第22話 投資詐欺『皆で領主さん』の衝撃
父の書斎からくすねてきた勧誘状を、離れの工房で月明かりに透かす。
私はそこに記された『皆で領主さん』という、脱力するほどに厚かましい文言を眺めて、深いため息を吐き出したわ。
未開拓の辺境地を一括で買い上げるための資金を、一口一万ゴールドから募る。
その見返りとして、将来的に広大な領地の一部と、永続的な配当を約束するという、この甘っちょろい謳い文句。
前世で鳴かず飛ばずの私たち売れない芸人たちが、一発逆転を夢見ていたあの頃を思い出す。
年金の積立金や、相方の隠し口座にまで手を出して注ぎ込んだ奴らがいた。
彼らは最後には夜逃げ同然で消えていったけれど、その古典的な詐欺のテンプレートそのままじゃない。
私は頭を抱えたくなるのを通り越して、乾いた笑いと、もはや一種の懐かしさすら覚える始末だわ。
ああ、こういう手口。
売れない芸人の頃に、怪しいタニマチ気取りの配信の視聴者が年収自慢の後に持ち込んできた出資話とか。
名前だけ貸せば不労所得で一生遊んで暮らせるとか吹聴していた、あの連中と手口が全く同じで笑えないわよ。
それって芸人だからってバカにしてんのよね?
そういう視聴者って自分のことを大金持ちや高学歴を吹聴するくせに、投げ銭は理由を付けて渋るのよ。
『システムに30%取られるなら直接100%を渡せたほうが良いでしょ?』
って70%貰えるなら大歓迎なんだけど?
『干し芋リストから贈るよりも直接手渡ししたいんだよね』
ってオフ会に来て渡せば良いのに?
なぜか皆がくるオフ会には都合がつかない。
わかりやすい奴らだわ。
異世界に来てまで、こんな典型的な『ポンジ・スキーム』の被害に遭う身内を持つなんて、私の前世の苦労は何だったのかしら。
書類の裏側にびっしりと書き込まれた、父の皮算用に目を落とす。
彼の書き込みによれば、すでにフロンティア家の家宝はおろか、領民から預かっていた修繕積立金まで手をつけたらしい。
さらに、離れに追いやって見殺した『亡き母』の形見の装飾品まで全て売り払って、この紙屑に変えてしまった様子。
一口乗れば領地の一部を配当するという言葉を、文字通りに受け取っている。
自分だけは特別な成功者になれると信じ込んでいる、その脳天気な思考回路。
それこそが、この屋敷で最も深刻な『綻び』であることに、本人は一ミリも気づいていないのだわ。
騙す側からすれば、これほど扱いやすいカモはいないでしょう。
アイリスが自分の権威を振りかざして、贅沢三昧をしている裏で、家計の屋台骨はシロアリに食い尽くされたボロ家のようにボロボロに崩れている。
その現実に、私は暗澹たる気持ちになるわ。
(そのお金の原資は、領民の汗と涙なのよ)
お父様、貴方の人生という舞台は、もう観客が席を立つどころか、劇場自体が差し押さえられる寸前なのよ。
それなのに、まだ豪華な衣装を新調して、主役のスポットライトを浴びる夢を見ているなんて分かりやすく滑稽すぎね。
芸人失格を通り越して、もはや救いようのない道化師でしかないわ。
あまりにも狙いが正確すぎて、後ろで蠢く思惑を感じてしまう。
私は魔導を展開いすると概念を視覚化し、見たいものをみえる世界を構築すると魔法糸を使い、勧誘状の筆跡からその背後に潜む『胴元』の魔力残滓を辿ってみる。
なるほどね。
やはり、この詐欺組織が単なる小悪党ではなく、もっと組織的な悪意と繋がっている可能性を肌で感じ取った。
例えば、以前から噂されている隣国の悪徳貴族あたりとか。
しかも、この魔力の残滓、ただのインクの匂いじゃない。
人の欲を煽り、正常な判断力を奪う微弱な魅了魔法が織り込まれている。
父のような意志の弱い『脳筋人間』なら、一読しただけで「これこそが真実だ」と信じ込んでしまうような、悪質な仕掛けだわ。
お直しが必要なのは父の頭の中だけじゃない。
このフロンティア家を食い物にしようとしている、外側の汚れもまとめて洗濯してあげなきゃ気が済まないわね。
私は銀の針を唇に当てて、冷たく微笑む。
自分たちの余剰金だけで行うのではなく、領地民をも巻き込んでの所業。
この『皆で領主さん』というくだらない喜劇を、どうやって最高に無様な悲劇から喜劇へと書き換えてやろうか。
ワクワクするような殺意を、胸に抱いたわ。
ケイナが不安そうに、私の顔を覗き込んでくる。
「お嬢様、そんなに怖い顔をして……一体何が書かれていたのですか?」
「これよケイナ。見てみなさい。
これが、お父様が私たちの扶養代や、ご飯代を削ってまで貢いでいる『夢のチケット』の正体よ」
私は勧誘状をケイナに見せつけた。
彼女は文字が読めるけれど、そこに書かれている内容の異常さまでは理解できていない様子だった。
だから私は、一つ一つ丁寧に、この詐欺の仕組みを解説してあげた。
「いい? お金っていうのはね、働いて稼ぐものなの。
何もしないでお金が増えるなんて話は、この世には存在しない。
あるとしたら、それは誰かの犠牲の上に成り立っているか、あるいは最初から嘘かのどちらかよ」
私の言葉に、ケイナは青ざめながら頷いた。
彼女もまた、この家の行く末に暗い影が落ちていることを予感し始めていたのだ。
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私は手元の書類から漂う、救いようのない絶望の臭いに鼻を突く。
その配当計画とやらの数字の羅列を指先でなぞり、前世で散々見てきたあの怪しいファッション・プロデューサーが持ってきた企画書を思い出す。
あれと全く同じ胡散臭さに、吐き気すら覚えたわ。
投資した資金が、数ヶ月後には三倍になって戻るなんて。
そんな魔法はこの世に存在しないし、もしあるとしてもそれは、後から入ってきたカモの金を先に入ったカモに回しているだけ。
ただの回し車よ。
自転車操業なんて言葉があるけれど、これはもっと悪質。
車輪が回っているように見せかけて、実際には漕いでいる『領民』たちの血肉を削り取っているだけの拷問器具だわ。
お父様は自分がその回し車を動かす原動力になっていることさえ、まったく気づいていない。
今日もどこかのサロンで、自分が将来手にするはずの架空の領地について、自慢話に花を咲かせているのでしょう。
けれどその実態は、劇団の看板を下ろす勇気もなくてサラ金に手を出した挙句に、客席がガラガラの舞台で一人芝居を続けている哀れな役者と何ら変わりはないわ。
私は銀の針を一本取り出して、その勧誘状の端をチリリと焼き切る。
フロンティア家という名の舞台裏にこびりついた、この巨大なカビをどうやって一気に削ぎ落としてやるべきか。
思考の糸を巡らせる。
一口一万ゴールドなんて大金を、ポンと出せる身分でもないくせに。
見栄を張って全財産を突っ込んだ挙句に、亡くなった母の遺産や形見だけではなく、アイリスの宝石まで勝手に質に入れている。
この男の末路は、もはや火を見るよりも明らかだわ。
アイリスもアイリスで、自分のクローゼットの中身が少しずつスカスカになっていることにすら気づかないほど、自慢話と虚栄心に浸りきっている。
この家が崩壊するその瞬間まで、二人は仲良く手を繋いで奈落へ向かってスキップを続けるのでしょうね。
私は暗闇の中で低く笑いながら、ショウが差し出してきた次の書類に目を通す。
つまり、父が密かに結んでしまった『追い貸し』の契約書だ。
そこに記された法外な利息の数字に、思わず感心の溜息を漏らしたわ。
ここまで見事な綻びを見せつけられたら、逆にお直しする甲斐があるというもの。
この投資詐欺の胴元たちは、何らかの思惑をもってフロンティア家を最後の一滴まで搾り取るつもりでしょうけれど。
残念ながらこの舞台には、新しく座長に就任した私がいるのよ。
彼らがこの屋敷を差し押さえに来るその日までに、私は自分とケイナとショウちゃんのための『特等席』を用意してやる。
この泥舟から必要な宝物だけを、鮮やかに掠め取ってみせるわ。
お父様もお義母様も、自分たちが築き上げた偽りの栄光と一緒に、その詐欺の回し車に巻き込まれて存分に踊り続ければいいじゃない。
亡き母の領民の為にも終末は、早いほうがいいわ。
そのためなら『押す』だけではなく『蹴っ飛ばし』てあげないとね。
「ケイナ、覚悟を決めなさい。
私たちはこれから、この家にある『価値あるもの』を全て回収する。
母様のドレス、宝石、そして換金できそうな魔導具。
これらは全部、私たちの新しい人生のための軍資金になるのよ」
「えっ、でもそれは……泥棒では?」
「違うわ。これは正当な遺産相続の前借りよ。
このままここに置いておけば、全部詐欺師の懐に入るか、借金取りに持っていかれるだけ。
なら、私たちが有効活用してあげた方が、物たちも喜ぶと思わない?」
私は魔導を展開した針先に魔力を込めて、その忌々しい勧誘状を粉々に切り刻む。
これから始まる『押すな!押すな!押すなよ!!』からの『蹴飛ばし』という大掛かりな『オチ』で爆笑をさらったあと。
私たちが次のステージへ飛び乗る『夜逃げの舞台装置』の設計図を、脳内のキャンバスに一気に描き出していった。
さあ、いよいよ面白くなってきたわよ。
誰にも真似できない最高にキレのあるステップで、この腐りきった投資詐欺という名の茶番劇を、丸ごと洗濯で『まっさら』にしてあげるんだから。




