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第30話 偽装騎士団と豪華馬車での旅立ち

 夜明けの霧を切り裂いて、離れの石畳に響き渡る重厚な蹄の音。


 それは、暗殺組織が用意した『騎士団の偽装』という名の、あまりにも大掛かりで野暮ったい舞台装置の入場曲だったわ。


 彼らは私の『死体』を回収しに来たのよ。


 ディーノの報告を真に受けた組織のトップが、私の遺体を『未知の魔導兵器』の素材として利用するために、王家の特命を装って堂々と乗り込んできたってわけ。


 「さあ、ケイナ。ここからが大一番よ。私は『魔力暴走した死体』を演じるから、貴女は『恐怖に怯えながらも従うメイド』になりきって」


 私は最後の一口となったハーブティーを飲み干し、ケイナに目配せをした。

 彼女はコクりと頷き、震える演技をしながら私の背後に隠れる。

 私は全身の力を抜き、影銀糸のコルセットに身体の制御を委ねた。

 足が地面から数センチ浮き上がり、まるで幽霊のようにゆらりと空中を滑り始める。


 扉が開かれ、目の前には白銀の鎧(中身はゴロツキ)に身を包んだ偽騎士たちが整列していた。

 その先頭には、組織の案内役として先導してきたディーノが立っている。

 彼は浮遊する私を見て一瞬ギョッとしたが、すぐに「さすが姐さん」という顔で芝居に入った。


 「総員、下がれ! 対象は死亡しているが、残留魔力が暴走している! 下手に触れれば呪われるぞ!」


 ディーノが叫ぶと、偽騎士たちがどよめき、慌てて道を開ける。

 彼らにとって、得体の知れない魔術師の死体ほど怖いものはない。

 私はその恐怖心を利用し、無表情のまま、糸に釣られた操り人形のような不自然な動きで前進した。


 「……ストレイ!? 何よこれ! 王家の騎士団ですって!?」


 本館から髪を振り乱したアイリスと、顔色の悪い父が転がるように駆けつけてきた。

 彼女は私の姿――死んでいるはずなのに浮遊している娘を見て、悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。


 「ひっ、ひぃぃぃ! う、浮いてる……!? やっぱり化け物だったのよ!」


 「お静かに。これは国家機密に関わる案件です。遺体は速やかに回収し、浄化せねばなりません」


 ディーノが冷ややかに告げ、私を馬車の方へと誘導する。


 そのすれ違いざま、私はフードの下で、アイリスにだけ届くように、極小の指向性魔力で声を飛ばした。


 (……お義母様。あのドレス、今夜の晩餐会でぜひ着てちょうだいね。それが貴方の人生で一番『脱ぎたくなる』ような思い出になるはずだから)


 「ッ!? 今、声が……!」


 アイリスが目を見開き、私を指差す。

 けれど、他の誰にも私の声は聞こえていない。

 彼女は自分が幻聴を聞いたのか、それとも死者の呪いを受けたのか分からず、ただただ恐怖に震えることしかできなかった。


 「さあ、乗せろ! 封印馬車へ!」


 ディーノの合図で、私は窓のない真っ黒な馬車へと滑り込んだ。

 本来は遺体を運ぶための陰気な箱だけれど、私がリフォームすれば一瞬で豪華客船のスイートルームに早変わりよ。


 続いてケイナも、「お供します!」と泣き叫ぶ演技をしながら乗り込んでくる。


 扉が重い音を立てて閉ざされた。

 その瞬間、私は糸を切り、ドサリとシートに座り込んだ。


 「ふぅ、疲れた。死体を演じるのも楽じゃないわね」


 「お嬢様、お疲れ様です! お水をお持ちしましょうか?」


 「ええ、お願い。……さあ、出発よ。この劇場はもう退屈すぎて、あくびが出るわ」


 馬車が動き出す振動を感じながら、私はマントの裏地を撫でた。


 ここには、フロンティア家の全財産が詰まっている。


 前世でバナナの皮に滑って死んだあの瞬間には想像もできなかった、最高にパンチの効いた『第二の人生』のプロローグに、そっと満足のいくサインを書き込んだのよ。


++++++++


 扉が閉まり、馬車が動き出す独特の振動が座席を通じて伝わってくる。


 私は窓(私が魔法で勝手に作った)から、遠ざかっていくフロンティア家の不格好な屋根を眺め、深く息を吐き出した。


 「ふぅ……。終わったわね。長い長い茶番劇だったわ」


 「ああ、全くだ。姐さんの無茶ぶりには慣れてるつもりだったが、今回は心臓が止まるかと思ったぜ」


 御者台からひょいと顔を出したディーノが、肩をすくめて苦笑いする。

 彼もまた、組織の人間を騙し通すという大役を終えて、ようやく肩の荷が下りたようだ。


 「で、これからはどうするんだ? 王都に着いたら、姐さんは『魔力暴走事故』で消滅したことになる。俺たちは晴れて自由の身だが……」


 「決まってるでしょ。このまま王都のど真ん中で、新しい店を開くのよ」


 私はマントの裏地から、一枚の地図を取り出した。

 それはロドリから巻き上げた、王都の一等地の権利書だ。


 「フロンティア・テキスタイル。それが私たちの新しい城よ。表向きは新進気鋭の服飾ブランド、裏では……」


 「裏では?」


 「世界の綻びを縫い直す、最強の『お直し屋』。どう? ワクワクしない?」


 私の言葉に、ディーノとケイナが顔を見合わせ、同時に吹き出した。


 「ははっ、違げえねえ。姐さんらしいや。どこまでもお供するぜ、座長」


 「はい! 私も、お嬢様のためなら地獄の果てまで!」


 「地獄じゃないわよ、天国へ行くの。さあ、まずは王都に着くまでの間、この馬車を私たちの『移動工房』に改造しちゃいましょうか」


 私は指先を鳴らし、馬車の内装を魔法糸で書き換え始めた。

 無骨な木の壁が、柔らかなベルベットに変わり、固い椅子が最高級のソファへと変貌する。


 これが私の魔法。


 世界を私の色に染め上げる、絶対的な『演出』。


 その時、馬車が急停止し、外から怒号と金属音が響いてきた。


 「止まれ! その馬車には『禁忌の素材』が積まれているはずだ!」


 「服飾ギルドの検問だ! 大人しく中を見せろ!」


 窓から覗くと、道の前方を塞ぐように、奇抜な衣装を着た集団が立ちはだかっていた。

 彼らは武器ではなく、巨大な裁ち鋏や巻き尺を構えている。


 「……あら。どうやら私の噂を聞きつけて、同業者が挨拶に来たみたいね」


 「服飾ギルドだと? 姐さん、いつの間にそんな連中に目ぇ付けられたんだ?」


 「ロドリとの契約よ。あの古狸、私の情報を高く売ったのね。まあいいわ、ちょうど新しいハサミの切れ味を試したかったところよ」


 私は立ち上がり、深紅のドレスを翻した。

 その手には、母の形見の銀の針が握られている。


 「ディーノ、ケイナ、ショウちゃん。

 第二幕の開演よ。

 今回は『服飾バトル』。

 ルール無用のランウェイで、彼らを最高の素材に変えてあげましょう」


 私は馬車の扉を蹴り開け、夜風の中に躍り出た。

 スポットライト代わりの月光が、私を照らし出す。


 「さあ、いらっしゃい。

 私のブランドに泥を塗ろうとする三流デザイナーたち。

 貴方たちのそのダサいセンス、私が根こそぎリフォームしてあげるわ!」


 私の宣言と共に、影銀の糸が夜空に舞い踊る。


 それは、新しい伝説の始まりを告げる、美しくも残酷なファンファーレだった。


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