第44話 強欲商人の弱点、それは丸くて弾むもの
ファッションショーの大成功から数日後。
『フロンティア・テキスタイル』の工房には、予想通りというか、予想以上の早さでハイエナが嗅ぎつけてきた。
ゲイス商会の会長、ロドリ・ゲイスだ。
彼は満面の笑みを浮かべ、両手いっぱいの手土産、高級菓子を抱えて現れた。
「いやぁ、素晴らしい! 実に見事なショーでしたな! あの熱気、あの興奮! まさに時代の変革を目撃した気分ですよ!」
「お世辞はいいわ、ロドリ会長。用件は何? 手数料の引き上げならお断りよ」
私が釘を刺すと、ロドリは大げさに肩をすくめた。
「とんでもない! 私はただ、貴女の才能に改めて惚れ込んだだけですよ。そこでご相談なのですが、我が商会との提携をさらに深めませんか? 具体的には、イマクサ地方への販路拡大について」
来たわね。
(イマクサへの進出は、私にとっても悲願。けれど、こちらから頼み込めば足元を見られる。向こうから話を持ちかけてくるのを待っていたのよ)
「イマクサ……ねえ。あそこは今、政情不安で商売には向かないんじゃないかしら? 暴動に飢饉、おまけに新興宗教まで蔓延っているんでしょう?」
私はわざと難色を示してみせた。
ロドリの額に汗が浮かぶ。
「そ、それはそうですが……しかし、危機こそ商機! 混乱しているからこそ、新しい物資や秩序が必要とされるのです! 貴女の『汚れない服』や『疲れない靴』は、現地の復興支援という名目で飛ぶように売れますよ!」
「復興支援、ね。聞こえはいいけど、リスクが高すぎるわ。輸送コストも馬鹿にならないし、盗賊に襲われたらおしまいよ」
私は冷たく突き放した。
ロドリが焦り始める。
彼はイマクサの特産品(魔石や薬草)を安く買い叩き、私の商品を高値で売りつけることで、莫大な利益を得ようとしているのだ。
その目論見自体は悪くないけれど、主導権は私が握らせてもらう。
「では、こうしましょう。輸送の護衛は我が商会が全額負担します。さらに、現地の特産品に関する優先買取権も譲渡しましょう。これならどうですか?」
ロドリが切り札を出してきた。
悪くない条件だわ。
でも、もう一押し欲しい。
彼を完全にこちらのペースに巻き込むための、決定的な『楔』が。
私は工房の隅に置いてあった、ある『試作品』に目をやった。
以前彼を魅了した、あの『ケッターボール』の改良版だ。
今回はさらに弾力性を高め、蹴った瞬間に魔力の軌跡を描くように調整してある。
「……ロドリさん。貴方、まだケッターへの情熱は冷めていないわよね?」
私がボールを足元に転がすと、ロドリの目が輝いた。
商人の仮面が一瞬で剥がれ落ち、ただのサッカー少年の顔に戻る。
「もちろんです! あのボールの感触、今でも足裏が覚えていますよ! まさか、製品化に成功したのですか!?」
「ええ、完璧よ。
でもね、ただ売るだけじゃ面白くないわ。
実は、イマクサでは今、ケッターが大流行しているらしいの」
「ほほう! それは初耳ですね! なぜあんな辺境で?」
「元々、あの地方に住む異民族には足技を使う武術の文化があったのよ。
そこへ、私が以前送った支援物資の梱包材……丸めた布切れなんかが混ざっていて、子供たちがそれを蹴って遊び始めたのがきっかけらしいわ」
(まあ、私がストレス解消に蹴飛ばした失敗作が紛れ込んでたなんて、口が裂けても言えないけどね)
「なるほど! 貧しい彼らにとって、ボール一つで楽しめる娯楽は希望の光というわけですか!」
「ええ。それに、例の新興宗教『パンギュウ教』も一枚噛んでるわ。
『球体は神聖な形、パンである』とか言って、信者たちに推奨しているそうよ。
宗教的な熱狂も相まって、今やイマクサは空前のケッターブームなの」
「素晴らしい! まさにブルーオーシャンだ!」
「そこで私は考えたの。もし、イマクサで大規模なケッター大会を開催し、そのスポンサーになれば……ブランドの知名度は一気に上がるんじゃないかって」
ロドリがゴクリと喉を鳴らす。
目の前にぶら下げられたのは、莫大な利益と、何より彼自身の『趣味』を満たす最高の餌だ。
「このボール、大会の公式球として提供するつもりなの。
貴方の商会が物流ルートを『無償』で提供してくれるなら、この大会の主催者という名誉ある地位を譲ってもいいわよ」
「む、無償!? それはさすがに……!」
「あら、残念。じゃあ他の商会に……」
「ま、待ってください! 分かりました! 飲みましょう! その代わり、決勝戦の始球式は私がやります!」
「成立ね」
(……ふふっ、チョロい男)
私は心の中で舌を出し、彼とがっちり握手を交わした。
これでイマクサへの道は開かれた。
しかも、タダで。
商売とは、相手の『欲望』をいかにコントロールするか、それに尽きるわね。
「さあ、忙しくなるわよ。大会の準備と、新商品の量産。両方完璧にこなして、イマクサを私たちの『色』に染め上げてやるんだから!」
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ロドリとの契約成立後、私たちの工房は戦場のような忙しさに包まれていた。
イマクサ遠征のための物資調達、新商品の量産、そしてケッター大会の準備。
猫の手も借りたい状況だけれど、実際に猫の手、ショウちゃんの影を借りてなんとか回している状態だわ。
「姐さん、悪い知らせだ。例の変態公爵が動き出したぜ」
情報収集から戻ったディーノが、険しい顔で報告してくる。
彼は地図を広げ、王都からイマクサへと続く街道の一点を指差した。
「ここの峠道、最近になって『黒牙団』っていう凶悪な盗賊団が住み着いたらしい。公爵が裏から金を渡して、俺たちの輸送隊を襲わせるつもりだ」
「黒牙団……聞いたことあるわ。女子供も容赦しない、救いようのない連中ね」
私は眉をひそめた。
せっかく確保した物流ルートを、そんな輩に荒らされるわけにはいかない。
普通なら護衛を増やすところだけれど、それではコストがかさむし、根本的な解決にはならないわ。
「……ねえディーノ。その盗賊団、何人くらいいるの?」
「ざっと50人ってとこだな。全員が武装していて、魔導師も数人いるらしい」
「50人……。悪くないわね」
私はニヤリと笑った。
イマクサの開拓には、人手がいくらあっても足りない。
特に、力仕事ができる屈強な男手は喉から手が出るほど欲しい。
「ディーノ、作戦変更よ。輸送隊は囮。本命は、その盗賊団を『捕獲』すること」
「はあ? 捕獲って、50人もかよ?」
「ええ。
彼らには、罪滅ぼしとしてイマクサで強制労働についてもらうわ。
給料は出さないけど、衣食住は保証してあげる。
ホワイト企業でしょ?」
「……鬼かよ。まあ、あいつらなら同情の余地はねえが」
ディーノが呆れながらも賛同する。
私はすぐにケイナとスノッツティを呼び、準備を指示した。
「ケイナ、大量の麻酔薬と拘束用の魔法糸を用意して。スノッツティ、あんたは輸送馬車に『罠』を仕掛けるの。
箱を開けた瞬間に、粘着ネットが飛び出すようなやつをね」
「ラジャー! 僕の芸術的なトラップで、彼らを歓迎してあげるよ!」
スノッツティが嬉々として工具を手に取る。
+++++++
数日後。
私たちの輸送隊は、予定通り峠道へと差し掛かった。
私は御者台に座り、呑気に鼻歌を歌っているフリをする。
魔力視覚には、岩陰に潜む盗賊たちの殺気がはっきりと映っているわ。
「へっへっへ、来たぞ。
上玉の女と金目の物がたっぷりだ」
盗賊の頭目が合図を出し、一斉に襲いかかってくる。
「ヒャッハー! 止まれェ!」
「命が惜しければ荷物を置いていけ!」
彼らが馬車を取り囲んだその瞬間、私は指を鳴らした。
「残念、ハズレよ。
プレゼントは『お縄』だけ!」
馬車の荷台が弾け飛び、中から無数の粘着ネットと麻痺ガスが噴出した。
不意を突かれた盗賊たちは、悲鳴を上げて地面に転がる。
そこへ、影から飛び出したディーノとショウちゃんが、逃げようとする者を的確に無力化していく。
「ぐわぁぁっ! な、何だこれは!?」
「身体が動かねえ! 魔法か!?」
混乱する盗賊たちの前に、私は悠然と降り立った。
深紅のドレスを纏い、銀の針を構えたその姿は、彼らにとって死神よりも恐ろしく見えたことでしょう。
「ようこそ、フロンティア・テキスタイルへ。貴方たちは今日から、当社の『特別社員(強制社畜という)』として採用されました。
拒否権はないから、そのつもりでね」
私は慈愛に満ちた笑顔を向けた。
こうして、私たちは無傷で難所を突破し、ついでに50人の労働力まで手に入れたのよ。
バルバロス公爵、ご愁傷様。
貴方の刺客は、私の開拓事業の礎になってもらうわ。




