第46話 魔法糸で編む『黄金のボール』そして砕け散る工房の壁
王都の下町で見た子供たちの笑顔を脳裏に焼き付け、私は工房へと舞い戻った。
イマクサの子供たち、そして大人たちを熱狂させるためには、ただ丈夫なだけのボールじゃ足りない。
蹴るたびに心が躍り、明日への活力が湧いてくるような、魔法のアイテムでなきゃ。
「素材は最高級の飛竜、ワイバーンの革。
縫合には伸縮性を極限まで高めた影銀糸。
そして核には……」
私は作業台の上に、拳大の魔石を置いた。
それは、以前の戦闘で倒したダスト・ゴーレムの核を浄化し、純粋な魔力結晶へと変えたものだ。
この魔石が、ボールに命を吹き込む心臓となる。
「スノッツティ、この魔石を球体の中心に固定するフレームを作って。衝撃を完全に吸収しつつ、魔力を外側へ均等に放出する構造でね」
「ラジャー! 僕の繊細な指先にかかれば、お茶の子さいさいさ!」
スノッツティが精密工具を操り、ミスリル銀のワイヤーで複雑な幾何学模様の檻を編み上げていく。
その間に、私は革の裁断に取り掛かった。
五角形と六角形のパーツを切り出し、それぞれの裏面に『軌道補正』と『発光』の魔法陣を焼き付けていく。
「いい? このボールはただ蹴るための道具じゃない。蹴った人の想いを推進力に変える、一種の魔導具なのよ」
私は銀の針を走らせ、スノッツティが作ったフレームを革で包み込んでいく。
一針ごとに魔力を込め、革とフレーム、そして核となる魔石を一つの生命体として融合させる。
仕上げに、表面に金色の塗料、魔力伝導塗料でフロンティア・テキスタイルのロゴを描けば……。
「完成よ。名付けて『ゴールデン・ストライカー』!」
私の手の中で、ボールが微かに脈動した。
黄金色に輝くその球体は、ただ置かれているだけで周囲の空気を震わせるほどの存在感を放っている。
「おおおっ! これはすごい! 見ているだけで蹴りたくなる衝動に駆られます!」
ロドリが興奮して鼻息を荒くしている。
彼の足が、無意識にステップを踏んでいるのが分かるわ。
「じゃあ、早速テストといきましょうか。ロドリさん、貴方が最初のキッカーよ」
「えっ、私が!? 光栄です!」
ロドリは上着を脱ぎ捨て、まるで少年のように目を輝かせてボールの前に立った。
場所は工房の中庭。
ゴールに見立てたのは、廃棄予定の古いタンスだ。
「いくぞ……! 我が魂のシュート、受けてみろォォォッ!」
ロドリが助走をつけ、右足を大きく振りかぶった。
インパクトの瞬間、ボールが強烈な金色の光を放つ。
ドォォン!
爆発音と共に放たれたシュートは、一直線にタンスへと突き刺さった――はずだった。
しかし、次の瞬間。
ボールはタンスを粉々に粉砕し、そのまま勢いを殺すことなく背後の壁へと激突した。
ズガァァァン!
工房の壁に巨大な穴が開き、土煙が舞い上がる。
ボールは遥か彼方、隣の屋敷の庭へと消えていった。
「……は?」
ロドリが呆然と立ち尽くす。
私たちも言葉を失い、ポッカリと空いた壁の穴を見つめていた。
「あ、あの……ストレイ様? 私はただ、軽く蹴ったつもりなのですが……」
「……そうね。どうやら、魔力増幅率の調整を間違えたみたいだわ」
私は額に手を当て、ため息をついた。
蹴った人の魔力を推進力に変える機能が、ロドリの隠れた魔力、ケッターへの情熱と過剰に反応してしまったらしい。
これじゃあスポーツ用品じゃなくて、攻城兵器よ。
「でも、強度は完璧だったわ。壁をぶち抜いても傷一つついてないはずよ」
「そ、そうですね! さすがストレイ様の商品だ!」
ロドリが乾いた笑いを浮かべる。
そこへ、隣の屋敷から怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! 何だ今の爆発は! うちの庭に変な金色の玉が落ちてきたぞ!」
「やばっ、逃げるわよ! ディーノ、ボールの回収をお願い!」
「へいへい。ったく、人騒がせなボールだぜ」
私たちは慌てて現場を片付け始めた。
壁の穴は……まあ、後で魔法で直せばいいわ。
それよりも、この『威力』をどう制御するか。
イマクサの子供たちが遊ぶには危険すぎるけれど、反乱軍や魔物相手なら……。
(ふふっ。面白い使い道がありそうね)
私は破壊された壁を見ながら、新たな悪巧みを思いついた。
このボール、ただのスポーツ用品として終わらせるには惜しいわ。
イマクサでの大会、きっと伝説になるわよ。
+++++++++
破壊された壁を魔法糸で仮縫いし、隣人への謝罪、高級菓子折りの贈呈を済ませた後、私たちは工房で作戦会議を開いた。
テーブルの上には、微調整を施して出力を30%に抑えた『ゴールデン・ストライカー』が鎮座している。
「さて、これでボールは完成。あとはこれをイマクサへ届けるだけなんだけど……」
私が地図を指差すと、ロドリが深刻な顔で頷いた。
「ええ。問題は輸送ルートです。先ほど入った急報によると、王都からイマクサへ続く唯一の街道『竜の背骨』が、正体不明の魔獣によって封鎖されているそうです」
「魔獣? ただの野良モンスターじゃないの?」
「それが、目撃情報によると『影のように黒く、不定形で、物理攻撃が効かない』とか。まるで幽霊のような魔獣だそうで、冒険者ギルドもお手上げ状態らしいのです」
影のように黒く、不定形。
私は足元のショウちゃんを見やった。
彼もまた、不快そうに耳を伏せている。
『……嫌な気配だ。あれは自然発生した魔獣ではない。誰かが意図的に作り出した、歪な紛い物の臭いがする』
「誰かって、心当たりは一人しかいないわね」
バルバロス公爵。
彼がまた、余計な茶々を入れてきたに違いない。
物理無効の魔獣を配置して、物流を完全に断つつもりね。
「困りましたな。あの街道を通れなければ、物資もボールも届けられません。大会の開催が危ぶまれます」
ロドリが頭を抱える。
しかし、私は逆に目を輝かせた。
「あら、チャンスじゃない。
ちょうどこのボールの『実戦データ』が欲しかったところよ」
「は? 実戦データ?」
「そう。このボール、魔力を込めて蹴れば、物理法則を無視した軌道を描くでしょ? つまり、物理無効の相手にも『魔法ダメージ』として通る可能性があるってこと」
私はボールを手に取り、掌の上で転がした。
中核に埋め込んだ魔石は、蹴り手の魔力を増幅し、純粋なエネルギー弾として放出する機能を持っている。
これなら、実体のない幽霊だろうが影だろうが、消し飛ばせるはずだわ。
「ディーノ、出番よ。このボールを持って、街道へ行ってらっしゃい」
「はあ!? 俺一人でかよ!?」
「一人じゃないわ。
最強の武器あるじゃない。
それに、これは『輸送』じゃなくて『先行テスト』よ。
魔獣を倒して道を開けば、英雄としてイマクサに凱旋できるわよ?」
「……ちっ、口が上手いんだから。まあいい、新しい靴の履き心地も試したかったしな」
ディーノは私が作った『疲れないインソール』入りのブーツを履き、ボールを小脇に抱えて立ち上がった。
その顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。
「行ってくるぜ。魔獣退治なんて、暗殺よりよっぽど健全な仕事だ」
数時間後。
街道『竜の背骨』にて。
ディーノの前に、黒い霧のような不定形の魔獣が立ちはだかっていた。
物理攻撃をすり抜けるその身体は、触れるもの全ての生命力を奪っていく。
「へっ、なるほどな。こりゃ普通の剣じゃ歯が立たねえわけだ」
ディーノは剣を抜きもせず、足元のボールをセットした。
深呼吸し、魔力を足先に集中させる。
イメージするのは、ゴールネットを突き破る最強のシュート。
「いくぜ! 必殺、フロンティア・キャノンッ!」
ドォォン!
黄金の光を纏ったボールが、閃光となって魔獣を貫いた。
物理的な衝撃ではなく、圧倒的な魔力の奔流が、魔獣の核を粉砕し、その存在を霧散させていく。
ボールはそのまま彼方へと飛び去り、ブーメランのように弧を描いてディーノの足元へと戻ってきた。
「……すげえ。マジで消し飛びやがった」
ディーノが呆然と呟く。
その様子を、私は遠隔視の魔法で見届け、ガッツポーズをした。
「実験成功! これで物流ルートは確保できたわね!」
「お嬢様、恐ろしい兵器を作ってしまいましたね……。これ、本当にスポーツに使っていいのでしょうか?」
ケイナが青ざめているけれど、私は気にしない。
ルールを守ればスポーツ、守らなければ兵器。
使い手次第で、毒にも薬にもなるのが道具というものよ。
さあ、障害は排除された。
いよいよ、イマクサへの大輸送作戦の開始だわ!




