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第45話 『ケッター』それは男を少年に戻す魔法


 ロドリとの商談成立後、私たちはイマクサへの遠征準備と並行して、ケッター大会の企画会議を開くことになった。


 場所は工房の一角、かつては布地が積まれていたテーブルの上には、今やイマクサの地図と、大量のケッター関連の資料が広げられている。


 「いいですか、ストレイ様! 大会の名称は『第1回 ロドリ・ゲイス杯』で決定です! 優勝トロフィーは私の私財を投じて純金で作りますよ!」


 ロドリが鼻息荒く宣言する。


 彼の目は完全にイッているわね。


 商人の計算高さはどこへやら、今はただの熱狂的なケッターファンのおじさんだわ。


 「はいはい、名前なんてどうでもいいわ。

 重要なのは、会場に私のブランドのロゴをどれだけ目立つように配置するかよ。

 あと、選手たちのユニフォームは全部うちの商品を使ってもらうからね」


 私が釘を刺すと、ロドリは大きく頷いた。


 「もちろんですとも! 貴女の作った『絶対に破れないユニフォーム』、あれこそが選手たちのパフォーマンスを最大限に引き出すのです! ああ、想像するだけで興奮してきますなぁ!」


 そこへ、ディーノが資料の山から顔を上げた。

 彼もまた、目が少年のように輝いている。


 「おいロドリさん、このルールブック、ちょっと古くねえか? 今のトレンドは『オフサイドなし』の乱戦スタイルだぜ? イマクサの連中は血の気が多いから、その方が盛り上がるはずだ」


 「むっ、貴君もケッターを嗜むのかね? しかし、オフサイドこそが戦術の妙を生むのだよ。無秩序な乱戦など、野蛮人の遊びだ」


 「はあ? 野蛮上等だろ! 客が見たいのは細かい戦術じゃなくて、激しいぶつかり合いとスーパーゴールなんだよ!」


 二人の間で、熱い議論が始まった。


(という名のオタク語りね⋯)


 私は呆れてため息をつく。


 男って生き物は、どうしてこうも球体一つで熱くなれるのかしら。

 たかが皮のボールを蹴り合うだけの遊びでしょうに。


 (……まあ、前世のワールドカップの時も、街中がお祭り騒ぎだったっけ。あの熱量を広告に使わない手はないわね)


 私は彼らの議論をBGMに、新しい商品のデザイン画を描き進めた。


 選手用のユニフォームだけじゃない。


 観客用の応援グッズ、チームカラーを取り入れたマフラータオル、そして勝敗に一喜一憂する彼らの喉を潤すための『特製ドリンク』。

 この大会は、私のブランドを庶民層に浸透させるための巨大な実験場になるわ。


 「ねえ、二人とも。熱くなるのはいいけど、肝心なことを忘れてない?」


 私がペンを置いて声をかけると、二人はハッとしてこちらを向いた。


 「肝心なこと?」


 「イマクサは今、内乱状態なのよ。そんな場所で呑気に大会なんて開けると思ってるの?」


 ロドリが言葉に詰まる。

 彼はケッターに夢中で、現地の惨状を少し甘く見ていたようだわ。


 「……確かに。報告によれば、異民族の反乱軍が主要街道を封鎖しているとか。これでは、選手も観客も集まれませんな」


 「だからこそ、私たちが先陣を切って道を開くのよ。輸送隊を囮にして盗賊を捕まえたみたいに、今度は大会を餌にして、反乱軍もまとめて『お客様』にしてしまうの」


 「えっ? 反乱軍を、ですか?」


 「そうよ。

 彼らが暴れているのは、貧困と不満があるからでしょ?

 なら、それを発散させる場所を提供してあげればいい。

 武器を捨ててボールを蹴れば、賞金と食料が手に入る。そう宣伝すれば、彼らは喜んで参加するわ」


 私の提案に、ディーノが膝を叩いた。


 「なるほど! 『戦争よりケッターやろうぜ』ってわけか! 姐さん、あんた天才か悪魔かどっちかだな」


 「両方よ。

 平和的に解決できて、しかも大会が盛り上がる。一石二鳥じゃない」


 ロドリも感心したように頷く。


 「素晴らしい……! まさに『スポーツによる平和外交』ですね! さすがストレイ様、スケールが違います!」


 「決まりね。

 じゃあ、まずは反乱軍のリーダーに招待状を送りつけましょうか。

 『最強のチームを作ってかかってきなさい』ってね」


 私は悪戯っぽく笑い、招待状のデザインを考え始めた。


 血なまぐさい招待状なんかじゃない。

 最高に挑発的で、思わず参加したくなるような、エンターテインメント全開のビラを撒くのよ。


 「さあ、忙しくなるわよ!

 ロドリさんは賞金の準備、ディーノは反乱軍へのコンタクトをお願い!

 私は……そうね、優勝チームに贈る『伝説のユニフォーム』でも仕立てようかしら」


 私の号令で、男たちが嬉々として動き出す。


 やれやれ、単純な生き物たちね。


 でも、その単純な熱意が、時として世界を変える力になることを、私は知っているわ。


+++++++++


 イマクサ遠隔支援の計画を練るため、私たちは王都の下町へと視察に出かけた。


 ここは貴族街とは違い、活気と雑多なエネルギーに満ちている。


 ふと、広場の一角で子供たちが歓声を上げながら走り回っているのが見えた。

 彼らが追いかけているのは、布を丸めて紐で縛っただけの、いびつなボールのようなものだ。


 「へえ、王都でも流行ってるのね。子供は遊びの天才だわ」


 私が感心していると、隣でロドリが身を乗り出して叫んだ。


 「おお! あれはまさにケッターの原点! 道具がなくても、情熱だけでボールを蹴る! 美しい光景だ!」


 彼は言うが早いか、馬車を飛び出して子供たちの輪の中へ突撃していった。

 高級スーツのまま、土埃も気にせずにボールを追いかける姿は、商会の会長というよりただのサッカー小僧だわ。


 「おいおい、おっさん元気だなあ。……へっ、俺も混ぜてもらうか!」


 ディーノもウズウズした様子で後に続く。


 彼らが加わると、遊びは一気に本格的な試合へと発展した。

 ロドリが華麗なドリブルで子供たちを抜き去り、ディーノがアクロバティックなボレーシュートを決める。


 大人げない?


 いいえ、これが彼らなりのコミュニケーションなのよ。


 「すげえ! おじちゃんたち上手い!」

 「僕にも教えて! その技どうやるの!?」


 子供たちが目を輝かせて二人を取り囲む。


 その光景を見て、私はふと、前世の記憶を重ね合わせていた。

 売れない頃、公園でネタ合わせをしていた時、近くでサッカーをしていた少年たちが、私の変な動きを真似して笑っていたこと。


 言葉がなくても、ボール一つ、動き一つで繋がれる瞬間。


 (……悪くないわね。この熱気、イマクサでも再現できるはずよ)


 私は馬車を降り、彼らの元へ歩み寄った。

 手には、試作段階の『ケッターボール・改(量産型)』を持っている。


 「ねえ、君たち。そんなボロボロのボールじゃ、本当の楽しさは分からないわよ。これを使ってみなさい」


 私がボールを放ると、子供たちは歓声を上げて飛びついた。

 本革の感触、完璧な球体、そして蹴った時の心地よい反発力。


 彼らにとって、それは魔法の道具に等しい輝きを放っているはずだ。


 「うわぁ! すごい! めっちゃ飛ぶ!」

 「ありがとうお姉ちゃん! これ、本当に使っていいの!?」


 「ええ、あげるわ。その代わり、もっと練習して上手くなりなさい。いつか君たちが大きくなったら、ウチの専属選手として雇ってあげるかもしれないから」


 「うん! 絶対なる! 練習だー!」


 子供たちは新しいボールを蹴りながら、夢中で駆け出して行った。

 その背中を見送りながら、ロドリが息を切らせて戻ってくる。


 「はぁ、はぁ……いやぁ、いい汗をかきました。ストレイ様、貴女も粋なことをしますねえ」


 「先行投資よ。彼らが未来の顧客になるんだから、今のうちに種を撒いておかないとね。……それに、この光景を見て確信したわ。イマクサでの大会、絶対に成功するって」


 私は王都の空を見上げた。

 この空の下、遠く離れたイマクサでも、同じようにボールを追いかける子供たちがいるはずだ。


 彼らに希望を届けるためにも、私はここ王都で、最強の物資とシステムを作り上げなければならない。


 「さて、休憩は終わりよ。店に戻って、開発の続きをしましょう。ロドリさん、貴方にはイマクサへ送る資材の手配をお願いするわ」


 「了解です! ケッター普及のため、全力を尽くします!」


 「ディーノは、現地の協力者との連絡網を強化して。私の声が、イマクサの隅々まで届くようにね」


 「へいよ。俺たちの『声』、しっかり届けてやるぜ」


 私たちは再び馬車に乗り込み、本店へと戻っていった。


 頭の中には、すでに新しいボールの設計図が浮かんでいる。


 イマクサの大地を黄金色に染め上げる、最高の魔法球を。


 待っていなさい、イマクサ。


 貴方たちが今まで見たこともない、最高のエンターテインメントを王都から直送してあげるから!


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