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第23話 ケイナ、泥棒猫ならぬ『共犯者』になる


 深夜の廊下を、音もなく滑るように移動する。

 私の背後で、生唾を飲み込む音が微かに響いた。


 私は足を止めることなく、手にした銀の針を一本だけ動かす。

 行く手に立ち塞がる、見えない魔力感知の結界を優雅に解いていくためだ。


 後ろで震えているのは、まだ自分の置かれた状況を飲み込みきれていないケイナだ。


 けれど、彼女の手には私が即席で編み上げた布が、しっかりと握られている。

 テクスチャ圧縮機能付きの、特製収納布だ。

 それは、私たちが今から行う正当な権利の回収という名の略奪を、成功させるための重要な小道具なのよ。


 父が投資詐欺で家の資産をドブに捨てている。


 アイリスがその残り香に縋って、贅沢を謳歌している。


 父は『押すな!押すな!押すなよ!!』って言いたいのよね?


 私は優しいから『押さない』けど、何倍もの力で『蹴飛ばす』って決めてる。


 それなら、その前にこの泥舟から本当に価値のあるものを救い出すのは、身内として至極当然の義務でしょ?


 私は信じて疑わないわ。


 「お、お嬢様。やっぱりこれって、泥棒ではありませんか。

 もし見つかったら私たちだけでなく、離れの皆まで酷い目に遭わされてしまいますわ」


 蚊の鳴くような声で、ケイナが訴えかけてくる。

 廊下の曲がり角、月の光が届かない闇の中で、私は立ち止まって振り返った。


 彼女の小刻みに震える肩に、優しく手を置く。


 前世で新人服飾人を言葉巧みに説得して、過酷な地方営業に連れ出した時のような、慈愛に満ちた笑顔を浮かべて見せたわ。


 「いいのよケイナ。

 これは泥棒なんて野暮なものじゃなくて、ただのお直しの一部。

 これから私たちが回収するのは、元々私の実の母、前子爵が結婚の時に持参金として持ち込んだものよ。

 あのお義母様が勝手に私物化して、本館に飾っているだけ。

 本来は私の思い出の品々なんだから」


 私はケイナの潤んだ瞳を、真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。


 「元の持ち主の娘である私が引き取るのは、法的に見ても道義的に見ても完璧に潔白な行為でしょう。

 むしろこのまま放置して、投資詐欺の借金のカタとして薄汚い借金取りの手に渡ってしまう方が問題よ。

 それこそ、よっぽどお母様に対する冒涜になると思わないかしら」


 私の言葉には、圧倒的な説得力と少しばかりの毒が含まれている。


 いまのストレイよりケイナは年上だといっても、四十路を体験してきた前世の心をもつ私からすると、まだまだ子供。

 言いくるめる……、いや、誠意をもって言葉を紡げばわかってもらえる。


 私の誠意ある言葉に当てられたのか、ケイナの瞳に宿っていた不安の影が、徐々に薄れていくのが見えた。


 代わりに、従順なメイドとしての忠誠心が上書きされていくのが分かった。


 お嬢様の権利を守るという、新たな大義名分へと変化していく。


 そうよ、その顔。


 芸人も服飾人も、舞台の上で迷いは禁物。


 「迷いを持っては駄目よ」


 脇役である貴女が堂々と振る舞ってこそ、主役である私のステップがさらに輝きを増すのだから。


 「はい、お嬢様」


 私は彼女の手に、魔導から極細の魔法糸を一本繋いだ。


 私が感知した美術品や魔導具の正確な位置を、彼女の指先へ直接伝達するシステムを構築するためだ。


 準備を整えながら、本館の奥深くにある『隠し倉庫』の重厚な扉の前に立つ。


 この扉の向こうには、お義母様が大切に隠し持っている、金銀財宝が眠っている。


 それも元を辿れば、私の母の涙と引き換えに略奪されたものばかり。


 それを今夜、私が最新のパッキング技術を駆使して全部綺麗に洗濯してあげる。

 私たちの輝かしい未来のための軍資金に、変えてあげるわ。


 私は魔導につながる銀の針を鍵穴へと滑り込ませた。


 父の書斎を解錠した時よりも、さらに繊細な手捌きで動かす。


 カチリ、という小さな音と共に、複雑な魔導錠の構造が解きほぐされていく感覚が指先に伝わる。


 その欲望の墓場の入り口を、音もなく解き放ったわ。


 「さあケイナ、カーテンコールはまだ先だけれど。

 今は精一杯、この泥棒猫ならぬ頼もしい『共犯者』としての役割を楽しんでちょうだい。

 私たちが紡ぐ一章の『オチ』のあとの『夜逃げ』という名の二章へとつながる最高の喜劇は、まだ幕が上がったばかりなんだから」


 重い扉が、ゆっくりと内側へと開いていく。


 そこから漏れ出すのは、埃っぽい空気と、魔力を帯びた『宝物』特有の甘美な匂いだった。


 さあ、リハーサルは終わり。


 本番の開始よ。


++++++++


 解錠された隠し倉庫の重い扉が、音もなく滑り込むように開いた。


 そこには、アイリスが長年かけて私物化してきた「実母の遺産」や、領地から吸い上げた「豪華な美術品」の数々が眠っていた。


 狭い小窓から差し込む月明かりを浴びて、虚飾に満ちた輝きを放っていたわ。


 私は魔導を展開、概念を視覚で捉え「見えるものがわかる」世界を構築し、指先から伸ばした無数の魔法糸を、指揮者のタクトのように操る。


 部屋の隅々に眠る魔導具の鑑定を瞬時に済ませながら、隣で固まっているケイナに鋭い視線でパッキングの合図を送った。


 初めは盗品を扱うかのように、指先を震わせていた彼女。


 しかし、私の流麗な手捌きと、心に染み渡る魔法の呪文のような説得を浴びるうちに変化していく。


 「これは、ゴミ捨て場から忘れ物を見つけてあげているだけ」


 そう囁き続けると、次第にその瞳に宿る怯えが消えていった。


 代わりに、プロの運び屋のような冷静な光が宿り始めたわ。


 おどおどしていた小娘が、劇的な舞台装置を前にして覚醒していく。


 この瞬間こそ、表現者として最も育て甲斐を感じる場面なのよね。


 ケイナは、私が仕立てた収納布を大きく広げた。


 あのお義母様が何よりも自慢していた、大粒の魔宝石が散りばめられたティアラ。

 高名な職人が手がけた、銀の燭台。


 今は、それらを一切の躊躇なく、次々と布の中へと飲み込ませていく。


 収納布は魔導の概念再構築によって作り出された『空間魔法』によって、容量が拡張されている。


 魔導も概念の再構築は「服飾や芸事にしか働かない」が、巨大な壺も、重厚な絵画も「模様の一部」だと思考すれば、触れた瞬間に『布の模様』の一部となって吸い込まれていく。


 ケイナの手際の良さは、もはや熟練の舞台袖のスタッフそのものだ。


 早着替えを完璧にサポートする時のような滑らかさで、彼女は私の期待を遥かに超える速度で作業を進める。


 この略奪という名の回収作業に、完全なる適応を見せ始めたのだわ。


 彼女の指先が、アイリスのお気に入りの宝石箱に触れた瞬間。


 ほんの一瞬だけ、彼女は戸惑いを見せた。


 それはかつて、母が大切にしていたものであり、幼い頃のストレイが遊ばせてもらっていた記憶のある品だったからだ。


 私はすかさず背後から囁く。


 「それも元は、不当な搾取の結晶よ。

 アイリスが触るたびに、私たちが好きだった、お母様の思い出が汚れていくのが耐えられないでしょう?」


 すると彼女は力強く頷いて、その箱を布の奥底へと力強く押し込んだわ。


 そうよ、いいわよケイナ。


 その強気な横顔こそが、私の新しい世界のスタッフとして相応しい美しさだわ。


 私たちは、夜の闇に紛れながら本館の廊下を駆け抜ける。


 次々と価値のある獲物を魔法糸で絡め取っては、影の中へと消し去っていく。


 警備の兵士たちは、私の魔導で作られた魔糸による認識阻害で、私たちが通り過ぎたことすら気づかない。


 アイリスが明日目覚めた時に、自分の部屋の壁が剥がされたように寂しくなっていることに気づくでしょう。

 そして発狂する姿を想像すると、私の胸の奥では暗い愉悦が広がっていく。


 前世で会心の一撃のネタを決めた時のような、じわじわとした快感を感じるわ。


 この世界での「実母の死」と、その多くを「窃取されている恨み」は、思った以上に根深いみたい。


 綻びだらけのフロンティア家から、美しい糸だけを抜き取って再構成する。


 このお直しは、私の独立に向けた最高の前奏曲だわ。


 最後の一針を刺し終える頃には、この屋敷は空っぽの骸骨のように成り果てているでしょうけれど。


 それは自業自得という名の報いだわ。


 私は覚醒した共犯者であるケイナと共に、離れへの帰路を急ぐ。


 ポケットの中には、未来を切り開くための莫大な資産が眠っている。


 これから始まる『オチ』への構成。

 さらに大規模な脱出劇のシナリオを思い描く。


 脳内でより完璧なものへと磨き上げていきながら、足取りも軽く闇を駆けた。



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