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第32話 新装開店! 行列のできるお直し屋


 開店の鐘が鳴り響いた瞬間、王都の目抜き通りに面した『フロンティア・テキスタイル』の重厚な扉が、まるで堰を切ったダムのように押し開かれた。


 雪崩れ込んできたのは、噂を聞きつけた貴族の奥様方や令嬢たち、そして新しいもの好きの商人たちだ。


 彼らは一様に目を輝かせ、私がショーウィンドウに飾った『絶対防汚のドレス』に殺到している。


 「いらっしゃいませ! 本日オープンのフロンティア・テキスタイルへようこそ!」


 ケイナが元気よく声を張り上げ、客たちを誘導する。


 彼女の着ている機能性メイド服もまた、客たちの注目を集める格好の広告塔だ。

 動くたびにふわりと揺れるスカート、一切の汚れを弾く純白のエプロン。

 その実用性と美しさの同居こそが、私が提唱する新しいファッションの形なのよ。


 「まあ、素敵! このドレス、本当にワインをこぼしても染みにならないの?」


 「ええ、もちろんですわ奥様。論より証拠、試してみられますか?」


 私はカウンター越しに優雅に微笑み、用意していた赤ワインの入ったグラスを手に取った。

 そして、躊躇なく店内に展示してある最高級の白絹のドレスにぶちまける。

 客たちから悲鳴が上がるが、次の瞬間、それは感嘆のため息へと変わった。


 ワインは布地に触れた瞬間に玉となって転がり落ち、床の絨毯(これも防汚加工済み)に吸い込まれて消えた。


 ドレスには一滴の染みも残っていない。


 まるで魔法……いえ、これは魔法そのものなんだけれど、彼女たちにとっては奇跡にしか見えないでしょうね。


 「す、素晴らしいわ! 私、これをいただくわ! おいくらかしら?」


 「私も! 私もオーダーメイドでお願いしたいわ!」


 注文が殺到し、ケイナがてんてこ舞いになっている。


 私はそれを横目で見ながら、レジカウンターで次々と金貨を受け取り、契約書にサインをしていく。


 チャリン、チャリンという硬貨の音が、私の耳には最高の音楽に聞こえるわ。


 「姐さん、すげえな。開店初日でこれかよ。在庫が足りなくなるんじゃねえか?」


 裏口から顔を出したディーノが、目を丸くして店内の盛況ぶりを眺めている。


 彼は現在、店の警備兼雑用係として働いているけれど、その腰にはしっかりと『リフォーム済み』の短剣が差してある。


 平和な商売に見えても、ここは戦場。


 いつ何が起こるか分からないからね。


 「心配ないわ。

 ロドリから巻き上げた素材は山ほどあるし、私の針仕事なら一着仕上げるのに五分もかからないもの。

 それに、本当の勝負はこれからよ」


 私は視線を店の外へと向けた。


 通りの向こう側から、明らかに客層とは違う、柄の悪い男たちが徒党を組んで歩いてくるのが見える。


 彼らの胸には、王都の服飾市場を牛耳る『金針ギルド』の紋章が刻まれている。


 「……来たわね。やっぱり、新参者が目立つとすぐにハエが寄ってくる」


 「服飾ギルドか。厄介な連中だぜ。あいつら、自分たちの利権を守るためなら平気で店を燃やしたりするからな」


 ディーノが警戒心を露わにし、短剣の柄に手をかける。

 けれど私は、それを手で制して前に出た。


 「いいのよディーノ。暴力には暴力で返すのもいいけど、商売人ならもっとスマートに解決しなきゃ。彼らもまた、私の『お客様』なんだから」


 ギルドの男たちが店に入ってくる。


 先頭に立つのは、派手な毛皮のコートを着た大柄な男。

 ギルドの幹部か何かでしょうね。

 彼は店内を見回し、鼻で笑うようにして私を睨みつけた。


 「おい、ここの店主はどいつだ! ギルドの許可もなく勝手に商売を始めるとは、いい度胸じゃねえか!」


 彼の怒鳴り声に、店内の客たちが怯えて静まり返る。


 営業妨害もいいところだわ。


 私はカウンターから出て、男の目の前に立った。

 身長差は倍近くあるけれど、私の纏うオーラは彼を遥かに圧倒している。


 「あら、いらっしゃいませ。

 当店は会員制ではないので、どなたでも歓迎いたしますわ。でも、その汚い靴で絨毯を踏まれるのは困りますね。……お直し、しましょうか?」


 私が指先を鳴らすと、床に仕込んであった魔法陣が発動した。


 男の足元の摩擦係数が瞬時にゼロになり、彼は漫画のように足を滑らせて転倒した。

 ドシャッ! という派手な音が響き、男は無様に仰向けになる。


 「ぐわっ!? な、なんだ!?」


 「あらあら、お足元がお悪いようで。当店の床は、心の汚い人には滑りやすくできているんですのよ」


 私は倒れた男を見下ろし、にっこりと微笑んだ。


 その笑顔は、かつて『ワイワイ放送』でアンチコメントを読み上げた時と同じ、絶対零度の冷たさを秘めている。


 「ふざけるな! 俺たちを誰だと思っている! 金針ギルドだぞ! こんな店、今すぐ潰してやる!」


 男が叫び、部下たちに合図を送る。


 彼らは懐からナイフや棍棒を取り出し、商品のドレスに向かって襲いかかろうとした。

 野蛮ね。服に罪はないのに。


 「……ショウちゃん、出番よ。彼らに『服を大切にする心』を教えてあげなさい」


 私の影から、漆黒の魔獣が飛び出した。


 ショウちゃんは電光石火の速さで男たちの間を駆け抜け、その鋭い爪で彼らのベルトやサスペンダーを正確に切り裂いていく。


 「うわっ!? ズボンが!」

 「な、なんだこの猫!」


 男たちのズボンがずり落ち、パンツ丸出しの無様な姿が晒される。

 店内の女性客たちから、悲鳴ではなく失笑が漏れ始めた。


 「あら、随分と大胆なファッションね。でも、そのパンツの柄は少し時代遅れじゃないかしら?」


 私がクスクスと笑うと、客たちもつられて笑い出した。


 男たちは顔を真っ赤にして、ずり落ちたズボンを引き上げようと必死になっている。

 暴力で支配しようとした場が、一瞬にしてコメディの舞台へと変わってしまったのだ。


 「く、くそっ! 覚えてろよ! このままじゃ済まさねえぞ!」


 男たちは捨て台詞を吐いて、逃げるように店を出て行った。

 その背中に向かって、私は大きな声で呼びかけた。


 「またお越しくださいませ!

 次回は、もっと素敵なパンツを履いてきてくださいね!」


 店内は爆笑の渦に包まれた。


 これで私の店の評判は、単なる『良い服屋』から『ギルドさえも撃退する最強の店』へとランクアップしたわね。


 話題性も十分、実力も証明済み。


 さあ、ここからが本当の快進撃の始まりよ。


++++++++


 金針ギルドの男たちをパンツ一丁で追い返した後、『フロンティア・テキスタイル』の熱気は冷めるどころか、ますますヒートアップしていた。


 私の『お直し』パフォーマンスが口コミで広がり、夕方になっても客足が途絶えることはなかった。


 ケイナは疲れも見せず、生き生きと接客を続け、ディーノは警備の合間に客の荷物持ちを手伝いながら、ちゃっかりチップを稼いでいる。


 「ふぅ、ようやく一段落ね。まさか初日で完売するとは思わなかったわ」


 私は空になったショーケースを満足げに眺めながら、カウンターに突っ伏した。


 心地よい疲労感。


 これよ、これ。


 舞台をやり遂げた後の、この充実感がたまらないのよ。


 日が暮れて店を閉めた後、私たちはささやかな祝杯を挙げることにした。


 ロドリから差し入れられた高級ワインを開け、これからの展望について語り合っていると、不意に裏口の扉が控えめにノックされた。


 「……誰だ? こんな時間に」


 ディーノが警戒して立ち上がる。

 私はグラスを置き、魔力視覚で扉の向こうを探った。


 そこに立っているのは、脂ぎった中年男。


 その魔力波形には見覚えがあった。


 父の書斎で見つけた詐欺の勧誘状、そこから漂っていたあの微弱な魅了魔法の残り香と同じものだわ。


 「開けてあげて、ディーノ。

 どうやら、向こうからカモがネギを背負ってやってきたみたいよ」


 ディーノが扉を開けると、男は卑屈な笑みを浮かべて入ってきた。

 高そうなスーツを着ているが、その仕立ては雑で、成金趣味が滲み出ている。


 「夜分遅くに失礼しますよ。ここが噂の『お直し屋』ですか? いやぁ、見事な繁盛ぶりで」


 男は店内を見回し、値踏みするような視線を私に向けた。


 「私は『皆で領主さん』普及協会の幹部、ガストンと申します。実はお嬢様に、折り入ってご相談がありましてね」


 「ご相談? 投資の話なら間に合ってるわよ。うちは現金主義だから」


 私が冷たくあしらうと、ガストンはニヤリと笑い、懐から一枚の紙を取り出した。

 それは、私の『死亡届』の写しだった。


 「フロンティア子爵家の令嬢、ストレイ様。貴女がここで生きていることは、世間的には少し都合が悪いのではありませんか? もしこのことが公になれば、貴女は詐欺罪で捕まるかもしれませんよ?」


 「……へえ。脅迫?」


 「まさか。取引ですよ。我々は貴女の生存を黙認します。その代わり、この店の売上の半分を『協力金』として我々に納めていただきたい。悪い話ではないでしょう?」


 ガストンは勝ち誇った顔で条件を提示してきた。

 私の弱みを握ったつもりでいるのだろう。

 けれど、彼は致命的なミスを犯している。


 私がただの令嬢ではなく、修羅場を潜り抜けた元芸人であり、この世界の理すら縫い直す魔女であるということを知らないのだ。


 「半分ですって? ずいぶんと安く見られたものね。私の技術料、そんなはした金で買えると思って?」


 私はゆっくりと立ち上がり、ガストンに歩み寄った。

 彼は私の威圧感に一歩後ずさりするが、背後には既にディーノが立ち塞がり、逃げ道を塞いでいる。


 「な、何をするつもりだ! 私に手を出せば、組織が黙っていないぞ! バックにはあの大貴族様がついているんだ!」


 「大貴族様? 誰のことかしら。まあいいわ、直接本人に聞けば済む話だもの」


 私は銀の針を取り出し、ガストンの目の前に突きつけた。


 「いい? ここは『お直し屋』よ。貴方のその腐った性根、私が根こそぎリフォームしてあげる。痛みはないわ、ただ全ての秘密を吐き出したくなるだけ」


 「ひっ、やめろ! くるな!」


 ガストンが悲鳴を上げた瞬間、私の針が彼の眉間に突き刺さった。


 物理的な傷はない。


 ただ、彼の脳内に刻まれた『秘密を守る』という精神的なブロックを、私の魔力糸が解きほぐしていく。


 「さあ、喋りなさい。貴方たちの組織の全貌、黒幕の名前、そして隠し資産のありか。全部よ」


 ガストンの目が虚ろになり、彼は操り人形のように口を開いた。


 「……組織の名は『黄金の天秤』。本部は王都の地下水道第3区画。黒幕は……隣国の『変態公爵』こと、バルバロス・グリード……」


 「バルバロス……? ああ、あの悪食で有名な?」


 ディーノが眉をひそめる。


 どうやら、予想以上に大物が釣れたようね。


 「資金は全て……バルバロス公爵の『趣味』のために使われている……。彼は、世界中の珍しい衣服や美女を集め、自らのコレクションに加えているのだ……」


 「なるほどね。だから私にも目を付けたってわけか。父を騙して破産させ、私を借金のカタとして手に入れる。随分と回りくどくて、悪趣味なシナリオだわ」


 私はガストンの告白を聞きながら、怒りよりも先にプロデューサーとしての冷徹な計算を走らせていた。


 敵は隣国の公爵。


 権力も金もある、強大な相手だわ。

 けれど、だからこそ燃えるのよ。

 そんな大物を舞台から引きずり下ろし、全裸で土下座させてやる。

 それこそが、この『フロンティア家崩壊』という喜劇の、最高のオチになるはずだから。


 「ディーノ、聞こえたわね?

 地下水道第3区画よ。明日の夜、強襲をかけるわ」


 「了解。久々に腕が鳴るぜ。ついでにその変態公爵の鼻もへし折ってやろうか?」


 「ええ、派手にやりましょう。ケイナ、ガストンを地下牢(私が作った特製ね)に放り込んでおいて。後で証人として使うから」


 「はい! 丁重におもてなししておきます!」


 ケイナが気絶したガストンを引きずっていく。


 私は窓の外、王都の夜景を見下ろし、不敵に笑った。


 「待っていなさい、バルバロス。貴方の自慢のコレクション、私が全部『リフォーム』してあげるから」


 次なる舞台は、地下迷宮と化した王都の闇。


 私たちの『生存戦略』は、ここからさらに加速していくわよ。



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