第43話 ケイナ、パリコレへの変身イン異世界
王都の中央広場に特設されたランウェイの裏側、そこは戦場のような熱気に包まれていた。
私の指示が飛び交い、スタッフたちが走り回る。
今回のショーのテーマは『労働と美の融合』。
無骨な作業着をベースに、レースやフリル、そして魔法のエフェクトを組み合わせた『戦闘用ドレス』の数々を披露する、前代未聞のコレクションよ。
「ケイナ、背筋をもっと伸ばして!
貴女は掃除をしているメイドじゃない、世界を掃除する女神なのよ!」
「は、はいっ! 女神、女神……!」
鏡の前でポーズを取るケイナは、ガチガチに緊張していた。
彼女が着ているのは、私がキメラの皮と幻の絹布を組み合わせて作った、純白の作業着風ドレス。
機能性を損なうことなく、女性らしいラインを強調し、動くたびに裾が優雅に広がる設計になっている。
素材は完璧。デザインも最高。
けれど、何かが足りない。
「……首元が寂しいわね。このドレスには、もっと強烈なアクセントが必要だわ」
私は腕を組み、唸った。
既存の宝石やネックレスでは、このドレスの『強さ』に負けてしまう。
もっと鋭く、もっと繊細な輝きが欲しい。
「ハロー、ボス! お困りのようだね?」
そこへ、スノッツティがひょっこりと顔を出した。
手には、彼が愛用している精密工具箱が握られている。
「スノッツティ、いいところに来たわ。
このドレスに合うチョーカーを作って。
イメージは『夜明けの明星』。
闇を切り裂くような、鋭い輝きをお願い」
「『夜明けの明星』か……。いいね、燃えてきたよ! ケイナちゃんの美しさを引き立てるためなら、僕は魂だって削ってみせるさ!」
彼はウインクをして、その場で作業台を広げた。
取り出したのは、私が精製した高純度のミスリル銀と、微細な魔石の欠片。
彼は工具をまるで楽器のように操り、金属を加工していく。
その手つきは、チャラい言動とは裏腹に、神業と呼ぶに相応しい精密さだったわ。
「見ていてくれ、僕の愛の結晶を!」
キン、キン、と硬質な音が響き、銀が形を変えていく。
数分後、彼の手には一つのチョーカーが完成していた。
鋭利な星のモチーフが連なり、中心には青白い魔石が埋め込まれている。
それは単なる装飾品ではなく、魔力を増幅させる『魔導回路』そのものだった。
「できたよ! 名付けて『スターダスト・キッス』! どうだい?」
「……完璧よ。
あんた、口さえ閉じれば最高の職人ね」
私はチョーカーを受け取り、ケイナの首に巻いた。
その瞬間、ドレスとチョーカーが共鳴し、ケイナの全身が淡い光に包まれた。
怯えていた少女の面影は消え、そこには凛とした強さを秘めた、一人の『戦乙女』ヴァルキリーが立っていた。
「すごい……。力が、湧いてきます。これなら、私、どこまでも歩いていけそうです」
ケイナが鏡の中の自分を見つめ、うっとりと呟く。
その表情は、自信と喜びに満ち溢れていた。
「準備は整ったわね。さあ、出番よケイナ。
ランウェイは貴女のもの。
その足で、新しい時代の扉を蹴り開けてきなさい!」
私は彼女の背中を押し出し、ステージへと送り出した。
まばゆい照明の中へ消えていく彼女の姿を見送りながら、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
これが『親心』というやつかしら。
手塩にかけた娘が、晴れ舞台に立つ瞬間。
それは、自分が喝采を浴びるよりもずっと、誇らしくて愛おしいものね。
「さて、私も負けていられないわ。演出に全力を注ぐわよ!」
私は照明係のショウちゃんに合図を送った。
ショーの幕開けだわ!
++++++++
スポットライトが一点に集中し、音楽が高らかに鳴り響く。
ランウェイの先端にケイナが現れた瞬間、会場の空気が一変した。
観客たちのざわめきが消え、全員が彼女の姿に釘付けになっている。
純白の作業着ドレスは、照明を浴びて神々しいまでの輝きを放っていた。
動くたびに裾が舞い、そこに織り込まれた影銀糸が流星のような軌跡を描く。
ケイナの歩みは力強く、かつ優雅で、かつてのおどおどしたメイドの面影はどこにもない。
「……美しい。あれが、本当に作業着なのか?」
「まるで戦いの女神だわ!」
感嘆の声がさざ波のように広がる。
私は舞台袖でガッツポーズをした。
掴みはオッケー。
ここからが、私の演出の見せ所よ。
「ショウちゃん、ファンタジア・モード起動!」
『心得た』
ショウちゃんが影を操り、ステージ上に幻想的な幻影を投影する。
咲き乱れる花々、飛び交う光の蝶、そして燃え盛る炎。
ケイナはその中を、顔色一つ変えずに歩き続ける。
炎が彼女を包み込んでも、ドレスは焦げるどころか、その熱を吸収してより一層の輝きを増していく。
「すごい! 魔法も効かないのか!」
「なんて強さだ……!」
観客のボルテージが最高潮に達した時、私は最後の仕掛けを発動させた。
ステージの反対側から、黒い影が飛び出してくる。
抜身の剣を構えた、ディーノだ。
「はあああっ!」
ディーノが本気の一撃をケイナに見舞う。
観客から悲鳴が上がるが、ケイナは動じない。
彼女はドレスの袖を盾のように構え、剣撃を受け止めた。
ガギィン!
金属音が響き、火花が散る。
しかし、ドレスには傷一つついていない。
ケイナはニヤリと笑い、ディーノの剣を弾き返すと、華麗な回転蹴りを放った。
ドレスの裾が舞い上がり、美しい円を描く。
「……これが、フロンティア・テキスタイルの答えです!
美しさは、強さの中にこそ宿るのです!」
ケイナが叫び、ポーズを決める。
一瞬の静寂の後、会場が割れんばかりの拍手と喝采に包まれた。
女性客たちが立ち上がり、涙を流して彼女を称えている。
「ブラボー! 最高だ!」
「私もあの服が欲しい! 私も強くなりたい!」
ショーは大成功だった。
ケイナは観客に手を振りながら、堂々とバックステージへと戻ってきた。
その顔は汗で輝き、達成感に満ち溢れている。
「お嬢様……私、やりました!」
「ええ、完璧だったわ。
貴女は今日、間違いなく世界で一番輝いていた」
私はケイナを抱きしめた。
彼女の温もりが、私の胸に熱いものを込み上げさせる。
これが、私が作りたかったもの。
服を通じて、人が変わる瞬間。
「さあ、みんな!
撤収作業よ!
注文が殺到する前に、在庫を確保しなきゃ!」
私は涙を拭い、スタッフたちに檄を飛ばした。
ここからが本当の戦い。
王都の市場を制圧し、その力をイマクサへと繋げるための、長い長い行軍の始まりだわ。
ショーの熱気が冷めやらぬ中、私は夜空を見上げた。
星々が、私たちの未来を祝福するように瞬いている。
見てなさい、世界。
私たちが縫い上げる『新しい地図』を、その目に焼き付けてあげるから!




