第31話 王都入城と、死者たちのパレード
私のブランドに泥を塗ろうとした服飾ギルドの刺客たちは、今や全員が街道沿いの木々に『ミノムシ』のように吊るされていた。
彼らの自慢の衣装は、魔導による私のスキルを展開した魔法糸によって強制的に『お直し』され、極彩色のフリルとレースでデコレーションされた恥ずかしい拘束着へと変貌を遂げている。
「……容赦ねえな、姐さん。あいつら、一生トラウマになるぜ」
ディーノが呆れたように呟くけれど、私の耳には彼らの悲鳴さえも心地よいBGMにしか聞こえないわ。
プロの世界に土足で踏み込んできた報いよ。
彼らには、高い授業料を払ってもらっただけ。
「さあ、邪魔者は消えたわ。
行きましょう、私たちの新しい舞台へ」
私は再び馬車に乗り込み、王都への道を急がせた。
やがて、夜明けの霧の中に、巨大な城壁と無数の尖塔がシルエットとなって浮かび上がってくる。
王都『ルミナ・ガルディア』。
この世界の政治、経済、そして文化の中心地。
そして何より、私がこれから『伝説』を作る場所だわ。
馬車が城門に差し掛かると、偽装騎士団の隊長(組織の幹部)が検問の衛兵に何やら書状を見せている。
あれは私が偽造した『王家直属の遺体回収命令書』ね。
衛兵たちは書状の紋章(私が適当にデザインしたやつ)を見るなり、青ざめて敬礼し、即座に道を開けた。
「通れ! 急げ! 王家の御用だ!」
馬車は石畳の大通りを滑るように進んでいく。
窓の外には、早起きのパン屋の煙や、市場へ向かう人々の活気が溢れている。
私はその光景を眺めながら、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。
(ここが、私の新しい戦場……。いいわね、素材には困らなそうだわ)
道ゆく人々の服を見れば、元服飾人として、その質の悪さとセンスの古さに思わず顔をしかめたくなる。
生地はゴワゴワ、色はくすんでいて、デザインは機能性を無視した装飾過多。
まるで50年前の舞台衣装をそのまま着て歩いているみたいだわ。
「……ひどい。これじゃあ、服が泣いてるわ」
「ん? どうした姐さん、怖い顔して」
「見てみなさい、あの街の人たちの格好。あんな窮屈な服で、よく生活できるわね。私なら三日で発狂するわ」
「まあ、この世界じゃそれが普通だからな。魔法で補強するにも金がかかるし、庶民は質より量って感じだ」
「だからこそ、チャンスなのよ。
私が『安くて、丈夫で、最高に動きやすい服』を提供すれば、市場は一瞬でひっくり返る。
この街の常識を、私が全部書き換えてやるんだから」
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馬車は王都の中心部を抜け、貴族街の一角にある古びた屋敷の前で停車した。
そこは、ロドリから巻き上げた権利書に記されていた場所――元々は没落貴族の別邸だった建物だ。
外壁は蔦に覆われ、庭は荒れ放題だけれど、骨組みはしっかりしているし、何より立地が最高だわ。
「到着したぞ。ここが、組織が手配した『遺体安置所』……ってことになってる場所だ」
ディーノがニヤリと笑う。
そう、私たちは組織に対し、「遺体(私)の魔力が強すぎて、通常の保管庫では爆発する危険がある。魔力遮断に適したこの廃屋に一時的に隔離する」と嘘を吹き込んでおいたのだ。
組織の連中は、爆発を恐れて屋敷の周囲に厳重な結界を張り、誰も近づけないように封鎖してくれた。
つまり、警備付きの完全なプライベート空間を、無料で手に入れたってわけ。
「完璧ね。さあ、降りましょう。死体役も疲れたわ」
私はマントを翻し、馬車から降り立った。
偽装騎士団の面々は、私(だと思っているデコイ)を屋敷の中に運び込むと、逃げるようにして去っていった。
彼らにとって、私は『触れるだけで呪われる厄ネタ』なのだから当然ね。
重厚な扉が閉まり、屋敷の中に静寂が戻る。
私はフードを脱ぎ捨て、埃っぽいホールの中央で大きく伸びをした。
「ふぅーっ! やっと着いた! 狭い馬車の中でお澄まししてるのは、性に合わないわ!」
「お疲れ様です、お嬢様! さっそくお掃除を始めましょうか?」
ケイナが袖をまくり上げ、やる気満々で箒を構える。
ショウちゃんも影から飛び出し、新しい縄張りをチェックするように鼻を鳴らしている。
「ええ、頼むわね。
私はこれから、この屋敷を『店舗』にリフォームする設計図を描くから。
ディーノ、あんたは裏口から抜けて、組織に『最終報告』をしてきなさい。
これで完全に縁を切るのよ」
「了解。たっぷりと脅かして、二度と関わりたくないと思わせてやるよ」
ディーノは軽く手を振り、影の中に消えていった。
私は彼を見送り、瓦礫の山と化した暖炉の前に立った。
「さて、ここからが本番よ。フロンティア・テキスタイル、王都本店。世界一の『お直し屋』の開店準備、派手にいきましょうか!」
私は指先から無数の魔力糸を放ち、屋敷全体を包み込んだ。
腐った床板、ひび割れた壁、色褪せたカーテン。
それら全てが、私の魔力によって分解され、再構築されていく。
まるで、古い舞台セットが一瞬で早変わりするように。
「見てなさい、王都の人間たち。あんたたちの退屈な日常に、私が極上の『色彩』をぶちまけてあげるから!」
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私が離れ……いえ、これからは『本店』と呼ぶべきこの屋敷のリフォームに没頭している頃、王都の地下深くに広がる暗殺組織のアジトでは、ディーノが一世一代の大芝居を打っていた。
魔導を展開し概念を視覚化された細く伸ばした魔糸で世界を捉える。
薄暗い謁見の間。
顔を隠した幹部たちが円卓を囲み、その中央にディーノが跪いている。
彼の全身は煤と血糊(もちろん、私が作った偽物)で汚れ、呼吸は荒く、今にも倒れそうなほど消耗して見えた。
「ほ、報告します……! 遺体の搬送中、予期せぬ魔力暴走が発生しました! 結界が破られ、屋敷ごと吹き飛ぶ寸前でした……!」
ディーノの声は震え、恐怖に引きつっている。
彼は懐から、砕け散った魔石の欠片を取り出し、震える手で差し出した。
それは私が昨晩、余った影銀糸とクズ魔石を圧縮して作った『魔力爆弾の燃えカス』だ。
見た目はただの石ころだけれど、そこには高位魔法が暴発した痕跡(という名の演出)が色濃く残されている。
「これが……あの娘の成れの果てか?」
組織の長が、忌々しそうに欠片を見下ろす。
彼は強力な魔導兵器を手に入れるつもりだったのに、残ったのはただの瓦礫だけ。
その失望と怒りが、部屋の空気を重く淀ませている。
「申し訳ございません! 俺の力が及ばず……! ですが、あのままでは王都全体が火の海になるところでした! 俺は咄嗟に、奴の核となっていた魔石を破壊し、暴走を強制停止させたのです!」
「……ほう。貴様ごときが、あの怪物の暴走を止めたと?」
「はい! 命と引き換えにする覚悟で……! その代償に、俺の魔力回路は完全に焼き切れました。もう二度と、魔法を使うことはできません……」
ディーノはがっくりと項垂れ、涙を流す演技をした。
幹部たちは顔を見合わせ、やがて納得したように頷いた。
魔力回路の焼失。
それは暗殺者にとっての死刑宣告であり、同時に「これ以上の任務は不可能」という免罪符でもある。
「……まあ良い。あの化け物を王都のど真ん中で暴れさせなかっただけでも、貴様の功績は大きい。褒美として、命だけは助けてやろう」
長が冷淡に告げる。
ディーノは何度も礼を言いながら、這うようにして部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間、彼の顔から悲壮感が消え、代わりにニヤリと悪党の笑みが浮かぶのを、誰も見ることはなかった。
(へっ、チョロいもんだぜ。これで俺は自由の身。あとは姐さんと一緒に、この街でデカい花火を打ち上げるだけだ)
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一方、地上では。
私の魔法糸が屋敷の最後の綻びを縫い合わせ、ついに『フロンティア・テキスタイル』の本店が完成しようとしていた。
外壁の蔦は刈り取られ、代わりに魔力を帯びた薔薇が咲き乱れる庭園へと生まれ変わっている。
煤けていた窓ガラスはダイヤモンドのように磨き上げられ、通りを行く人々の視線を釘付けにするショーウィンドウへと変貌を遂げた。
その中には、私がデザインした最新のドレス――『絶対防汚の白』と『重力無視の紅』が、魔法のマネキンに着せられて優雅に回転している。
「……すごい。お嬢様、これなら王宮の舞踏会よりも華やかです!」
ケイナが感極まって涙ぐんでいる。
彼女もまた、新しい制服(私がデザインした機能性メイド服)に身を包み、店番としての覚悟を決めた顔をしている。
「まだよ、ケイナ。外見だけじゃダメ。中身も最高じゃなきゃ」
私は店内に足を踏み入れた。
床にはふかふかの絨毯、天井からはシャンデリア、そして壁一面には色とりどりの布地が並べられている。
それらは全て、私がロドリから巻き上げた最高級品をさらに『お直し』して、品質を底上げしたものだ。
「ここに来た客は、ただ服を買うんじゃない。新しい『自分』を買うのよ。
自信、勇気、そして美しさ。
それらを全部ひっくるめて提供するのが、私たちの仕事」
私はカウンターの奥に座り、開店の合図となる鐘を鳴らした。
チリーン、と澄んだ音が王都の空に響き渡る。
「さあ、開店よ!
フロンティア・テキスタイル、本日オープン!
世界中の『綻び』を抱えた迷える子羊たちよ、私のところへいらっしゃい!
貴女たちの人生ごと、最高に素敵にリフォームしてあげるから!」
その瞬間、店の扉が勢いよく開かれた。
戻ってきたディーノだ。
彼は息を切らせながらも、満面の笑みで親指を立てて見せた。
「報告完了! 組織の連中、完全に信じ込んだぜ! これで俺たちを縛るものは何もねえ!」
「お帰り、営業部長。初仕事、ご苦労様だったわね」
「へへっ、任せとけって。で、次はどうする? 早速客引きでもしてくるか?」
「いいえ、必要ないわ。見て」
私が指差したショーウィンドウの外には、既に人だかりができ始めていた。
噂を聞きつけた貴族の奥様方、新しいもの好きの若者たち、そして同業者と思しき怪しい男たち。
彼らの目は一様に、窓の中のドレスに釘付けになっている。
「獲物は向こうから勝手に飛び込んでくるものよ。私たちはただ、最高の餌を用意して待っていればいいの」
私は優雅に足を組み、最初の客が入ってくるのを待った。
42歳の元芸人、ストレイ・フロンティア。
第二の人生、その華々しい幕開けの瞬間だった。




