどんなご用件で?
また服のサイズが合わなくなったのかしら?」
私が冷ややかに対応すると、彼はフッと笑って髪をかき上げた。
「冗談を言うね。君が仕立てた服は、僕の体に完璧にフィットしているよ。今日来たのは、もっと重要な提案があるからだ」
彼は懐から一枚の小切手を取り出し、カウンターの上にバンと叩きつけた。
そこに書かれている金額は、目が飛び出るような数字だったわ。
「単刀直入に言おう。この店を、僕に売ってくれないか? いや、正確には『僕のもの』になってほしいんだ」
「……は?」
「僕の年収は1800万ゴールドだ。君の才能を評価し、君の人生を丸ごと買い取るだけの資産はある。どうだい? 僕と結婚して、ゴールドバーグ家の専属デザイナーにならないか?」
アルフォンスの言葉に、店内が静まり返った。
客たちは息を呑み、ケイナは「えええっ!?」と悲鳴を上げている。
なるほど、求婚に見せかけた買収提案、あるいは買収に見せかけた求婚ね。
どちらにしても、私にとっては迷惑な話だわ。
「……お断りよ。
私は誰かの所有物になるつもりはないの。
自分のブランドは、自分で守るわ」
私が即答すると、アルフォンスはショックを受けたような顔をした。
けれど、すぐに気を取り直し、さらに畳み掛けてくる。
「な、なぜだ! 金か? 金が足りないのか? なら倍出そう! いや、三倍でもいい!」
「お金の問題じゃないわ。
自由の問題よ。
それに……」
私は彼を頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察した。
リフォームしたコートは完璧に着こなしているけれど、その下に合わせているシャツとズボンのセンスが壊滅的だわ。
蛍光色の水玉模様に、無駄に丈の短いパンツ。
これじゃあ、せっかくのコートが台無しよ。
「貴方、その服の合わせ方、本気でイケてると思ってるの?」
「えっ? もちろんだとも! これは王都で一番流行っている『アバンギャルド・スタイル』だぞ!」
「……はぁ。
流行に流される男は嫌いよ。
自分のスタイルを持っていない人間が、私のブランドを語る資格はないわ」
私はため息をつき、彼の手から花束を奪い取ってケイナに渡した。
「ケイナ、これ花瓶に生けておいて。
……アルフォンス様、出直してきてくださる?
貴方が『本物のお洒落』を理解できるようになったら、また相手をしてあげるわ」
「な、なんだってー!? 僕がお洒落じゃないだと!?」
アルフォンスが絶叫する。
彼のプライドはズタズタに引き裂かれたようね。
でも、これで諦めるような男じゃないことは分かっているわ。
彼は悔し紛れに、捨て台詞を吐いて店を出て行った。
「覚えていろ! 絶対に君を振り向かせてみせる! そのために、最高の助っ人を連れてくるからな!」
「はいはい、楽しみにしてるわよ」
私は手をひらひらと振って彼を見送った。
やれやれ、面倒なパトロンを持ってしまったものね。
でも、彼の財力と行動力は、イマクサ遠征の大きな武器になるはず。
上手く手懐けて、私の『財布』として育て上げないと。
「お嬢様、あの方……本気でしょうか?」
「本気よ。
だからこそ扱いにくいの。
でもね、ケイナ。男は単純な生き物だから、一度目標を与えてあげれば、勝手に走っていくものなのよ」
私は悪戯っぽく笑った。
アルフォンスが連れてくるという『助っ人』。
それが誰なのか、少しだけ興味が湧いてきたわ。
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数日後。
アルフォンスは宣言通り、再び店に現れた。
今度は花束ではなく、一人の男を無理やり引きずって。
「見たまえ、ストレイ嬢! 彼こそが王都一の頭脳を持つ魔導学者、ケース君だ! 彼がいれば、君の魔法の秘密も丸裸だぞ!」
アルフォンスがドヤ顔で紹介した男を見て、私は思わず吹き出しそうになった。
ボロボロのローブに寝癖のついた髪、そして死んだ魚のような目。
見間違えるはずもない、うちの研究開発部で雇っているケースじゃない。
私の前世での知識を織り交ぜて色々と作ってもらっているのよね。
「……あの、アルフォンス様?
その方、ウチの社員なんですけど」
「えっ?」
アルフォンスが固まる。
引きずられてきたケースも、私を見て気まずそうに目を逸らした。
「あ、どうも社長。……いや、その、こいつに無理やり連れてこられまして」
「ケース、君……ここで働いていたのか!? 王立魔導院を追い出されたと聞いて心配していたのに!」
「追い出されたんじゃない、自主退職だ。それに、ここは最高の職場だよ。研究費は使い放題だし、ご飯も美味い」
二人のやり取りを聞いて、私は状況を理解した。
どうやら彼らは学生時代の友人か何かで、アルフォンスはケースの頭脳を頼りに私を攻略しようとしたらしい。
世間は狭いものね。
「なるほどね。
で、アルフォンス様。ウチの社員を使って、私に何をしようって言うの?」
私が腕を組んで見下ろすと、アルフォンスは咳払いをして居住まいを正した。
「こ、今回は挨拶代わりだ! 僕は君の才能を認めているが、君もまだ僕の『美学』を理解していないようだ。だから、彼に僕の素晴らしさを理論的に説明してもらおうと思ってね」
「無理だよアルフォンス。君のセンスは理論じゃ説明できない。カオス理論の領域だ」
ケースが即座に否定する。
ナイスツッコミだわ、弟子一号。
「うぐっ……! ケース、君はどっちの味方なんだ!」
「僕は真理の味方だ。そして今、真理はストレイ社長にある」
ケースは私の作ったドレスを指差し、熱弁を振るい始めた。
魔力回路の効率性、素材の親和性、そしてデザインに込められた機能美。
専門用語を並べ立てて私の服を絶賛する彼を見て、アルフォンスは悔しそうに、しかしどこか嬉しそうに頷いている。
(……変な関係ね。でも、悪くないわ)
私は二人の様子を見て、ある計画を思いついた。
アルフォンスの資金力と、ケースの知識。
この二つが組み合わされば、私のブランドはさらに進化できるはず。
「ねえ、アルフォンス様。そんなに私のことが知りたいなら、ケース君と一緒に『共同研究』してみない?」
「き、共同研究?」
「ええ。
貴方は資金と素材を提供し、ケース君がそれを解析して新しい商品を作る。
私はそれを監修する。
どう? 貴方の名前が入った商品が、世界中で売れるかもしれないわよ」
「『アルフォンス・モデル』か……! 悪くない、いや最高だ! やろう! 今すぐ契約だ!」
アルフォンスが食いついた。
本当に単純な男ね。
でも、これでまた一つ、私の手駒が増えたわ。
「決まりね。
ケース、あんたもいいわね?」
「僕は研究ができれば何でもいいです。あと、夕飯に肉が出るなら」
「出すわよ。最高級のステーキをね」
こうして、奇妙なトライアングルが結成された。
金持ちのパトロン、貧乏な天才学者、そして元芸人の仕立て屋。
この三人が揃えば、王都に新しい旋風を巻き起こせるはずだわ。
「さあ、仕事よ!
アルフォンス様、まずはそのダサい服を脱いで。
ケース君と一緒に、徹底的に分析してあげるから!」
「えっ、ここで脱ぐのか!? ちょっと待ってくれ心の準備が!」
店内に笑い声が響く。
次なる展開は、理論と感覚がぶつかり合う、服飾バトルの開幕よ!




