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第37話 【悲報】父、投資詐欺に逆ギレする

 一夜にして灰燼に帰したフロンティア家の本館。


 その焼け跡から立ち昇る煙は、未だにくすぶり続け、王都の空を薄汚れた灰色に染めていた。


 野次馬たちが遠巻きに眺める中、私は離れのテラスで、優雅に朝のコーヒーを楽しんでいたわ。


 「お嬢様、焼け出された旦那様と奥様ですが……庭の隅で野宿されたようです。今朝方、使用人たちが毛布を差し入れようとしたら、『こんな安物が使えるか!』と怒鳴り散らして追い返したとか」


 ケイナが呆れ顔で報告してくる。

 家を燃やしておきながら、プライドだけは燃え残ったみたいね。

 本当に、救いようのない人たちだわ。


 「放っておきなさい。寒ければ燃えカスでも被って寝ればいいのよ。それより、ディーノからの報告は?」


 「はい。街の噂では『フロンティア子爵家の没落』がトップニュースだそうです。ただ、火事の原因については『不審火』として処理されそうだと」


 「不審火ねえ。まあ、当主が自分で火をつけたなんて恥、世間には公表できないでしょうしね」


 私はカップを置き、庭の方へと視線を向けた。

 そこには、煤だらけの顔をした父とアイリスが、互いに責任を押し付け合いながら罵り合っている姿があった。


 「お前のせいだ! お前がもっと上手く家計をやり繰りしていれば、こんなことにはならなかった!」


 「何を言ってるのよ! 貴方が怪しい投資話に全財産を突っ込んだのが原因でしょう!? 私の宝石まで勝手に持ち出して!」


 「うるさい! あれは投資だ! 正当な事業拡大のための資金調達だ! 騙されたわけじゃない、運が悪かっただけだ!」


 父の叫び声が、離れにまで聞こえてくる。

 まだ言ってるのね、この男は。

 自分の無能を棚に上げ、被害者面をして逆ギレする。

 前世で見た、ギャンブルで負けて店員に八つ当たりする常連客と全く同じ醜態だわ。


 「……見苦しいわね。そろそろ、引導を渡してあげないと」


 私は立ち上がり、庭へと降りていった。

 ケイナとショウちゃん、そしてディーノも無言で付いてくる。

 私たちが近づくと、父とアイリスは口論を止め、縋るような目でこちらを見た。


 「ス、ストレイ! 生きていたのか! よかった、心配していたんだ!」


 父が駆け寄ってくる。

 その顔には、安堵ではなく『利用価値のある道具』を見つけた卑しい色が浮かんでいる。


 「離れは無事なんだろう? 取りあえず、そこに入れてくれ。俺たちは被害者なんだ。お前が面倒を見るのが筋だろう?」


 「……筋? どの口が言ってるのかしら」


 私は冷たく言い放ち、結界の強度を上げた。

 父が透明な壁に弾かれ、尻餅をつく。


 「お父様、忘れたの? 貴方は自分で家を燃やしたのよ。その責任を取るどころか、まだ娘に寄生しようとするなんて、恥を知りなさい」


 「な、なんだその態度は! 親に向かって!」


 「親? 貴方が私にしてくれたことなんて、ネグレクトと毒殺未遂くらいじゃない。……ああ、そうそう。これ、焼け跡から見つかったわよ」


 私はポケットから、一冊の黒い手帳を取り出した。

 それは、昨夜の火事場からディーノが回収した、父の『日記』だ。

 表紙は焦げているけれど、中身は無事だった。


 「返せ! それは俺の……!」


 父が顔色を変えて飛びかかろうとするが、ディーノが足を出して転ばせる。

 私はパラパラとページをめくり、最後の日付の項を読み上げた。


 『詐欺だと? 馬鹿なことを言うな。俺は選ばれた人間だ。あいつらが俺を騙すはずがない。悪いのは全部、俺の才能を理解しない周りの奴らだ。アイリスも、ストレイも、死んだ前妻も、みんな俺の足を引っ張る邪魔者だ』


 「……これが、貴方の本音ね」


 私は日記を閉じ、父を見下ろした。

 彼は顔を真っ赤にして、地面を叩いている。


 「そうだ! 俺は悪くない! 俺は被害者だ! 国が悪い! 時代が悪い! 俺を評価しない世界が悪いんだ!」


 逆ギレも極まれりね。


 ここまで清々しいクズっぷりを見せつけられると、怒りを通り越して感心すら覚えるわ。


 「……分かったわ。貴方がそこまで言うなら、その主張を世間にぶつけてみればいいじゃない」


 「な、何だと?」


 「ちょうど、門の前に『皆で領主さん被害者の会』の人たちが集まってるわよ。貴方を代表に担ぎ上げようとしてるみたい」


 私は指を鳴らし、門の方向を指差した。

 そこには、同じく詐欺に遭って財産を失った人々が、怒りの形相で集結していた。

 彼らは父の姿を見つけると、「おい、あそこに子爵がいるぞ!」「責任を取れ!」と叫びながら雪崩れ込んでくる。


 「な、なぜ俺が責められるんだ! 俺も被害者だぞ!」


 「あら、お父様。貴方、サロンで散々吹聴していたじゃない。『俺はこの投資の幹部候補だ』『特別なルートで確実に儲かる』って。彼らはそれを信じて投資したのよ。つまり、貴方は彼らにとって『詐欺師の片棒を担いだ共犯者』ってわけ」


 さらに、群衆の中に紛れ込んだディーノの配下のサクラ達が、絶妙なタイミングで声を上げる。


 「そうだ! あいつが俺たちを騙したんだ! 自分だけ助かろうとしてるぞ! 逃がすな!」


 その一言で、群衆の怒りは頂点に達した。

 彼らは暴徒と化し、父に向かって石や泥を投げつけ始める。


 「ひっ、ひぃぃぃ!?」


 父は腰を抜かし、這いずりながら逃げようとする。

 けれど、群衆の怒りは彼を許さない。

 あっという間に取り囲まれ、もみくちゃにされていく。


 「ストレイ! 助けてくれ! 娘だろう!」


 「ごめんあそばせ。私、ただの『にわか』だから、そんな修羅場には関わりたくないの」


 私は冷ややかに背を向けた。

 アイリスも巻き添えを食って、ドレスを引き裂かれながら悲鳴を上げている。

 自業自得よ。

 自分たちが撒いた種は、自分たちで刈り取るしかないの。


 「さあ、行きましょう。ここはもう、私たちの居場所じゃないわ」


 私は仲間たちと共に、混乱する庭を後にした。


 背後で響く父の断末魔のような叫び声が、私の中の『家族への情』という最後の糸を、プツリと断ち切った。


++++++++


 庭の混乱を背に、私たちは離れへと戻ってきた。


 外では父の悲鳴と群衆の怒号が響いているけれど、結界を張った離れの中は静寂に包まれている。

 これが『勝ち組』の特等席ってやつね。


 「ふぅ、やれやれ。あんな醜態を見せられるとは思わなかったわ」


 私はソファに深々と座り込み、ため息をついた。

 父の逆ギレ、アイリスの責任転嫁。

 かつて私が舞台の上で演じていた『ダメ人間』のコントよりも、遥かに滑稽で、そして救いようがない。


 「でも、これではっきりしたぜ。あの二人に反省なんて言葉はねえ。最後まで他人のせいにして、自分だけ助かろうとするクズだ」


 ディーノが冷ややかに言い捨てる。

 彼もまた、裏社会で多くの人間の業を見てきた男だ。

 本物の悪党よりも、こういう『無自覚な悪意』の方がタチが悪いことを知っている。


 「ええ。だからこそ、私たちも容赦なく『独立』できるのよ。情けなんてかけてたら、こっちが泥沼に引きずり込まれるわ」


 私は立ち上がり、最後の片付けに取り掛かった。

 離れに残された私物、魔法の痕跡、そして私たちの生活の証。

 それらを全て魔法糸で消去し、ただの『空き家』へと戻していく。

 立つ鳥跡を濁さず、どころか跡形もなく消え去るのがプロの流儀よ。


 「ディーノ、情報操作の方は?」


 「抜かりねえよ。街の噂は『フロンティア子爵が借金苦で錯乱し、屋敷に火を放った』ってことで統一されてる。姐さんの存在は、火事で亡くなった『悲劇の令嬢』として語り継がれるだろうさ」


 「完璧ね。これで私は、公式には死人。誰にも縛られない自由な身よ」


 私は満足げに頷き、瓦礫の山となった本館の方角を見つめた。

 そこでふと、ある物が瓦礫の下から微かな光を放っているのに気づいた。

 魔力視覚でズームすると、それは煤にまみれた小さなロケットペンダントだった。


 (……あれは、まさか)


 私は魔法糸を伸ばし、そのペンダントを手元に引き寄せた。

 煤を払い、中を開けると、そこには若き日の母と、幼いケイナが一緒に写った小さな肖像画が入っていた。


 「ケイナ、これを見て」


 私はペンダントをケイナに手渡した。

 彼女はそれを見た瞬間、息を呑み、目から大粒の涙を溢れさせた。


 「こ、これは……お母様の形見の……! アイリス様に没収されたとばかり思っていました……!」


 「きっと、母様が最後まで守ってくれたのね。これだけは、汚れた手には渡さないって」


 ケイナはペンダントを胸に抱きしめ、泣き崩れた。

 その涙は、悲しみではなく、失われた絆を取り戻した安堵の涙だ。


 「よかったわね、ケイナ。それは貴女のものよ。これからは、誰にも奪わせない」


 「はい……! ありがとうございます、お嬢様……!」


 私はケイナの頭を優しく撫でた。

 これで、この家に残るべきものは全て回収した。


 過去への未練も、

 家族への情も、

 全てこの廃墟に置いていく。


 「さあ、行きましょう。馬車の準備はできているわ」


 私たちは離れを出て、裏口に停めてあった魔法馬車へと乗り込んだ。

 御者台には、いつの間にか戻ってきていたショウちゃんが、「遅いぞ」と言いたげに座っている。


 「出発よ。まずは王都の『本店』に戻って態勢を立て直すわ。そしてその先にある、私たちの本当のフロンティア……『イマクサ』へ!」


 馬車が動き出す。


 私は窓から、遠ざかるフロンティア家の領地を眺めた。

 燃え尽きた屋敷、暴徒と化した群衆、そしてその中心で喚き散らす父とアイリス。

 それらは全て、過ぎ去った過去の風景。


 「さようなら、私の不幸な生い立ち。

 これからの人生は、私が脚本を書いて、私が演出する。

 最高にハッピーで、スリリングな喜劇にしてあげるわ」


 私は前を向いた。


 その瞳には、新しい世界への希望と野心が、強く輝いていた。





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