第35話 投資詐欺『皆で領主さん』の崩壊
地下水道から持ち帰った戦利品――大量の金貨と、父の借用書、そしてバルバロス公爵との裏契約書――を前に、離れの工房は異様な熱気に包まれていた。
ケイナは金貨の山を見て「一生遊んで暮らせます!」と目を回し、ショウちゃんは魔石の山の上でゴロゴロと喉を鳴らしている。
平和ね。
でも、外の世界はこれから地獄を見るのよ。
「さて、第一段階はクリア。次はこの組織の息の根を止めるわよ」
私はテーブルの上に広げた『黄金の天秤』の裏帳簿に、銀の針を突き立てた。
この帳簿は、組織の資金の流れを管理する魔導具そのものだわ。
残念ながら良心が無いものに対して良心を持ち出すような『お花畑思考』は二十代までの特権なのよ。
ここに記された数字を書き換えて、彼らの口座を凍結させることなんて四十路の心を持つ私には造作もない。
私のスキルが恐らく『服飾とお笑い』に関する概念の再構築という運営側が次回からはスキルの見直しをする
レベルのものみたいだけど。
それは次の転生者が考えれば良いの。
「いくわよ。因果律の洗濯『ウォッシュ』、そして資金の洗濯『マネーロンダリング』逆回転モード!信賞必罰!!」
私が魔導で概念を視覚化し魔力を流し込むと、帳簿の文字が激しく明滅し、次々と『0』へと書き換わっていく。
それは単に数字を消すだけじゃない。
組織が隠し持っていた裏口座、さらにはバルバロス公爵へと流れるはずだった献上金まで、全てのパイプラインを物理的に切断し、その魔力で、資金を霧散させる呪いのような術式だ。
「……えげつねえな。これで組織は一文無しだ」
ディーノが顔を引きつらせる。
金のない犯罪組織なんて、牙のない狼と同じ。
部下は逃げ出し、幹部は責任を押し付け合い、自壊していくのがオチだわ。
「これで『皆で領主さん』の配当も止まる。
さあ、見ものよ。
夢から覚めたお父様がどんな顔をするか」
翌朝。
本館のダイニングルームは、予想通りの阿鼻叫喚に包まれていた。
いつものように優雅な朝食を摂っていたはずの父の元へ、一通の手紙が届いたのだ。
差出人は『皆で領主さん』運営事務局。
内容は簡潔に、「事業停止と配当の無期限延期」を告げるものだった。
「な、何だこれは!? 嘘だ! 嘘だと言ってくれ!」
父の絶叫が、離れにまで響いてくる。
私は窓際で優雅に紅茶を啜りながら、魔力視覚でその様子を観察した。
父は手紙を握りしめ、顔を真っ赤にして震えている。
隣にいたアイリスも、事態を飲み込めずに呆然としているわね。
「あ、あなた、どういうこと? 配当が止まるって……じゃあ、私の宝石は? 質に入れたお金は?」
「う、うるさい! 今確認しているところだ! きっと何かの間違いだ! 俺は選ばれた領主なんだぞ!」
父は現実逃避するように叫び散らし、執事に怒鳴りつけている。
けれど、執事の困惑した顔を見れば、事態が深刻なのは明らかだ。
屋敷の前には、既に噂を聞きつけた他の出資者たちが集まり始め、門を叩いている音が聞こえる。
「……ふふっ。始まったわね、崩壊の序曲が」
私はカップを置き、ショウちゃんの背中を撫でた。
詐欺というのは、夢を見させている間だけが華。
一度醒めてしまえば、そこにあるのはただの借金地獄という現実だけ。
「お嬢様、本館が大変なことになっています! 旦那様が暴れて、食器を割りまくっているそうです!」
ケイナが報告に来る。
彼女の顔には不安の色が浮かんでいるけれど、私は優しく微笑んで見せた。
「大丈夫よケイナ。これは必要な『破壊』なの。古い舞台セットを壊さなきゃ、新しい舞台は作れないでしょ?」
私は立ち上がり、窓の外を見据えた。
父の絶望は、まだ序の口。
これから借金取りが押し寄せ、アイリスが本性を現し、フロンティア家という虚飾の城が音を立てて崩れ落ちる。
その瓦礫の中から、私たちが本当に必要なものだけを拾い上げて、次の場所へ行くのよ。
「さあ、高見の見物と洒落込みましょうか。ポップコーン……はないけど、スコーンならあるわよ」
私は焼きたてのスコーンを手に取り、サクリと齧った。
その味は、甘くて、少しだけほろ苦い、復讐の味がしたわ。
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午後になると、本館の騒ぎはさらにヒートアップしていた。
門の前には出資者たちが詰めかけ、「金返せ!」とシュプレヒコールを上げている。
父は応接室に籠城し、酒を煽りながらブツブツと独り言を呟いていた。
「大丈夫だ……俺は騙されていない。これは試練だ。選ばれし領主への、神が与えた試練なんだ……!」
完全に現実逃避モードね。
こうなると人間は脆いものよ。
誰かが救いの手を差し伸べてくれると信じて、泥沼に沈んでいく。
そこへ、一人の男が現れた。
黒いスーツにサングラス、手には分厚い鞄を持った、いかにもな『取り立て屋』風情の男。
もちろん、正体は変装したディーノだわ。
彼は門番を威圧感だけで黙らせ、堂々と本館の玄関を潜り抜けた。
「よう、フロンティア子爵。期限が過ぎてますぜ。利息分だけでも払ってもらいましょうか」
ディーノがドスの効いた声で凄むと、父は悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
借用書(私が偽造した、さらに条件の悪いもの)を突きつけられ、顔面蒼白になる父。
「ま、待ってくれ! 今、手持ちがなくて……! あと数日、いや数時間待ってくれれば、配当が入るはずなんだ!」
「配当? 『皆で領主さん』のことですか? あそこなら昨夜、夜逃げしましたよ。あんた、ニュース見てないんですかい?」
ディーノが冷酷な事実を告げると、父の目が虚ろになった。
信じていた希望が、完全に断たれた瞬間だ。
「そ、そんな……。俺の金は? 俺の夢は?」
「知ったこっちゃねえな。金がないなら、現物で払ってもらうしかねえ。……奥さんの宝石とか、ドレスとかな」
ディーノの視線が、部屋の隅で震えていたアイリスに向けられる。
彼女は悲鳴を上げ、自分の身体を抱きしめた。
「い、嫌よ! これは私のものよ! あなた、何とかして!」
「うるさい! 俺が破産したら、お前だって路頭に迷うんだぞ! そのネックレスをよこせ!」
父が逆上し、アイリスに掴みかかる。
愛し合っていたはずの夫婦が、金のために醜く争う姿。
それは、どんな悲劇よりも滑稽で、どんな喜劇よりも物悲しい光景だったわ。
「……見苦しいわね。でも、これが彼らの本性よ」
私は魔力視覚を投影した離れのモニターを消し、立ち上がった。
これ以上は見ているだけで気分が悪くなる。
彼らが互いに傷つけ合い、消耗しきった時こそ、私の出番だわ。
「ケイナ、始めるわよ。
本館の家財道具、まだ売れ残っている価値あるものを全て『保護』するの」
「はい! リストにある美術品、魔導具、それから奥様のドレスルームの中身ですね!」
「ええ。借金取り(ディーノ)に持っていかれる前に、私たちが正当な継承者として確保する。これは救済よ」
私は魔導を解放し銀の針を構え、空間を切り裂く準備をした。
夜になれば、本館は無防備になる。
夫婦喧嘩で疲れ果てた彼らが眠りについた頃、私たちは静かに、そして迅速に仕事を遂行する。
「ショウちゃん、影の運搬ルートを確保して。音を立てずに、根こそぎいくわよ」
『承知した。強欲な女め』
ショウちゃんが呆れながらも協力してくれる。
さあ、お片付けの時間だわ。
フロンティア家の最後の財産、私が有効活用してあげる。
それが、せめてもの親孝行ってものでしょう?
私は不敵に笑い、夜の帳が下りるのを待った。
崩壊する家の中で、私だけが未来を見据えて輝いている。
このコントラストこそが、私の人生の醍醐味なのよ。




