第48話 開店準備完了、そして1800万ゴールドの男
バルガス船長との提携により、海路の確保にも目処が立った。
陸路はロドリ、海路はバルガス、そして現地の撹乱はディーノ。
私の描いたイマクサ攻略の布陣は、着々と完成しつつあるわ。
「よし、これならいける。
王都の本店は軌道に乗ったし、次はイマクサ支店のオープン準備よ」
私は工房で、イマクサへ送る資材の最終チェックを行っていた。
防寒着、ケッターボール、そして食料や医療品。
それらを魔法糸で圧縮し、コンテナ、木箱に詰め込んでいく。
「お嬢様、本当に行かれるのですか? 王都のお店は、私一人で……」
ケイナが不安そうに私を見つめる。
彼女は最近、店長代理としてメキメキと頭角を現しているけれど、まだ私がいなくなることへの不安は拭えないみたいね。
「大丈夫よケイナ。
貴女ならできるわ。
それに、私はすぐに行くわけじゃない。
まずはディーノたちを先発隊として送り込んで、現地の基盤を固めてからよ」
私はケイナの肩を抱き、励ました。
イマクサは危険な場所だ。
いきなり私が乗り込んでも、バルバロス公爵に狙い撃ちされるだけ。
まずは外堀を埋め、公爵の戦力を削ぎ落としてから、満を持して『本命』である私が登場する。
それが、最も効果的な演出だわ。
「それまでは、貴女がこの店を守って。私の留守を預けられるのは、貴女しかいないの」
「はい……! お嬢様が帰ってくるまで、この店を王都一番のブランドに育て上げてみせます!」
ケイナが涙を拭い、力強く頷く。
その顔つきは、もう頼りないメイドのそれではない。
一人の自立した女性、そして経営者の顔だわ。
「頼もしいわね。さあ、そうと決まれば、今のうちに王都での『地盤』をもっと強固にしておかないと」
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私は窓の外、賑わう大通りを見下ろした。
フロンティア・テキスタイルは順調だけれど、まだ足りないものがある。
それは、貴族社会における『絶対的な後ろ盾』だ。
ロドリは商人だし、監察官は役人。
もっとこう、権力と金を持っていて、かつ私の思い通りに動いてくれる、都合のいい『太客』が必要なのよ。
(……贅沢な悩みだけど、そんな都合のいい人間、そうそういないわよね)
私がため息をついたその時、店の入り口で騒ぎが起きた。
カランカランと激しいベルの音と共に、一人の男が従者を連れて入ってきたのだ。
彼は全身を煌びやかすぎる、そして趣味の悪い衣装で包み、まるで歩く宝石箱のような出で立ちで、店内の客たちを威圧していた。
「おい、店主はどこだ! この店で一番高い服を持ってこい! 金ならいくらでもある!」
男が大声で叫ぶ。
その手には、見るからに重そうな金貨の袋が握られている。
客たちが眉をひそめ、ケイナが困った顔で対応しようとするが、男は聞く耳を持たない。
「……あらあら。噂をすれば何とやら、かしら」
私は苦笑いしながら、カウンターを出て男の前に立った。
近くで見ると、その服の酷さが際立つわね。
最高級の素材を使っているのに、色の組み合わせが最悪で、縫製も雑。
素材が泣いているわ。
「いらっしゃいませ。
当店へようこそ。一番高い服をご所望ですか?」
「そうだ! 僕はアルフォンス・フォン・ゴールドバーグ! 年収1,800万ゴールドを誇る、王都一の資産家だ! この店の服が評判だと聞いて来てやったんだ、最高のものでもてなせ!」
アルフォンスと名乗った男は、胸を張って宣言した。
年収自慢に、家柄自慢。
典型的な成金貴族ね。
でも、その瞳には、単なる傲慢さだけではない、何か『満たされない飢え』のようなものが見え隠れしている。
(……へえ。面白そうな素材が来たじゃない)
私は心の中で舌なめずりをした。
金払いが良くて、ファッションに興味があり、そして何より『教育しがい』がありそうな男。
彼こそが、私が探していた『パトロン候補』かもしれないわ。
「分かりました、アルフォンス様。
では、特別に私の『とっておき』をお見せしましょう。
ただし、その前にお客様のその『残念な衣装』について、少しお話しさせていただいてもよろしいですか?」
「な、何だと!? 僕の服が残念だと!?」
アルフォンスが顔を真っ赤にして怒る。
さあ、ショータイムの始まりよ。
この高慢ちきな男を、私の技術と言葉で、完膚なきまでに『お直し』してあげるわ。
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「僕の服が残念だと!? このコートは、王室御用達の職人に特注で作らせた、一着50万ゴールドの最高級品だぞ!」
アルフォンスが喚き散らす。
周囲の客たちが遠巻きに見守る中、私は冷静に彼のコートを観察した。
確かに素材は一級品だわ。
北方の幻獣の毛皮に、南方の魔力を帯びた絹糸。
けれど、それらを繋ぎ合わせる技術が伴っていない。
「ええ、素材は素晴らしいわ。
でもね、アルフォンス様。その肩のライン、少し窮屈じゃありません?
腕を上げるたびに、背中の生地が悲鳴を上げているわよ」
「なっ……! そ、それは……!」
図星を突かれたのか、アルフォンスが言葉を詰まらせる。
彼は無意識に肩を回し、違和感を誤魔化そうとしている。
「それに、その金色の刺繍。
魔力の通り道を無視して縫われているから、着ているだけで魔力を無駄に消費しているわ。
貴方がいつも疲れやすいのは、その服のせいよ」
「ば、馬鹿な! そんなことが……!」
「論より証拠。ちょっと脱いでごらんなさい」
私は強引に彼の上着を脱がせ、作業台の上に広げた。
銀の針を取り出し、躊躇なく生地に突き立てる。
「ちょっと! 何をする気だ!」
「お直しよ。見てなさい、これが『本物』の仕立てというものよ」
私の指先が閃く。
魔導を展開すると影銀の糸が走り、コートの縫い目を一度すべて解きほぐす。
そして、彼の骨格と魔力回路に合わせて、瞬時に再構築していく。
無駄な装飾を削ぎ落とし、機能美を追求したラインへと生まれ変わらせる。
「……完成。着てみて」
数分後。
私はリフォームされたコートを彼に手渡した。
見た目は以前よりもシンプルになったけれど、その放つ存在感は段違いだわ。
アルフォンスは半信半疑で袖を通し、そして目を見開いた。
「……軽い。嘘だろ、着ていないみたいだ。それに、魔力が……全身を駆け巡るようだ!」
彼はその場で軽くジャンプし、腕を振り回した。
その動きには、先ほどまでのぎこちなさは微塵もない。
「これが、僕の本当の力……! 素晴らしい! 君は天才か!」
アルフォンスが私の手を取り、跪く。
その瞳は、もはや私を崇拝する信者のそれだわ。
「気に入っていただけたようで何よりですわ。
お代は……。
そうね、貴方のその『審美眼』と『資金力』で払ってもらいましょうか」
「もちろんだ! 君の店の商品は、僕が全て買い占める! いや、君の活動資金は全て僕が出そう! 君の才能を世界に知らしめるのが、僕の使命だ!」
単純な男ね。
でも、こういうタイプほど一度懐に入れば裏切らないものよ。
これで、王都での資金源と、貴族社会への強力なコネクションを手に入れたわ。
「契約成立ね、パトロン様。
これからは、私のワガママにたっぷりと付き合ってもらうわよ」
「望むところだ! さあ、次はどんな奇跡を見せてくれるんだい?」
アルフォンスが目を輝かせる。
その背後で、ケイナやディーノが呆れつつも安堵の表情を浮かべている。
こうして、フロンティア・テキスタイルに新たな、そして騒がしい仲間が加わった。
次なる舞台は、アルフォンスを巻き込んでのさらなるドタバタ劇、そして因縁のライバルたちとの対決よ。
私のブランドは、もう誰にも止められないわ!




