第42話 『絶対』の定義を書き換える糸、そして実験台の悲鳴
イマクサ遠征という壮大な目標を掲げた翌日、私は早速、工房の奥にこもりきりで開発を始めた。
目指すは、過酷な辺境の地でも耐えうる、最強の作業着『ワークウェア』は、貴族向けのドレスとは訳が違う。
美しさよりも、生存に直結する機能性が最優先だわ。
「素材は……地下水道で手に入れたキメラの皮、これをベースに使いましょう」
私は作業台の上に、あの醜悪な魔獣の皮を広げた。
鋼鉄のように硬く、魔法を弾く性質を持つこの皮は、防具の素材としては一級品。
ただし、加工難易度もS級だ。
普通のハサミなら刃こぼれするし、針も通らない。
「でも、私にはこれがある」
私は魔導を展開し愛用の銀のハサミに魔力と『切断』を付与。
銀の針に、ショウちゃんの影銀糸を通した。
魔力を込めると、ハサミと針先が青白く発光し、空間ごと切り裂くような鋭利な輝きを帯びる。
概念で『切断』で与え鋭利になったハサミが大きく皮を切り裂き、構造分解の 『デコンストラクション』術式を乗せた針は、キメラの皮をバターのように滑らかに貫通し、私の思うがままに裁断されていく。
「すごい……。あの硬い皮が、お嬢様の手にかかるとまるで絹のようです」
助手のケイナが目を丸くして見守る中、私は次々とパーツを切り出し、縫い合わせていった。
イメージするのは、前世の現場作業員が着ていた高機能ワーケマン……いえ、それをも凌駕する『全環境対応型スーツ』。
関節部分には伸縮性の高い魔物のアキレス腱を使い、裏地には吸湿速乾の魔法をかけた麻布を張る。
さらに、ポケットに空間拡張の魔法を施し、道具を詰め込めるようにした。
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数時間後。
私の目の前には、一着のつなぎ、オーバーオールが完成していた。
色はシックなチャコールグレー。
見た目はシンプルだが、その内側には私の魔導技術の粋が詰め込まれている。
「完成よ。名付けて『フロンティア・ワークス・モデル1』。さて、性能テストといきましょうか」
私はニヤリと笑い、工房の外で昼寝をしていたディーノを呼びつけた。
「よう、姐さん。休憩か? 肩でも揉もうか?」
「いいえ、もっと重要な仕事よ。
これを着てみて」
私はつなぎを彼に押し付けた。
ディーノは怪訝な顔をしながらも袖を通す。
サイズは私の目算通り、彼にぴったりとフィットした。
「おお、悪くねえな。動きやすいし、軽い。これなら長時間着てても疲れなさそうだ」
「気に入ってくれて嬉しいわ。
じゃあ、テスト開始ね」
私は指を鳴らし、庭の隅に待機させていたケース君を呼んだ。
彼は実験のために、王立魔導院から『攻撃魔法のスクロール』を大量に借りてきていたのだ。
「ケース君、遠慮なく撃ちなさい。火、氷、雷、全部試すわよ」
「は、はい! いきます、ファイヤーボール!」
「はあ!? ちょ、待て!」
ディーノの悲鳴をかき消すように、巨大な火の玉が彼を直撃した。
ドォォォン!
爆炎が上がり、庭の植え込みが黒焦げになる。
しかし、煙が晴れた後には、煤だらけになりながらも無傷で立っているディーノの姿があった。
「……あっつ! 熱くはねえけど、ビビったぁ! 姐さん、殺す気かよ!」
「殺さないわよ。
この服には『耐熱結界』が縫い込んであるもの。
次は氷よ、ケース君!」
「アイスランス、発射!」
今度は鋭い氷の槍が降り注ぐ。
ディーノは慌てて腕でガードするが、氷は服に触れた瞬間に砕け散り、彼に傷一つ負わせることはできなかった。
『物理衝撃吸収』と『温度変化無効』のテクスチャが、完璧に機能している証拠だわ。
「すげえ……。マジで無敵じゃねえか、これ」
ディーノが自分の服を触りながら、信じられないという顔をしている。
王宮騎士団のフルプレートアーマーでさえ、今の攻撃を受ければタダでは済まないはず。
それを、こんな薄い布一枚で防いでしまったのだから。
「物理と魔法の防御は合格ね。でも、まだ終わりじゃないわ」
私はさらに過酷なテストを用意していた。
イマクサの環境は、単なる戦闘だけじゃない。
泥、汚れ、そして長時間の労働による疲労。
それら全てを克服してこその『最強』よ。
「ショウちゃん、泥団子爆弾、用意はいい?」
『フン、いつでもいいぞ』
私の合図で、ショウちゃんが影から巨大な泥の塊を生成し、ディーノの頭上から投下した。
ドサッ!
ディーノは頭から泥を被り、全身が茶色く染まった。
「ぶへっ! 何すんだよ! 汚ねえな!」
「見てなさい。ワン、ツー、スリー……はい、元通り」
私がカウントを数え終わると、服についた泥がするりと滑り落ち、地面に吸収されていった。
つなぎは新品同様の輝きを取り戻している。
『絶対防汚』機能、正常に作動中。
「……姐さん、あんた人間か? これ、もはや服じゃなくて要塞だろ」
「失礼ね。これは『働く人のための鎧』よ。イマクサの開拓には、これが必要なの」
私は満足げに頷き、テスト終了を宣言した。
ディーノは疲労困憊で座り込んだが、その顔には私の技術への畏敬の念が浮かんでいた。
これで、私たちの『軍装』は整った。
あとは、これを仲間たちのフラッグシップとして、販売用の普及版を量産し、世界へ広めるだけだわ。
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プロトタイプは大成功だったけれど、問題は量産化だわ。
普及版に大量の道具を詰め込める空間拡張を付与するわけにはいかない、等々の仕様の変更やらはスグに決められるのだけど。
問題が製作なのよね。
私の手作業なら魔導を展開したハサミと針でキメラの皮も加工できるけれど、魔導ミシンに任せるとなると話は別。
通常の針では、硬すぎる皮に負けて次々と折れてしまうのだ。
「くそっ、また折れた! この皮、硬すぎだろ!」
工場長に任命したスノッツティが、折れた針を握りしめて悪態をついている。
彼の精巧なミシンでも、素材の強度には勝てないらしい。
「ハロー、ストレイ社長! このままじゃミシンが壊れちゃうよ。もっと硬くて、魔力伝導率の高い針が必要だ」
「分かってるわ。……ダイヤモンド、使えるかしら?」
「ダイヤモンド? 確かに硬度は最強だけど、加工が難しいよ。それに、魔力を通すとなると……」
スノッツティが難色を示すが、私は諦めない。
前世の知識が、工業用ダイヤモンドの有用性を叫んでいるもの。
この世界にはまだない技術なら、作ればいいだけのことよ。
「ロドリ、倉庫にダイヤモンドの原石はある?」
「ええ、ありますとも。売れ残りのクズダイヤですが、硬さだけは保証しますよ」
ロドリが持ってきた袋一杯の原石。
私はそれをスノッツティの前に広げた。
「これを削って、針にするの。魔力回路は私が直接刻み込むから、あんたは形を整えることに集中して」
「……クレイジーだね。でも、嫌いじゃないよ、そういう挑戦」
スノッツティが職人の目を光らせ、精密ヤスリを手に取った。
そこからは、時間との戦いだった。
私なら魔導で作った部品でスグに完成はできるが、それだと駄目。
魔導で大量生産する動力である『心臓部』以外は、私以外が作れるようにしないと計画に破綻がおとずれる。
スノッツティがダイヤを削り出し、私が顕微鏡レベルの魔力回路を焼き付ける。
二人の息が完全に同調し、工房には火花と魔力の残滓が舞い散る。
「できた……! 『魔導ダイヤモンド針』!」
数時間後、私たちの手には、虹色に輝く一本の針が握られていた。
それをミシンにセットし、恐る恐る起動させる。
ガガガガガッ!
硬質な音が響き、ミシンが唸りを上げる。
しかし、今度は折れない。
ダイヤモンドの針先が、キメラの皮を正確に貫き、影銀糸を縫い込んでいく。
まるで、プリンに針を通すような滑らかさだわ。
「やった! 成功だ!」
「素晴らしい……! これで量産が可能になります!」
工場中が歓声に包まれた。
これで、最強の作業着を何百、何千着と生産できる。
イマクサの領民全員に、この服を行き渡らせることだって夢じゃない。
「みんな、よくやってくれたわ。
これで準備は整った。
……と言いたいところだけど、まだ足りないものがあるわね」
私は完成した作業着の山を見つめ、ふと呟いた。
機能性は完璧。
でも、ブランドとして売り出すには、決定的な『華』が足りない。
無骨なグレーのつなぎだけじゃ、王都の貴族たちは振り向かないわ。
「ケイナ、次の仕事よ。貴女には、この作業着の『可能性』を、世界中に見せつけてもらうわ」
「えっ? 可能性、ですか?」
「そう。ただの作業着を、最先端のモードへと昇華させる。……ファッションショーを開くのよ!」
私の宣言に、全員が目を丸くした。
作業着でファッションショー?
正気か? と言いたげな顔をしているけれど、私は大真面目よ。
ギャップこそが、最大のインパクトを生むんだから。
「ディーノ、会場の手配を。
ロドリは招待客のリストアップ。
スノッツティは照明と音響の準備。
そしてケイナ、貴女は……」
私はケイナの手を取り、真っ直ぐに見つめた。
「貴女は、このショーの主役、トップモデルよ。誰よりも美しく、誰よりも強く、ランウェイを歩きなさい」
「は、はいっ! お嬢様の期待に応えられるよう、死ぬ気で頑張ります!」
ケイナの瞳に、新たな決意の炎が灯る。
泣き虫メイドはもういない。
そこにいるのは、フロンティア・テキスタイルの顔となる、一人の美しい女性だった。
さあ、世界を驚かせる準備はできた。
次は、王都のど真ん中で、私たちの『革命』をお披露目する番よ!




