第34話 地下迷宮のランウェイと、光る暗殺者の誕生
雑魚たちを蹴散らし、私たちが勝利の余韻に浸ろうとしたその時、部屋の奥にある巨大な鉄檻が内側から突き破られた。
金属がひしゃげる不快な音と共に現れたのは、人間と魔獣を無理やり接ぎ合わせたような、醜悪な合成獣、キメラだった。
全身を覆う剛毛は鋼鉄のように硬く、赤く充血した目は殺意に染まっている。
どうやらこれが、この組織の『最終兵器』らしいわね。
「グルゥゥゥァァァッ!」
キメラが咆哮し、床を踏み砕きながら突進してくる。
その速度は巨体に似合わず俊敏で、風圧だけで周囲の木箱が吹き飛んだ。
「うおっ、マジかよ! こいつ、さっきの泥人形よりタチが悪いぞ!」
ディーノがバックステップで躱すが、キメラの鉤爪が彼のジャケットを浅く切り裂いた。
物理攻撃が効きにくい上に、あの剛毛が邪魔で急所を狙えない。
何より、薄暗い地下室では相手の動きが見切りにくいのが致命的だわ。
「ちっ、暗くてよく見えねえ! 姐さん、照明係頼む!」
「照明係?
甘えるんじゃないわよ。
自分のライトくらい、自分で持ち歩きなさい!」
私は叫びながら、魔導の帯域を広げ銀の針を構えた。
キメラの動きを止めるには、ただの攻撃魔法じゃ足りない。
こちらの攻撃を通すための『ステージ』を整える必要がある。
そして何より、主役であるディーノがもっと輝ける衣装が必要だわ。
魔導から概念を視覚化し、銀の針につながる魔法糸を作成する。
「ディーノ、こっちへ来なさい! 3秒で終わらせるから!」
「3秒!? 無茶言うな!」
ディーノは文句を言いながらも、キメラの攻撃を掻い潜って私の元へ滑り込んできた。
その一瞬の隙を逃さず、私は彼に体当たりするように抱きつき、その背中に魔法糸を打ち込んだ。
「じっとしてて! 『インスタント・リペア』即興お直し開始よ!」
私の指先から放たれた鈍い光の影銀糸が、ディーノの暗殺服に絡みつく。
狙うのは、生地の繊維に織り込まれた魔石の粉末。
私は銀の針と繋がった刹那、魔糸を通じ魔力で励起させ、発光現象を引き起こす術式を縫い込んでいく。
イメージするのは、舞台の主役を照らすピンスポット。
ただし、この光は観客を魅了するものではなく、敵の目を焼き尽くすための閃光を思い浮かべ世界に定着させる。
「うおっ、服が熱い! 姐さん、何してんだ!?」
「文句言わない!
ついでに防御力も上げておくから感謝しなさい!」
私はさらに、魔導帯域に魔力を送り込み彼のジャケットの裏地に『衝撃吸収』のパットを魔法で生成し、関節部分には『加速補助』のバネを概念で構築し仕込んだ。
最後に、胸元のボタンに魔力を集中させ、スイッチとなる結び目を作る。
「よし、完了! そのボタンを押せば、あんたは世界一輝くスターになれるわよ!」
私はディーノを突き飛ばし、キメラの方へと押し出した。
彼はよろめきながらも体勢を立て直し、迫り来るキメラと対峙する。
「スターって……俺は暗殺者だぞ!? 目立ってどうすんだよ!」
「一番目立つ場所にこそ、最大の死角があるって言ったでしょ!
さあ、押しなさい!
そこは、どうぞどうぞ、でなく!
押すのよ!」
キメラが大きく口を開け、ディーノの頭を噛み砕こうとしたその瞬間。
ディーノはストレイの命令にスナネコの目をして苦虫を潰す。
「ちっくしょー!!」
彼は観念したように叫び、胸元のボタンを力一杯押し込んだ。
カッッッ!!!
地下室が、真昼の太陽よりも眩い閃光に包まれた。
ディーノの身体から放たれた光は、全方位に拡散し、キメラの網膜を完全に焼き払う。
魔獣は悲鳴を上げ、目を覆うようにしてのたうち回った。
「ぐあぁっ! 俺まで目が眩んだじゃねえか!」
「泣き言を言わない!
敵は今、無防備よ!
ゲッツ!!
黄色いジャケットじゃないのが残念だけど光らせてあるから!
『決めポーズ』を決めてきなさい!」
ディーノは涙目になりながらも、本能的に短剣を構えた。
光を纏った彼の姿は、薄汚い地下室には不釣り合いなほど神々しく、まるで物語の英雄が降臨したかのようだった。
(……ふふっ。やっぱり、あんたにはスポットライトが似合うわよ、相棒)
私は満足げに微笑み、次なる『演出』の準備に入った。
光の次は、音と衝撃のフィナーレが必要だものね。
++++++++
閃光に目を焼かれたキメラが、滅茶苦茶に腕を振り回している。
その巨体が壁に激突するたびに地下室が揺れ、天井から埃が舞い落ちてくる。
普通の冒険者なら恐怖で足が竦むところだけれど、今のディーノは違う。
私が仕立てた『光る舞台衣装』を纏った彼は、まるでスポットライトの中を泳ぐ魚のように、軽やかに、そして大胆に敵の懐へと潜り込んでいく。
「へっ、見えなくても殺気で分かるんだよ! こちとら伊達に修羅場くぐってねえ!」
ディーノが加速する。
ジャケットの裏地に仕込んだバネが彼の脚力を倍増させ、そのステップは残像を残すほどの速さに達している。
彼はキメラの攻撃を紙一重で躱し、硬い剛毛の隙間にある柔らかい腹部へと短剣を突き立てた。
ゲッツ!
「ギャアァァァッ!」
キメラが絶叫し、血飛沫が舞う。
けれど、私の『絶対防汚』の加護がある限り、ディーノの衣装に汚れはつかない。
返り血さえも光の粒となって弾け飛び、彼の勇姿をより一層引き立てる演出にしかならないわ。
「いいわよディーノ! その調子! でも、あと一押し足りないわ!」
私は銀の針を構え、魔導から概念を通じてイメージを視覚化、ショウちゃんの影を借りて新たな術式を編み上げた。
狙うはキメラの動きを封じること。
そして、ディーノの攻撃力を最大化させるための『環境設定』だ。
「ショウちゃん、影縛り、『シャドウ・バインド!』よ」
『心得た!』
私の合図で、ショウちゃんが床の影を一気に拡大させる。
影は無数の触手となってキメラの足に絡みつき、その巨体を地面に縫い止めた。
動けなくなったキメラが、憎悪のこもった目でこちらを睨む。
でも遅い。
私の魔力糸はすでに、ディーノの短剣に『シャープネス』のエンチャントを施し終えていたのだから。
「ディーノ、今よ! 首を狙って!」
「了解! これで終わりだッ! ゲッツ!!」
ディーノが跳躍する。
空中で身体を捻り、遠心力を乗せた一撃を、キメラの太い首筋へと叩き込む。
アンドターン。
魔力を帯びた刃は、鋼鉄のような皮膚を豆腐のように切り裂き、その命脈を断ち切った。
ドスン……。
巨体が崩れ落ち、地響きと共に静寂が戻ってきた。
ディーノは荒い息を吐きながら、血糊を拭ってこちらを振り返る。
その顔には、やり遂げた男の清々しい笑顔があった。
「ふぅ……。どうよ姐さん。俺の決めポーズ、悪くなかったろ?」
「ええ、合格点よ。
ただし、最後の着地でちょっと足がもたついたわね。
減点1」
「厳しいなぁ。まあいいや、これで邪魔者は消えた。お宝の時間だ」
私たちはキメラの死体を跨ぎ、部屋の最奥にある巨大な金庫の前に立った。
複雑な魔法錠がかかっていたけれど、私の『アンロック』の針仕事にかかれば、ただのボタンを外すようなものだわ。
カチャリ。
重い音を立てて扉が開く。
中には、目が眩むような金貨の山と、さらに重要な『証拠書類』の束が眠っていた。
私はその中から、見覚えのある筆跡の書類――父の借用書と、隣国の公爵バルバロスとの裏取引を記した契約書を見つけ出した。
「……ビンゴ。
やっぱり繋がっていたわね。
父をハメたのも、私を狙ったのも、全部この変態公爵の差し金だったってわけ」
書類には、フロンティア家の領地を担保に莫大な資金を貸し付け、返済が滞れば『娘』を身代わりとして差し出すという、虫唾が走るような条件が記されていた。
「ひでえ話だ。これじゃあ、最初から姐さんを売るつもりで借金させたようなもんじゃねえか」
ディーノが怒りを露わにする。
私も同感だわ。
けれど、怒りで頭を熱くするのは素人のすること。
プロなら、この怒りをエネルギーに変えて、敵を完膚なきまでに叩き潰すための燃料にしなきゃ。
「いいえ、これはチャンスよ。
相手が手を出してきたってことは、こちらも手を出していいってことだもの。
バルバロス公爵……彼には、高い高い慰謝料を払ってもらいましょうか」
私は書類を懐にしまい、金貨の山を見上げた。
これだけの資金があれば、私たちのブランドは一気に拡大できる。
そして、その力を使って、公爵に『お返し』をする準備も整うはずだ。
「さあ、回収作業よ。
みんな手伝って。
一枚残らず持っていくわよ」
私たちは手分けして、金庫の中身を魔法のマントへと詰め込み始めた。
これが、フロンティア家逆転劇の、本当の始まりだった。




