第20話 キレキレの美少女、中身はおばさんの身体能力
影銀糸のコルセットが私の自律神経と魔力回路をガッチリと補正した瞬間、この華奢な令嬢の身体はもはやただの肉の塊ではなく、極上のバネを仕込んだ精密な舞台装置へと変貌を遂げていた。
私は離れの工房の窓を静かに開け放ち、夜の冷気に身を晒しながら自身の内側に漲るかつてない全能感を味わう。
かつての私は、TV越しで眺めるお笑い番組と同じく、バイト先でも裏方として狭い舞台袖でモデルを送り出し、腰痛に耐えながら次の直しを待っていた。
幾多の現場を駆け抜けた、泥臭い服飾バイトの記憶。
そんな過去を置き去りにするように、今の私は魔導の力で満たされている。
この瑞々しい身体なら、裏舞台ではなく、かつては届かなかった表舞台での異次元のパフォーマンスさえ可能にするはずよ。
「……お嬢様、そんな窓枠に身を乗り出して、何をなさるおつもりです。
危ないですから早く戻ってくださいな」
背後で心配そうに声を上げるケイナを横目に、私はあえて返事もせず、スッと一歩を宙へと踏み出した。
驚愕に目を見開く彼女の前で、私の身体は重力という名の理不尽な演出を鼻で笑い、離れの垂直な壁面へと吸い付くように着地する。
コルセットから伸びた魔導から紡がれる私にしか見えない魔力の糸が足裏の摩擦係数を自在に操り、私はまるで平地を歩くような手軽さで、そのまま垂直な壁をガリガリと駆け上がった。
「な、ななな……お嬢様!? 重力はどこへ行きましたの!?」
階下から聞こえるケイナの絶叫をBGMに、私はほんの数秒で離れの急勾配な屋根の頂点へと辿り着く。
月明かりに照らされた瓦の上にドカッとガニ股で腰を下ろし、私は自身の太ももをパチンと叩いて悦に浸った。
見てなさいよ、このキレ。
病弱で窓際族だったストレイの皮を被った、中身は数千回の服飾デザインコレクションを潜り抜けた叩き上げの服飾人兼、売れない芸人。
補正具一つでここまで身体が動くなら、もう二ステージ連続の自分の単独公演だって、TV局を一周する例のマラソンだって余裕でこなせる自信があるわ。
私は屋根の上を、まるで夜の闇を縫う針のように高速で走り回り、自身の限界を測定していく。
右へ左へ、芸人時代は体と頭のバラバラ感で笑いを取っていた私の『テッパンネタ』のステップを刻んでみる。
一歩踏み込むたびに景色の流れる速度が跳ね上がり、夜風が耳元で拍手喝采のような轟音を立てて過ぎ去っていく。
「もう『ワイワイ放送』でステップを踏んでも引かれるだけで、笑いが取れそうにないのが笑えるわ」
この身体、舞台映えするどころの騒ぎじゃないわね。
最高に無駄のない重心移動と、魔法によるブースト。
これなら暗殺者が攻めてこようが、借金取りに追いかけられようが、三回転ひねりを加えて優雅に中指を立ててみせるわ。
私は屋根の端でピタリと止まり、遠くにそびえる本館のシルエットを見据えた。
あそこには、私のこの劇的な変化に一ミリも気づかず、今も『皆で領主さん』などというベタな投資詐欺の泥沼で足掻いている哀れな両親が眠っている。
でもね、お父様にお義母様。
お直しが必要なのは、この離れだけじゃない。
このフロンティア家という名のボロボロの舞台そのものを、私が裏側から全部解体して、最高にスカッとする結末へと縫い直してあげる。
もちろん、主役はストレイ。
あなた達ではないわ。
私は月の光を浴びながら不敵に笑い、本館の屋根へと音もなく飛び移るべく、その細い足を強く蹴り出した。
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月光を背に受けて本館の巨大な屋根へと飛び移った私の着地音は、深夜の静寂に溶け込むほどに軽やかで、それはまるでお直しの仕上げに添える最後の一針のように繊細だったわ。
解放された魔導のチカラを使いミリ単位で重心を制御するコルセット。
瓦の凹凸を完璧に掴む足の指先。
たとえ急勾配の屋根の上だろうと、私はガニ股でドカッと構えてみせる。
見てなさい。
この揺るぎない安定感は、まさにプロの舞台人のそれだわ。
浮かれ気分の私は華奢な美少女の姿のまま、中身はおばさんの図太さ全開で、夜の屋根を縦横無尽に駆け巡りながら自身の身体の可能性を徹底的にテストしていく。
そう。
心が十代じゃ無い私は浮かれ気分でも『おれつえー』で先走らない。
テスト、テスト、テスト、コチラマイクでなく、コルセットのテスト中。
「見てなさいよショウちゃん。
この身体、全盛期の私よりもよっぽど良い仕事をしてくれるじゃないの。
これなら、どさ回りバイトの過酷なスケジュールだって、三日三晩ぶっ続けの生放送だって、涼しい顔で乗り切ってみせるわ」
足元で影のように私を追うショウが呆れたように鼻を鳴らしたけれど、今の私は自分の全能感に酔いしれるのを止められない。
風を切る速度が上がれば上がるほど、私の脳内では前世の修羅場で培った服飾人&芸人魂が歓喜の声を上げ、あらゆる障害物を『舞台の小道具』程度にしか感じさせなくなる。
私は本館の尖塔の先端に片足で立ち、眼下に広がるフロンティア家の敷地を見下ろしながら、かつて自分をゴミのように扱ったこの屋敷が、今や私の掌の上で転がされるのを待つだけのボロ布に見える事実にほくそ笑んだ。
「さて、景気付けのランウェイはこのくらいにして。
そろそろテスト終わりの実践投入として、お義父様の秘密の小部屋、つまり綻びだらけの書斎を覗きに行こうかしら」
私は再び魔導のスロットルを開き、屋根を蹴り、驚異的な跳躍力で父の書斎がある三階の窓へと音もなく降下した。
ガラス越しに漏れる微かな灯りの中に、投資詐欺の書類を抱えて頭を抱える無能な当主の姿が浮かび上がる。
「ほんと『皆で領主さん』なんて名前からしてあれじゃない……。」
惨めね。
売れない芸人がネタ帳を前に絶望している姿よりも、ずっと。
窓枠に指先を掛けたまま、私は確信していた。
もうすぐ、私の母を見殺した父へ、私の勝利を飾る最高の『オチ』がやってくる。
その予感に、どうしようもなく胸が躍るのよ。
この素晴らしい身体能力があれば、家の秘密なんて洗濯物のシミを見つけるよりも簡単に見つけ出せる。
私は窓の隙間から滑り込ませた魔法糸を使い、音を立てずに鍵を解錠しながら、これからの展開が面白くてたまらないという表情で闇の中に目を光らせた。
お直しはまだ序の口。
あなた達が私から奪って、築いたモノ、もう私が好きだったモノではない。
このフロンティア家という名の舞台、私が最高のキレを持って、誰にも真似できない神業でお直し洗濯、更地のように綺麗な『オチ』をつけてあげるわ。




